17・夜明け

 気が付くと空が明るくなり始めて、山の稜線にも色が付き始めている。漸く足湯が完成しそうだと言うのに時間が無くなってしまった。夜が明ける前にやらねばならぬ仕事が有るのだ。

 俺は急ぎ来た道を引き返す。門の所まで戻った所で外から入ってくる人影が有る。刀に右手を添えて様子を伺う。

「祥智か。」

入って来たのは祥智だった。

「兄者か。庫裏に居なかったからどこに行ったのかと思ったら、まさか出湯に行っていたんですか?」

祥智が少し呆れた様子でそう言う。

「色々考えたい事があっただけだ。やらねばならぬ事があるので戻って来たんだが、お主こそどうしたのだ?」

「あぁ、彼ならもう行ったよ。きっと兄者もそう考えてるだろうと思ったんだけど、兄者がどこかで寝こけていると困ると思ったんで確認したら、彼まだ寝てたからさ。」

俺の問いに事も無げにそう答える祥智。

「そ、そうか。そりゃすまん。しかし、あの男が良く素直に従ったな。」

「小作の二人が仕返しをしようとしているから、急いで逃げた方が良いって行ったら慌てて出て行ったよ。余程思い当たる節があったんだろうね。下まで送って来たよ。」

そう意地の悪い笑みを浮かべながら言う。

 俺の事を悪い顔をしているとか言う奴のする表情ではないな。俺もこんな顔をしているんだろうか…ちょっと心配になって来た。

「そうか、では心配無いな。」

「あぁ、村の立て直しに集中できるよ。」

二人でのんびりとお堂を目指す。


 お堂へ続く緩い坂を上りながら、

「朝飯なんだと思う?」

そう聞くと、

「炒った団栗。」

確信を持った感じで祥智がそう答える。

「…本当に?」

嘘であってくれ…

「残念ながら女衆が用意していたよ。」

「そうか…初めて食うな。」

「そうだね。山之井は裕福では無かったけれど、悪い土地じゃ無かったって今になると良く分かるね。」

「そうだな…」

久しぶりに山之井の話をした。三人共、どこか口に出すのを控えているのか中々話題に上らないのだ。

「二人共、どこ行ってたんだ?朝飯だぞ。」

香ばしい匂いが漂う中で祥猛がいつもと変わらぬ笑顔で団栗を摘んでいた。

「「ふ…」」

祥智と顔を見合わせてから、祥猛の所へ歩を進める。


「始めての団栗の味はどうだ?」

「悪くない…かな?腹が膨れるかは微妙だな。」

俺の問いにそう答える祥猛。

「二人共貰って来れば良いじゃないか。」

「そうするか。」

竈の回りに居る女衆の所に行き、自分達の分を頼む。

「すまん、我等の分も頼む。」

「おや、お早うございます。ちょいとお待ち下さいな。」

そう答えてくれたのは周だった。

「こんな物で申し訳ありませんが。」

そう言って二つの椀を渡して来る。片方には炒った団栗が、もう片方には透明の熱い液体が入っていた。

「団栗は分かるがこっちはなんだ?」

「え?あぁ、白湯です。白湯はいくらでもありますから。足りなければ言って下さい。」

あ、そっすか…あぁ、湯飲みが足りないから椀に白湯を入れるのか。椀はそうそう割れないものな。


 祥猛の所に戻り腰を下ろし、団栗を一つ齧る。炒った香ばしい香りと共に少しの苦味と甘みが広がる。

「成程…」

「まぁ、祥猛の言う通りだ。確かに悪くはないって言う感想が適当だね。」

うん、分かり易く言えばイマイチなナッツだ。胡桃の様な感じで、食えなくはないし、不味いと言う程でもないがって感じ。まぁ、木の実だからナッツだよね。

「塩でも少し振れば多少マシになりそうだけどな。」

俺がそう言うと、

「塩無いんだって。」

祥猛がすかさずそう言う。

「分かってるよ。祥智に買って来て貰うさ。」

そう言いながら考える。

 確か団栗でクッキーを作るって言うのを何かで見た気がする。細かく砕いて麦の粉と水を繋ぎに入れて焼いてみるか?それとも石臼で粉になるまで挽くか?いや、いっその事、栗餅に混ぜてしまうか。それなら栗の甘みが加わって良いかもしれん。後で女衆に頼んでみるか。

 そう言えば前世では、生の落花生を蒸した物を食べた事がある。単純に塩味だったと記憶しているが団栗でも試してみるか。

 そんな事を考えていると、

「兄者、黙り込んでどうしたんだ?」

祥猛が心配そうにそう聞いて来る。

「うん?団栗がどうしたら美味く食えるかなと思ってな。」

そう答えると、

「なんだ、そんな事か。心配して損したぜ。それでなんか良い案は考え付いたのか?」

呆れた様にそう言って来る。

「そんな事はなかろう。取り敢えず砕いて栗餅に混ぜてみようかと思う。」

「懐かしいな。三人で良く食べたな。」

顔を綻ばせて祥猛がそう言う。

 今朝は昔の話が二回も出たな。そんな事を思っていると東の山の端から太陽が顔を出した。この夜明けの様に村を明るく出来るだろうか。

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