16・素人?玄人?

 ふと、目が覚める。皆の話を聞いた後、柳泉の住む庫裏に移動した。横になって色々と考えようと思っていたのだが、疲れて居たのだろう。眠っていた様だ。

 床に敷いていた毛皮を纏い刀を差して、周りを起こさぬようにそっと外に出る。空を見上げると東の山の端から下弦の月が姿を現している。夜明けまではまだ暫くありそうだ。そう見定めると静かに東の川を目指す。 温泉から流れ出す小川の水温を確認するのを忘れていたのだ。上手くするとすぐにでも足湯としては使えるかもしれない。足湯に浸かりながら今後の方針を考えよう。


 歩きながら現状の課題を整理する。一にも二にも食料が問題になる。穀物の収穫量を改善するのが第一だが、それ以外の食料も増やす必要があるだろう。炭水化物でなくても最悪糖分が摂取出来れば暫くは食い繋げるはずだ。そうすると果樹だろうか。

 果樹なら斜面でも育てられるから田畑と土地を食い合う事も無い。接ぎ木をすると早く育つと聞いたが残念ながら接ぎ木の技術を俺は詳しく知らない。祥智なら知っているだろうか。苗を育てるとなると地植えよりも鉢植えが良いだろうか。炭焼きのついでに素焼きの焼き物なんか焼けたりしないだろうか。これは佐吉に聞いてみよう。

 そうすると何を育てるか。桃栗三年柿八年なんて言うから桃と栗の木は成長が早いのだろうか。夏場に実が生る桃は米の残りが少なくなる時期の足しには良い。同様に考えると初夏に実の生る枇杷や桑の実も良いな。いつか養蚕を始める機会があるかもしれないから、桑の木を植えて置くのは悪くない考えかもしれない。

 梅の木も多少は必要だろう。梅干は夏場の栄養源として重要だからな。味噌も必要だし、やはり食料買出しのついでに塩も買いに行かせよう。とは言え、冬を越えるのに栗と柿も必要だろうな。栗の花は臭いがあれだから集落からは離そう。あっ、油を絞るのに椿も欲しい。


 小川の合流点に着く。触ってみると手で触れられるが風呂とするにはちと熱すぎる感じだ。だが、東の川との合流点に近付くと一気に水温が下がってしまう。水量の差が大き過ぎるのだろう。川俣の川原に両方から水を引いた湯船を作るべく石をどかして穴を作って行く。

 そうしながら先程の続きを考える。村での食料生産以外にも当面は外部からの購入がやはり必要だろう。伝手もあるから代田盆地の農民から秋に買い付ける事は可能だろう。但し、米は曽杜湊の商人達が買い付けるから我等に売って貰えるのは雑穀が中心になるだろうな。

 と言う事は商品作物が必要になると言う事だ。俺達の貯えでいつまでも食える訳ではない。やはり椎茸は育てよう。暫く育てていないが、いつか腰を落ち着けた時の為にと胞子は採取している。

 それから馬はどうだろうか。幸か不幸か、手元に蒼風と牝馬が二頭いる。なんとなく馬産地は高原のイメージがある。八郎は馬の繁殖には詳しいだろうか?西の草原ではどの位の馬が維持出来るだろうか。夜が明けたら確認しよう。


 足を入れる穴が出来たので、今度は水路を作る。まずはお湯を引く水路から作ろう。

 さて。次は売り物になるかは別として、石灰の事も考えておこう。良く異世界転生物では石灰岩→セメント→モルタル、コンクリートなんて流れがあっさり完成したりする。だが、俺は知っている。あんなのは素人だ!いや、むしろ玄人かもしれない…とにかく俺は知っているのだ。『セメントは工場で作られる!!』と言う事を。

 幼少に入り浸った婆ちゃんの家からは眼下を走る鉄道が良く見えた。その中には青い機関車の引く長い貨物列車が走っていたのだ。山から切り出した石灰石をセメント工場に運ぶその貨物列車はセメント列車と呼ばれていた。電車が大好きだった幼い俺はその力強い姿に魅了され、全てのセメント列車(と土日に走る観光SL列車)の通過時刻を完璧に暗記して、時計の読み方も列車見たさに3歳にして完璧に覚えたのだ。そして雨の日も雪の日も列車の一番良く見える畑の畦まで出て行っては飽きることなく眺めていたのである。言ってみれば俺はセメント列車玄人なのである。

 何を言っているのか自分でも良く分からないが、つまりこう言う事である。セメントとは石灰石を工場でなんやかんやして生産される物であって、工場で何をしているかなんて普通の素人は知らないのである。むしろ石灰石からあっさりとセメントを作り出す奴は玄人である。と。

 要するにセメントの作り方なんて知らない俺は、今回も知識チート不発と言う事なのだ。エッヘン!!待ってほしい、帰らないでくれ。とは言え、とは言えだ。昨日も考えた通りに石灰には土壌改良効果も有るし、建材としても漆喰になる。漆喰なんて実質モルタルと言っても良いだろう。良く知らんけど良いよね?

 そしてもう一つ、和製コンクリートとも言えそうな三和土たたきっちゅう物が有るのを俺は知っている。日本家屋の土間に敷かれている事が多い灰色のコンクリっぽい奴だ。その地で手に入る土を混ぜて作る事から各地で微妙に性質が違うらしい。耐水性の有る物が出来ると良いのだが…千次郎が詳しいと良いな。はっ!俺は一体誰と喋っていたのか?


 後は防衛面だな。とにかく門と登り坂を固めてしまおう。賊がわざわざ崖を登ったり、山の中を迂回して来るとは思えないからな。とは言っても急拵えにならざるを得ない。やって来る賊も多くて二、三十人だろうから竹で作れる物で防げるはずだ。そこに投石を加えて門に辿り着く前に数を減らす。半分近く減らせれば後はどうにでもなるだろう。

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