14・祖なる者達・弐

 続いて、この、村に残りたいと言っている五人の番だ。

「では、新たにこの村に加わりたいと言う者にも挨拶をして貰おう。まずは八郎からだ。」

そう、俺が促すと。

「は、はい!八郎です。二十八です。馬借で働いていたんで馬の事なら任せて下さい。」

「うん、八郎は馬の世話と共に明日からは西の田畑の向こう側の草地で冬の飼葉を刈って欲しい。運べる様に縄で結いて纏めて置いてくれれば、運ばなくて良い。いくつか分かる様に纏めたらどんどんその場に置いておいてくれ。」

「わ、分かりました。」

「手は一人で足りるか?」

「な、何日でやれば?」

「出来れば明日一日で。」

「あ、明日一日!?さ、流石にそりゃ無理です…」

八郎がそう悲鳴を上げる。

「一人付けたら何日で出来る?運ぶのは考えなくて良い。」

「刈るだけなら二日…」

恐る恐るそう言う八郎。明日一日と言われたから言い辛いのだろう。恐らく二日でもかなり無理をしているはずだ。

「よし、二日で頼む。御坊、八郎に付けるのは誰が良いとお考えか?」

そう柳泉に問うと、

「満助が良いでしょう。賊に奪われてしまいましたが、それまでは馬の世話は満助がやっておりました。」

そう答えた。

「満助、頼めるか?」

満助を見てそう聞く。満助は十八。二つ上の兄の嘉助と共に田を耕しているらしい。

「は、はい!あの馬の世話も…」

勢い良く返事をした後に遠慮がちにそう言い足す。

「やりたいのか?」

「は、はい!!」

自己紹介の時は兄の嘉助の影に隠れる様にしていたのだが態度が変わっている。余程に馬に思い入れがあるのだろうか。

「八郎。どうだ?」

「俺としては有り難いですが…」

人手が減るが良いのか?と言う事だろうか。

「構わん。やる気も有りそうだ。弟子だと思って使って良い。」

「わ、分かりました。では有り難く。」

そう言って八郎は頭を下げる。

「あ、有難う御座います!」

慌てて満助もそう礼を言った。


「さ、三太です!こいつは弟の四太。何でもするんでここに置いて下せぇ!!弟は喋らねぇけど、瓜を育てさせたら村一番だったんです!!お願いしやす!!」

そう勢い良く言って床を突き破らんばかりに頭を下げたのは小作の兄弟の兄だ。

 ふむ、弟は唖なのか?口数が極端に少ないのか?

 瓜とは真桑瓜の事だ。味の薄いメロンと言うのが一番分かり易い表現なんだろうが、現代のメロンが余り好きでは無かった俺はむしろさっぱりとした瓜の方が好みだったりする。

「四太は相手の言う事は分かるのだろう?」

三太の、後ろに控える四太と視線を合わせてそう聞くと、四太はしっかりと視線を返しながらうんうんと頷いた。

「御坊、瓜は良いですな。皆も好きでしょう。」

俺がそう聞くと、

「拙僧も暑い時に食べる冷えた瓜は大好物ですな。食い物の減る時期に穫れる瓜は皆の腹も助けましょう。」

我が意を得たりとばかりにそう助けを出してくれる。

「は、はい、有難うござやす!!」

そう言って頭を下げっぱなしの三太の後ろで四太はニコニコとして居た。


 残るは織師の娘と大工の男。二人は顔を見合わすが、織師の娘がお先にどうぞとばかりに手で合図する。

「えっと…千次郎です。大工の弟子でした。十九です。」

「うん、千次郎には鍛冶の茂平と明日から色々と作って貰う。具体的な事は後で伝える。」

「わ、分かりました。」

「それと一応聞くが、大工道具は何も持っていないよな?」

「は、はい…」

「賊に奪われた訳では無いのか?」

「いえ、師匠の使いで隣村に行く途中で捕まっちゃったんで…」

「そうか。では、茂平とこの村にある大工道具を確認してくれ。」

「わ、分かりました。」

「茂平も頼むぞ。もし、足りない物で茂平が作れる物が有るならば、今日分捕った槍を鋳潰して構わんから作ってくれ。」

茂平にもそう頼むと、

「は、はい…」

小声でそう返事が返って来た。


「では最後だ。」

そう、娘に声を掛ける。

「はい、小枝です。十八です。機織りが得意です。宜しくお願いします。」

そうハキハキと言ってしっかり頭を下げた。

「苧はこの時期は枯れてしまって分からんか?」

「そうですね…そもそも枯れる前に皆刈ってしまうので枯れているのは見た事が無くて…」

「そうか、では春に芽を出す時期になったら教えてくれ。それまでは皆と一緒に働いてくれ。幸い、年の近い女が多い。一緒に村の仕事を覚えてくれ。」

「分かりました。」


「よし。元から村に居た者が二十四人。我等が三人。そしてここに残りたいと言う者五人。合わせて全部で三十二人。これがこの村を立て直す為に力を合わせる全員だ。たったの三十人だが皆の力を貸して欲しい。」

そう言って皆を見回す。

「とは言っても、特に元からここに住んでいる者は、食い物はどうするんだと不安に思っている事だろう。それ故、まず最初にそれをどうするか伝えておく。食い物はな、沓前に買いに行く。銭は俺がある程度持っている。数年は保つはずだ。それで食いつなぎながらこの村の田畑をもう少しマシな状態にする。それと共に、銭になる物を作る。何を作るかはこの地を良く見知ってから考えるつもりだ。」

俺の言葉を聞き、祥智はやっぱりかと大きな溜息を吐き、柳泉は申し訳無さそうな顔をする。

 まぁ、俺の金と言っている金の半分位は祥智が各地の情報を集めて商品を売り買いして利益を出した物だから当然か。

 因みに残りの半分は山で採ってくる椎茸と各地の道場の伝で安く手に入れたその地の人気の刀を運んで売る事で得ている。特に刀は思いの外儲かる。何処にでも好事家はいるのだ…

 村の者達は食い物が手に入ると聞き嬉しそうにしている。名付けて、『ご飯が無いなら、買って来ればいいじゃない』作戦だ!!


「御坊。ここらは後どの位で雪が降りますかな?」

俺の問に、

「もう一月もすれば降り始めるでしょう。」

と、答える。一月か時間が無いな。

「どの位の深さまで積もりますかな?」

「一番深い時期は腰位までは積もりますな。多くの時期は膝より少し上位ですかな。」

「意外と浅いですな。代田の方ではもっと雪が深いと聞きましたが。」

「この村は山陰になっているせいか周りよりは雪が少ないのです。むしろ早瀬盆地の村々の方が余程に降るそうです。」

一月か、沓前はもう少し早いだろうから時間が無いな。

「では、数日の内に男衆は祥智の指揮に従って馬を連れて代田に行って貰う。八郎はそのつもりで馬の世話をしてくれ。それまでもやる事は山積みだ。今日はもう休んで明日からしっかり頼むぞ。」

そう言うと宗太郎が、

「あ、あの…」

恐る恐る声を掛けて来た。

「どうした宗太郎?」

「何て呼んだら良いですか?」

そう聞いて来た。

「俺達の事をか?」

「はい…」

成程…

「まず呼んではいけないのは、殿とか領主とか言う呼び方だ。これは絶対にいかんから皆も肝に命じてくれ。そうでなければ呼びやすい様に呼んでくれれば良い。」

「わ、分かりました…」

と、全く分かっていなそうな表情で引き下がった。

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