13・祖なる者達・壱

 皆でお堂の床に座って柳泉と八郎を待つ。冷えて来たので一つだけあった火鉢に火を入れる。きっとこの寺の備品なのだろう。

 片付けが終わると当然の様に膝に乗ってきた稲が夢の国に旅立った頃、馬の世話を終えた柳泉と八郎が戻って来る。

「お待たせをしましたかな?」

「いやいや、とんでもない。八郎も手間を掛けたな。」

「い、いえ、馬の世話ならいくらでも。」

二人とそう言葉を交わす。


「さて、皆揃った所で皆の事を聞かせて欲しい。名と齢と何が得意かなんかを教えて欲しい。良いかな?」

そう言って皆を見回す。ちゃんと伝わっていそうなので話を続ける。

「まずは村の者からだ。では、年嵩の者から行こうか。」

そう言うと。

「それじゃあ儂じゃな。」

そう言って声を上げたのはこの村唯一の老人と言って良さそうな老婆だ。

「儂は菊。年は幾つじゃったか…五十は超えたが忘れてしまいましたな。得手と言ってもこの年故大した事は出来ませんな。」

と言ってもこの時代、老人の記憶と言う物はそれだけで価値がある物だ。呆けていなければだが…

「御婆、目は如何だ?しっかり見えるか?」

「手元はさっぱりですが遠くならしっかり見えますぞ。」

よしよし、それは重畳。

「よし、御婆と御坊は門での見張りを頼む。昼を境に夜明けから夕暮れまでだ。御坊、小さくて良いから鐘はありますかな?」

「は、鐘ですか。一応寺ですので本当に小さい物ですが御座いますが…」

「大変心苦しいのだが村の為にお貸し頂けぬか?見張りに使いたいのです。」

そう言って頭を下げる。

「も、勿論ですとも。村の為に何でも使って下され。」

柳泉もそう言って頭を下げた。

「では、見張りで何かあった時は鐘を力一杯叩いてくれ。どちらがいつ見張りをするかは二人で上手く決めてくれて構わん。御婆、寝ないでくれよ?」

「ひょひょひょ、努力しましょ。」

不安…でも人手不足なんだ。一番体力的に楽な所で頑張って貰おう。

 それから、大工に見張り用の腰掛けと鐘を吊す場所を作って貰おう。


「次は誰だ?」

俺がそう言うと、

「次は拙僧ですので飛ばして構わぬでしょう。拙僧の次は茂平ですな。」

柳泉がそう言う。視線の先にはオドオドとした様子の男が、

「も、茂平です…か、鍛冶です…」

「鍛冶!?なんでこんな小さな村に鍛冶が居るのだ!?」

思わず大きな声が出る。と、膝の上の稲が不機嫌そうに足をバタつかせる。いかんいかん。背中をトントンと叩き寝かし付ける。いやいや、

「すまん、稲を引き取ってくれ…これでは威厳も何も有ったものではないわ…」

稲の母にそう言って眠る稲を渡す。

「すまん。それで、何故鍛冶が居るのだ?」

改めてそう聞くもオドオドとして答えが無い。

「茂平は腕は良いのですがこの通り話をするのが苦手でして…食い詰めてここへやって来たのです。只、手先は器用ですので村の大工仕事等も茂平が一手に担っておりました。」

見かねた柳泉がそう説明してくれる。

「そうか、新たに大工が一人加わる。その者と力を合わせて働いてくれ。俺は色々と思い付きで物を頼む。最初は面食らうと思うが頼むぞ。」

俺がそう頼むと、

「兄者は本当に見た事も聞いた事も無い様な物を突然思い付くから頑張って。」

祥智がそう余計な一言を付け加えた。

「…は、はい…」

困った様に俺と祥智を見ながら茂平はなんとかそう答えた。


「次は私です。かねと言います。齢は三十五で、そこの初の母親です。夫は亡くなりました。縫い物が得意です。」

そう言って赤子を抱く母親を指差した。

「縫い物か、早速明日から作って貰いたい物がある。これなんだが。」

そう言って投石紐を見せる。近寄って来た周は、

「これなら、私でなくとも簡単に作れるかと…」

そう遠慮がちにそう言った。

「これは戦で使うから丈夫に作って欲しいのだ。分捕った布を使って構わないから女子供に一人一つ用意して欲しい。」

村の防衛は投石が主体になるだろう。地形的にも登って来る前に少しでも叩けるだけで大きく戦況は変えられるはずだ。正直、今日位の賊ならこれだけで追い返せるはずだ。

「分かりました。」

「昼間は外でやる事が山程ある故、夜なべになるが頼む。」

「小さいし簡単な作りですからすぐに出来ますよ。」

周はそう気楽に請け負ってくれた。


「儂は佐吉です。炭焼きです。三十四かな?」

「三十三だよ!」

次は、少しぼんやりした様子の男と気の強そうな女だった。どちらもガッチリした体付きをしているが女の方が特にガッチリしている。

「私は幸、佐吉の嫁です。三十です。佐吉と一緒に炭を焼いています。」

「幸は村一番の力持ちなんて言われとりますか…ゴフっ…」

あ…あぁ…禁句だ禁句…なんて恐ろしいんだ…


「…つ、次はどなたかな?」

恐ろしいものを見た。思わず声も震えてしまう。

「…は、はい!田鶴です!!えっと…三十二です。夫は亡くなりました。菊は私の母です。」

おぉ、御婆の娘だ。

「そ、それと姪の春です。姉夫婦の娘なんですが二人共…あ、あの、子供達の面倒を良く見る良い子なんです!」

「う、うん、先程も赤子を抱いていたな。これからも頼むぞ。」

春と呼ばれた娘にそう言うと田鶴はホッとした様子を見せた…ひょっとして親無しの子供は売られるとか思われた??


「弥彦です。猟師です。二十八になりやした。こっちは嫁さんの月。二十一です。革を鞣したり肉を切ったりは月がやっとります。それから寝てるのが娘の糸です。」

続いて猟師の弥彦だ。

「弥彦は明日から祥猛に付いて山に入ってくれ。狩り以外にも柿や栗でも何でも食える物を見つけて欲しい。月も山歩きは出来るのか?」

「は、はい!多少なら…」

突然話を振られた月が慌てて答える。

「では、暫く月も付いて行け。村から近い場所でまだ採れる柿や栗を見つけたら場所を覚えて村に戻ってくれ。そうしたら子供達を連れて採れるだけ採ってきて欲しい。二人共良いか?」

「「は、はい!!」」

「よし、祥猛。お前は食える獲物は全部仕留めろ。それから山の地形を記して来いよ。」

「分かってるよ。弥彦さん宜しくな。」

「こ、こちらこそ、宜しくお願いしやす!」

よし、ある意味当面の最重要チームの結成は終わった。


 残りは農民達なのだが問題が有る。寛太の母の鞠こそ二十代半ばだが、残りは軒並み二十前後なのだ。

 稲の父の利吉は二十二で、母の美代は十九。赤子の富丸の父の竹丸は十九で母で周の娘の初は十七と言った具合で二十代から三十代の働き盛りの特に男が殆ど居ないのだ。

 そして子供達は十三の宗太郎を一番上に、一つ下の春。寛太は七つで稲が四つ、稲の一つ下が糸、そして富丸が二つと六人しか居ない。

 これは、働き盛りの多くは戦で死んでしまった。その結果、生産力が下がったせいで幼子は栄養状況が悪化して多くが命を落としたと考えるべきだろうか。特に先々を考えると子供が少ないのが問題なのだが…

 ともかく、男が八人に女が十人。そして子供が六人の二十四人がこの村の者、全てだ。

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