12・最初の晩餐

 気の早い夕日が山の端にかなり近付いた頃、栗ご飯と狸汁のこの地では滅多にお目にかかれないであろう豪勢な夕餉が出来上がった。

 皆、不安の中にもどこか嬉しそうな表情を見せ、思い思いの場所に陣取って座ったのを見て声を上げる。

「皆、聞いて欲しい。皆の家を見たが、あんな家に住んでいては体が休まらんだろうし病に掛かりかねない。そこで御坊とも相談したのだが、皆には暫くお堂で一緒に生活して貰う。その方が暖かく寝られるだろうし、暖を取るのに使う炭の量も少なくて済むはずだ。すまぬが協力して欲しい。」

そこで、皆の様子を伺うが困惑した様子で返事が無い。まぁ、いきなり集団生活をしろと言われても困るか。だが、あの住環境はちょっとな…

「まぁ、まずは冷めぬ内に食おう。食ったらお堂で皆の事を教えてくれ。それから明日からやる事を伝える。」

俺がそう言うと、

「それでは皆で頂きましょう。」

柳泉がそう言葉を引き取って続けた。


 流石に柳泉の言葉は効果覿面。皆が困惑から喜びに表情を戻し滅多に無いご馳走に口を付ける。さて、俺も食うか。

 そう思った所、トテトテと少女が一人椀を大事そうに抱えてやってきた。お米と言う言葉に反応して嬉しそうにしていた子だ。その子はニパっと笑うとそのまま俺の膝に座った。

「どうした??」

「お稲!?」

俺がそう聞くと同時にこの子の両親だろうか、若い男女が慌てた様に声を上げる。そんな事はどこ吹く風。本人は膝の上でニコニコと椀を抱えてこちらを見ている。

「ここで食べるのか?」

そう聞くと。

「うん♪」

「お稲、戻って来なさい!」

お稲の母親らしき女が厳しい声でそう言う。

「いや、構わないぞ。では、ここで食べよう。」

そう言って頭を撫でるとお稲は嬉しそうに笑った。が、

「お稲。箸はどうした?それと汁は?」

ご飯しか持っていないお稲に気が付きそう聞いてみる。

「おはしまだできない♪」

と言う答えが帰って来た。

「そうか、お箸は難しいからな。普段はどうやって食べているんだ?」

「おさじ。」

そうか、お匙か。それで、

「お匙はどこだい?」

「あそこ。」

指差した先は家財の山だった。いやいやいや。

「な、なんで、使わないんだ?」

訳が分からず両親にそう聞くと。

「つ、使っても良いのですか?」

と硬い表情で恐る恐る聞き返された。これって持っている者は全部寄越せって言ったと思われているのか!?それで、なるべく少ない道具しか使わない様にしてる??

「当たり前ではないか!皆がどれだけの物を持っているか確認して、足りぬ物は補い合おうと言う話だぞ。必要な物は必要な時に使ってくれ!!他の者も必要な物は好きに使って良いからな。」

最後は悲鳴の様になりながら伝える。

 そう伝えると何人かが立ち上がり匙やら椀やらを取り出している。良く見ると取り出されている物はどれも先に使われている物よりも綺麗な物ばかりだ…見れば狸汁をよそった椀の数は人数に比べて明らかに少ない。取り出した椀に汁をよそって漸く皆に一つ行き渡った様だ。稲も愛用の匙を受け取ってご満悦で飯を匙で掬う。

「お、俺は皆を苦しめる為にここに残るのではないからな!!必要な物は使って、迷ったら聞いてくれ。それで叱られるなんて事も無いからな。今までとは違う所も沢山出てくるだろう。頼むぞ!?」

改めて皆にそう伝えると、

「祥治様もこう仰って下さっている。皆もおかしな遠慮はせずにしっかり務めを果たしておくれ。」

柳泉がそう言葉を添えてくれた。

「「は、はい…」」

うーむ…不安…


 そんな思いはどこ吹く風で膝の上の幼児はうまうまと飯を食べている。

「美味いか?」

と聞くと。真剣な表情で椀を見つめたまま、

「うん。」

と頷く。

「すまんが、お稲の汁椀を持って来てくれるか?」

そう頼むと母親らしき女がおずおずと椀を持って来る。礼を言って椀を受け取ると、

「ほら、狸汁も来たぞ。冷ましてやるから、ちと待っておれ。」

そう言ってふーふーと冷ましてやる。それを見上げた稲が、

「あしたもたべられる?」

と聞く。

「お米か?」

「うん。」

「明日からはいつもの通りだ。だが、稲が大きくなる頃には毎日お米が食べられる村にしたいな。稲も手伝ってくれるか?」

最初を聞いてがっかりした稲も後半を聞いてしっかりと頷いてくれた。

「よしよし、ではご褒美に栗をやろう。」

そう言って稲の椀に栗を一つ乗せてやる。

「あ♪」

稲は嬉しそうに笑ってくれた。そこに、

「なんだお前も欲しいのか?」

祥猛が稲より少し年嵩の少年にそう声を掛ける。栗を貰う稲を羨ましそうに見ていたようだ。

「ほら、椀を持って来い。俺のを分けてやる。」

そう続けて言われると、おずおずと祥猛の所にやって来る。

「俺は祥猛だ。お前は名はなんと言うんだ?」

やって来た少年に祥猛がそう聞くと、

「寛太。」

そうボソっと答えた。

「ほら寛太、俺は兄者より太っ腹だからな。飯も少しやるぞ。」

そう言って栗と飯を少年の椀に移してやる。

「な、なんだと!?」

俺の膝の上では稲がこの世の終わりの様な顔をして少年と祥猛を見ている。これはいけない!!

「お稲!勿論お前にも飯をやろう。そんな顔をするな!」

俺は大慌てで稲の椀に飯を乗せてやる。

「ぷっ…」「くすくす…」

そんな俺の慌て振りが滑稽だったのかどこか硬い表情だった村の者にも少し笑顔が漏れて来たのだった。


 皆、飯を食い終わった所で指示を出す。

「皆寝床に敷いていた物があれば手に持って家族毎に固まってくれ。」

そう言うと、元から村に住む者は皆、草臥れた毛皮や莚を手にする。稲の様に両親が健在の家もあるが、柳泉や宗太郎を始め一人の者も多くいる。

「御坊の寝床は?」

一人手ぶらの柳泉にそう聞くと、

「拙僧は僧衣があり皆よりマシですので…」

等と言う。

「馬鹿を言うでない。まずは体を大事にせねば始まらぬ。皆、ちとここに並べ!」

俺はそう言って皆を一列に並べると、家財の山から毛皮と莚を幾つか取り出す。

 先程家財の山を確認した時に毛皮がいくつもあるのを見たのだ。きっと元々は銭を得る為の毛皮なのだろう。立派な毛皮がいくつも使われずに残してある。治安が悪化し商人が寄り付かなくなって売るに売れなくなったのだろう。

 祥智と祥猛に毛皮と筵をいくつか持たせ。皆の間を回る。

「三人でこの毛皮では小さい。」

と、稲の一家の毛皮を大きい物に替え。

「お前達兄弟はこれを使え。」

と稲の一家が使っていた毛皮は莚と一緒に新しく加わる小作の兄弟に渡す。そんな事を繰り返して皆の寝具を整えても立派な毛皮がいくつか残った。勿論、高く売れそうな毛皮は優先して残したのだが。


「よし。では、残りの家財は皆で納屋にしまってくれ。」

そう言うと皆が片付けを始める。

「それと馬借の男。名はなんと言う?」

「お、俺ですか!?八郎です。」

一緒に片付けを始めようとした馬借の男を呼び止める。

「よし、八郎。馬の世話を頼んで良いか?」

「わ、分かりました!」

パっと顔を輝かせ、そう答える。

「三頭いて大変だろうが頼む。御坊、不慣れでしょうから八郎の案内を頼みます。」

「畏まりました。」

「馬は今夜はお堂の傍に繋いで下され。」

自称名主に盗まれると困るからな…そう言うと俺も片付けに加わった。

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