15・所信表明

「さて、御坊と弥彦、それから佐吉は…まだ駄目か…代わりに幸だな…それから八郎と茂平と千次郎は残ってくれ。他の者は壁際に自分の寝床を作って休んでくれ。」

そう言うと皆疲れて居たのだろう。素早く寝床を作って行く。毛皮を引いて莚をかぶるとすぐに寝息をたてる者も居る。


「残った者はもう少し頑張ってくれ。まずは弥彦だ。東の川の先を崖沿いに返坂峠まで行く事は出来るか?荷を運んだり、武装してだ。」

まずは防衛上の懸念点の洗い出しと交易路の確定だ。

「実際にそこまで行った事はないけども…途中で斜面がかなりキツくなる場所があるから厳しいんじゃないかと思いますが…」

「そうか…」

ここを通って峠まで行ければ国内は安全に抜けられるかと思ったんだが…特に今日の賊は俺達が諦めた短絡の脇道を抜けて来た様だし。

 佐高家と事を構える時に侵入路とならないと考えるか…まぁ、そもそも沓前の猪俣家を刺激したくないだろうから返坂峠に近い東からの侵攻は考え辛いのだが。

「西はどうだ?草原の先が狭くなっているだろう?その先はどうなっている?」

続いて西だ。

「あっちは行かないもんで…あの辺で炭を焼いてる佐吉っさんの方が詳しいと…」

と、伸びたままの佐吉を横目に見る。

「そうか。因みに、山の中で誰か村の外の者と行き会う事はあるか?例えば山の民とか。」

「いや、そんな事は一度も無いし、死んだ親父からも聞いた事も無いです。」

山側の防衛は当面考えなくて良いな。

「良く分かった。では先程も言った通り、弥彦は明日から祥猛と月を連れて山に入ってくれ。当分お前達の獲物が頼りになるから頼むぞ。」

「は、はい!」


「では、代わりに幸。頼めるか?」

妻の幸に聞く。

「はいはい。あの先はまた広がって手前と同じ様な感じになります。只、こっちと違って細い木や灌木何かが目立ちますね。」

「その先は?」

「その先は山です。でも裏の山みたいな高くて険しい山と違って低くて大して斜面もキツくないんです。でも、ゴツゴツした岩があちこち飛び出ていたり、地面に大きな穴が空いていたりするらしいですよ。だから、歩く時は穴に落っこちない様に気を付けろって言われてます。それと森もあんまり豊かには見えないですね。」

と、状況を説明してくれた。ゴツゴツの岩や大きな穴って…ひょっとして…

「幸。ひょっとしてその山は焼くと石灰になる白い岩が採れるのではないか?」

「あれまぁ、良くお分かりで!確かにその通りでございますよ。」

やっぱりカルスト地形じゃん。石灰なんて宝の山だぞ。

「そうか、お前達は石灰も作れるか?」

「えぇえぇ、最近はさっぱりですが、あの人の父親の代には石灰で漆喰を作ったりしたものですが。館の壁も漆喰で仕上げてあったんですよ。でも今はこの有り様で…布海苔も手に入らないでしょう?」

石灰は土壌改良にも使えるはずだ。婆ちゃんが畑を起こすときに肥料の前に撒いていたはずだ。酸性に寄っている可能性のある東の川沿いもひょっとすると…

「そうか。では、この冬の分の炭を急ぎ焼いたら大至急で石灰を焼いて欲しい。二人で手は足りるか?」

「炭は何箇所かで纏めて焼けば増やせますから急げますけども…石灰は石を運ばないといけませんから…」

俺の問にそう遠慮がちに答える幸。

「石を運ぶのは馬を使おう。食い物を買い出しに行った後に馬を回す。それでどうだ?」

「焼くのは時間が掛かるだけで大した手間は掛かりませんから、岩を砕くのと運ぶのを手伝って貰えればなんとでも。」

よし、石灰はなんとかなりそうだ。

「それから下から西側の山を回って上がって来る事は出来るか?」

「誰もやった事は無いでしょうが…出来るか出来ないかと言われれば出来るのではないかと…でも、道なんて有りませんし、お侍が具足を着けて登って来るのはどうでしょうか…」

防衛面も確認する。これは後々見に行く必要が有るな。


「皆に聞くが南の崖は門の所の道以外から登れる所は有るか?」

最後は南だ。皆を見回すがお互いに顔を見合わせるばかり。暫くして柳泉が代表して、

「無い…と思います。誰も試したことは無いでしょうが…」

そう自信無さ気に答えた。

 一段落着いたら一通り確認しないといけないな。だがまずは門の防衛だ。賊は間違いなくそこから来るだろうからな。


「茂平。」

「は、はい…」

鍛冶の茂平を呼ぶ。

「材木はどの程度蓄えがある?」

「殆ど…置き場も燃えて…切った分も家を建てるのに使ってしまったので…」

これも燃えたのか…

「竹はどうだ?」

「た、竹なら少し!」

「何処にある?」

「お、俺の作業場の裏に。」

「よし、千次郎と二人で門の脇に見張り小屋を拵えて欲しい。腰掛ける場所。これは丸太でも切り株でも何でも良い。その回りを竹で囲って風除けの壁として、適当な屋根を付けてくれ。このままだと御婆が吹き曝しになってしまうからな。それから鐘を吊す場所も必要だ。出来るか?」

二人を見る。

「あの、出来ると思いますけど、地面に置くだけにしますか?」

答えたのは千次郎の方だ。

「冬は風が強かろう。出来れば四隅だけでも根本は埋めてあると良いな。」

「分かりました。出来より早さで良いんですか?」

こいつは割りと状況判断が優れているかもしれない。

「うん、それで頼む。どれだけあれば良い?」

「二人居るので、明日にはなんとかします。」

「そ、そうか。それは助かる。出来たら直ぐに声を掛けてくれ。次を頼みたい。」

「分かりました。」「は、はい…」

よし、見張り小屋は何とかなるな。


「茂平。それを作っても竹は残るか?」

「あー…大した量は…」

「残らないか?」

「はい…」

「ここいらで竹が沢山生えているのは何処だ?」

「一番大きな竹藪は、早瀬川を渡った先の森の所が…近いのはここと田んぼの間を少し山の方に登った所が…」

「そうか。広さはどれ位違う?」

「比べ物にならない位…」

「分かった。」

明日は竹を切り出せるだけ切り出そう。防衛施設は全て竹で作る。

「木は良いんですか?」

恐る恐る茂平が聞いて来る。

「取り敢えず竹だ。乾くのも早いし直ぐに次が生えて来るからな。木は買い出しが済んでからでも良かろう。」

そう答えると、

「わ、分かりました…」

茂平も口下手だが考えない訳では無さそうだ。二人が上手く働いてくれると大分助かるな。


「そうだ、厩は有るのか?」

そう言えば聞いて居なかった事がまだ有った。

「…館と共に。」

柳泉がボソっと答える。

「全部燃えてんな…」

思わずそう零すと、皆悲しそうにする。

「八郎。一番田に近い家を馬小屋として使え。その隣は飼葉を貯めるのに使って良い。」

「よ、良いのですか!?住んでいた者は…」

八郎が驚いた様に聞き返して来る。

「良い。その内、立派な家に建て替える。それまでは皆ここで暮らすのだから良い。それに田に近い家は誰も住んでいる様子が無かった様に思う。」

そう言い切る。家を馬小屋にされた者は心穏やかではないかもしれんが我慢して貰うしかない。

「仰る通り、田に近い家は誰も住んで居りませんので使って頂いて構いません。」

柳泉がそう後押ししてくれる。

「そ、そうですか。それじゃあ、使わせて貰います。」

「良し。では、皆も休んでくれ。」

そうして、残った者も寝床を作って行く。


「兄者。俺達もここで寝るのは無理じゃないか?」

「そうだな…」

他の者に先に場所を取らせたら、我等と柳泉の寝る場所が無くなった…

「庫裏に参りましょう。狭いですがここよりはマシでしょう。」

そう柳泉が言うので、我等は庫裏で休む事にした。

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