10・中々の惨状
「あはははははははh…は…」
いかんいかん…つい盛り上がってしまった。この世界に来て長くなるが、温泉は現状では前世を思い出し前世と変わらぬ楽しみが得られる唯一のものなのだ。
現実的に見ても日常的に入浴出来る環境が整えられるとしたら衛生環境上も好ましい。なんとか整備したいものだ。
さて、こっちの川沿いは作物が育たないと言っていたな。温泉のせいで土壌が酸性に傾いているのか?そもそも農地に出来そうな土地の広さはどの位だ?たった今通って来たのに何も覚えていないぞ…帰り道はちゃんとしよう…
斜面を下って、蒼風に跨る。川の向こうは斜面に山林が広がって早瀬川岸の崖際まで続いている。これより東は農地にはしようがないな。
西岸は温泉からの小川が合流している場所から下流ではある程度平坦だが館跡から川に向かって緩やかだが傾斜がある。ここを利用するなら館跡の高台か温泉の方向の斜面に水源が必要になるな。川沿いには放棄された田の跡が見られる。手間に対する収穫量が見合わなかったのだろう。
折角だから西の川も見て来るか。お堂の下を通り過ぎ西へ向かう。お堂より西の道沿いにも粗末な家が建っているがこちらは既に打ち捨てられている感じだ。人が減っていく度に徐々に打ち捨てられたのだろう。
東の川から十丁(約1km)かもう少しあるだろうか。西の川原の両岸は所謂、泥田とか深田と言われる様な田が広がっていた。川から流れ込む水に因って沼の様になった土地をそのまま水田として使っている感じに見える。春までに改良出来るだろうか。そもそもどうすれば良いんだろう。
田の外側には細い水路が川から引かれており畑が広がっている。せめてこの辺りまでは田にしないと厳しいだろう。
水路の整備と田の拡張。いや、その前に田を広げる部分にある畑の移設が先か?いやいや、そうすると新しい畑への水路が先かもしれん…正直やった事が無い事だらけなので考えが纏まらない。だから一般人に知識チートなんか簡単に出来る訳がないって言ってるじゃないか!!
と、益体もない事を叫んでいる場合では無い…雪が降る前にある程度は形にしないといけないぞ…
そもそも、ここいらはどれくらい雪が降るんだろうか。いかんな…村の事も含めて面倒を見る等と大見得を切っておいて早くも暗雲が垂れ込めているぞ…そもそも俺は領地経営なんてした事がないのだ。
いやいや、いかんいかん。まずは話を聞こう。この土地の情報を集める所から始めなければな。そう、気持ちを切り替えると馬首をお堂に向け来た道を戻った。
お堂への坂を上ると村の者達は運んできた物を種類毎に分けていた。祥智辺りが指示したのかもしれない。
一方、捕まっていた者達はお堂の入り口の階段に腰掛けて様子を眺めている。
「御坊、どんな按配ですかな?」
「祥智殿の指示を受けて種類毎に仕分けておりまする。」
俺の問いに柳泉はそう答える。
「祥智はどこに?」
「あちらの納屋で米俵をしまっておられます。」
「ちと見て参ります。暫しお待ち下され。」
そう伝えるとお堂の裏の納屋へ向かう。
納屋では数人の男と共に祥智と祥猛が俵を積んでいた。
「祥智。どれだけある?」
そう聞くと、
「米が十五俵。麦が四俵、蕎麦と粟が五俵ずつ。大豆も五俵ですね。」
何を聞かれるか分かっていたかの様にそう答えた。
「我等の運んだ分と、分捕った分も合わせてか?」
「はい。」
「厳しいな…」
「ですね。精々十人しか食えませんよ。」
量から見ればそんな所だろう。一石少なめに見て二俵としても十人が良い所だろう。勿論、この他に食べられる物は何でも食べるとしても我等を加えて三十人近い人数が食べて行くのは何とも厳しい。
柳泉は田は十反程あると言っていたが、あの深田で人も減っている状況では手が回らないと言う事だろう。
「それより問題は塩ですよ。合わせても一升もありません。」
そこに祥智は更なる問題も突き付けて来た。
「村中掻き集めてか?」
「えぇ…」
塩は米に次いで重要物資と言って良い…そしてこの山の中では調達する術が無い物の代表と言って良いだろう…塩が無いと味噌も作れないのだ。
「買いに行くしかあるまい。」
「…でしょうね。」
そう答える祥智の顔には少し不満が浮かんでいる。暫くは我慢して貰わないといけないな。
お堂の前に戻り皆を集める。
「まず皆で飯にしよう。今日は新たな門出を祝って米を食おう。そして腹が膨れたら皆の事を教えてくれ。」
「お米♪」
俺の言葉に真っ先に反応したのは四、五歳位の女の子だった。嬉しそうな顔をして大きな目でこちらを見ている。その様子を見て回りの子供達も少しそわそわし始めた様子だ。
「祥治殿…」
柳泉が渋い顔をしてこちらを見ている。他の大人達も大丈夫なのか?と言った様子でこちらを伺う。
「何、今日だけの事。今後の事は色々と考えておりますし、明日からは死ぬ気で働いて貰います故、景気付けと思って下され。」
「さ、左様ですか…」
いまいち納得出来ぬ様子の柳泉をお仕切り、
「さぁ、日が暮れてしまうぞ。男は竈を組んで火を熾せ!女は米を用意しろ!但し一人一合だぞ!!栗はあるか!?」
そう大声で命ずる。
「は、はい、栗はたくさん!」
二十を越えた辺りの女が弾かれた様にそう答える。
「良し、米の半分位の量の栗を足して少し塩も入れて炊いてくれ。弥彦、今ある肉は狸だけか?」
「は、はい!!」
「では、それは狸汁だ。急いで捌いてくれ!」
「はい!」
「良し、皆掛かれ!!」
号令を掛ければ皆が慌てて動き出す。
心なしか皆嬉しそうなのは贔屓目か。それとも治める者が居ないと嘆いた柳泉の言葉は正鵠を射ていたのだろうか。
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