9・優勝(※)

近況ノート「飯富村周辺図」掲載の地図と併せてご覧頂きますとよりお楽しみ頂けるかと思います。

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 そんなこんなで、雇われ領主となった以上は、何はなくともまずは現状把握をせねばなるまい。

「では、御坊。まずは村を案内して頂きたい。その間に、他の者は家にある物を全て持って来て欲しい。道具、着物、食い物全てだ。何がどれだけあるか把握したい。すまぬが暫くは誰の物等と言っている場合ではないだろうからな、協力して貰うぞ。」

一方的にそう宣言する。正直食い物は配給制にでもしないとどうしようもないだろうと予想している。

「あ、あの…」

そんな俺の宣言に対し、一人の少女がおずおずと声を上げる。年の頃は宗太郎と同じ位だろうか。先程、赤子を抱いていた少女だ。

「なにかな?」

なるべく柔らかく聞き返す。俺だって初っ端から女の子に泣かれるのはゴメンなのだ。

「お母ちゃんの形見の…観音様は…」

怯える様にそう言って懐から取り出したのは小さな木彫りの仏像。素人が彫ったのだろうと一目で分かる出来だが表面は黒く艶々と光を反射しており、肌身離さず大切にされて来ただろう事もまた良く分かる。

「そう言う物は出さずとも良い。それはお主を守ってくれる大切な物だ。今まで通り、大切に持っていなさい。」

「は、はい…」

俺がそう言うと少女はホッとした様子で頷いた。 

「あぁ、それと臼の様な重い物は無理に持って来なくて良いぞ。口で伝えてくれ。」

追加でそう伝えた。


「では、皆動き出してくれ。」

俺がそう言うと柳泉が、

「あの…捕らわれていた方々は?」

「あぁ…そうであった…」

いかん…またしても忘れていたぞ…

「宗太郎。頼めるか?ここへ呼んでおいてくれ。」

「わ、わかっ、わかり…ま、した!」

慣れない言葉遣いにつっかえながらもはっきりと答える。

「大丈夫だとは思うが、ここへ連れて来たら悪さをしない様に見張っておいてくれよ。」

「は、はい!!」

よしよし、声がデカいのは大将の大事な資質の一つだぞ。

「では御坊。今度こそ参りましょうぞ。」


「さて、日も傾いて来ております故、急ぎここから大まかに村のどこに何があるかを教えて頂けますか。」

お堂を出て、家財を取りに行く者達を横目に眼下を見下ろしながらそう柳泉に尋ねる。

「畏まりました。それと拙僧の事は柳泉とお呼び下さいませ。これからは貴方がこの村を治めるのですから。」

が、質問の答えは思っていたものとは違っていた。

「いや、先程も言った通り形式的には御坊がこの村の統治者である方が良いでしょう。実務は我等が指揮を執りますが、対外的には我等は協力者と言う立場の方が宜しいかと。少なくとも当面は…」

彼の望む答えではないかもしれないが、俺はそう答える。

「そ、そうなのでしょうか…」

自信無さ気にそう言う柳泉。

「そう思います。それ故、どちらかが一方的に上に立つのではなく敬意を払い合うのが宜しいかと。それに御坊は村の者達の心の拠り所でもあるでしょう。いくら俺に従うと決めたとは言え、自分達の大事な和尚様が一方的に下に扱われるのを見ては良い気がしないでしょう。」

「そう言うものでしょうか?」

「そう言うものですよ、きっと。それに、お坊様に敬意を払うのは何もおかしな事ではありますまい?」

俺が最後は少し茶化してそう言うと。

「そうですな。では、この村は凡そ二つの川の間に位置します。あそこが村の門なのですがお分かりになりますか?」

多少納得がいったのか、そう説明を始めた。

「えぇ、あそこは早急に守りを固める必要がありますな。」

門を指差す柳泉にそう答える。

「左様ですな。その左手に細い川が見えますかな?」

「あぁ、確かに。」

確かに門の少し東を北から南へ細い川が流れている。


「そして逆側にもう一本、川が有ります。」

成程、こちらは東の川よりは多少大きい川だ。川の側には数は少ないが田が見える。その先には枯れた草地が続いている。草地の先は山が崖に迫っている。

「えぇ、田が見えますな。」

「はい、あの辺りまでが凡そ村の範囲です。」

「成程。その先の草地は畑にはせんのですか?」

かなりの土地があるのだが。

「実は水が少なく畑にするには厳しいのです…水が引ければ違うのでしょうがそんな事が出来る者は居りませんし…精々、馬を放したり、冬の飼葉を収穫したりと言った所です。まぁ、今は馬も居りませんが…」

成程…用水路の建設は要検討と…しかし、なんで川向うは草地なんだ?この国の気候は温暖湿潤気候のはずだ。放っておけば森林に遷移するはずなんだが…

「あの辺りで過去に山火事なんかが起こったりは…」

「よ、良く、お分かりになりますな!確かに五十年程昔に川向うの林が雷に因って火事となり、草地となったと聞いております。」

俺の適当な推測をぶつけてみたら当たりだったらしい。柳泉は感動の面持ちをしている。高校の地理だか生物だかで習った事からなんとなく推測しただけなのだが…

「田はどの位の広さが?」

「全部で十反あるかどうか…」

「この人数でそれはかなり厳しいですな以前はもっと人数が多かったのでしょう?畑も広い様には見えませぬし…」

一体何を食って生きているのかと言う疑問が湧くレベルだ。

「はい…それ故、山で採れる物等何でも食べます。今時分は栗や団栗どんぐりが命綱です。」

団栗かぁ…流石に食った事が無い。飢饉の折は食ったりすると話には聞いているが、この様子ではむしろ常に食べている感じだ。

 しかし竪穴住居に団栗とは何時代なんだと言いたくなる。どこかで奈良時代から戦国時代まで農村の暮らしは殆ど変わらなかったと聞いた様な気がするが…益々何から手を付けて良いか分からなくなって来たぞ…


「東の川沿いはどうなのです?」

「実はあちらは作物が余り育たぬのです…上流に湯が湧いておるのですが、それが原因なのか…」

「「あ゛…」」

柳泉の答えに後ろに控えていた祥智と祥猛の声が綺麗に揃う。

 湯だと?

「湯が湧くと仰ったか!?」

「は、はい!?」

俺の豹変に面食らう柳泉を気にも留めず更に聞く。

「湯の熱さはどの位なのです!?」

「湧いてる場所はまるで地獄の釜の様な有り様でございます…」

温度も高そうだ。良いぞ!とても良いぞ!!

「どの辺りで湧いておるのですか!?」

「そ、それは、ここから見ると館の向こう側になりますか…」

「近くに行けば湯気が立って見えますかな!?」

「は、はい、すぐに分かります。」

「良し!祥智、後は任せた。適当にやっておけ!!」

俺は蒼風に跳び乗りお堂を後にした。



「あー…和尚様、申し訳ありませぬ。兄者は湯狂いなのです…」

「湯狂い?何ですかそれは?」

「はい、湯に浸かるのが何より好きでして…道中も出湯を見つけては浸かっておりました。」

「湯気に当たるのではなく湯に浸かるのですか?」

「和尚様が思い浮かべていらっしゃるのは、寺等にある風呂かと思いますが、出湯の有る土地では直接湯に浸かる事も珍しく無いのです。」

「そうなのですか…しかし、ここの湯は熱すぎますが…」

「そう言う出湯は水を混ぜて冷ますのです。兄上ならその為に水を引く位の事は致しましょう…湯の事になると見境が無くなりますから…」

「湯に浸かる為に、傍にねぐらを構えていた賊を潰した事もあったぞ…」

「あぁ…あれは酷かった…」

「縋る相手を間違えたか…」

柳泉はそう呟いた。


 蒼風を川沿いに走らせる。途中、家財を運ぶ村人がこちらを驚いた様子で見ていたが知った事では無い。温泉だ。温泉なのだ!この世界で俺の一番の楽しみ、温泉なのだ!!

 すぐに左手の斜面に白く立ち昇る湯気が見えてくる。その先には薄っすら湯気の立つ小川が川に注ぎ込んでいる。そこで蒼風から降り木に繋ぐと小川沿いに斜面を駆け上がる。薄っすらと硫黄の臭いもする気がする。


 そこには直径一間(約1.8m)位の泉にぼこぼこと泡を立てて湯が湧いている。水面の端を指先で触ってみる。うん、触れない温度だ。かなりの高温の源泉だ。

「くくく…くははははは!!あははははははははは!!!!やったぞ!!勝った!!俺優勝!!」

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