8・雇われ領主

コメントにて、1・返坂関に付随するべき近況ノート「彌尖周辺地形図」が投稿されていないとご指摘頂きました。大変申し訳ございません。色々地図を作ったせいで作者が混同してしまい。誤った地図が投稿されておりました。本日、修正投稿致しましたのでご興味を持って頂けた方はご覧いただければと思います。

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 柳泉が額を床に擦り付けるのを見て、他の者も慌ててそれに倣う。

 別に高額な報酬が欲しい訳でもないし、払えるとも思っていない。しかし、無償にしてしまうと縋る事が当然になって自立出来ない気がする。うーん…いや、むしろ…

「兄者、悪い顔になっておるぞ…」

祥智がまた始まったと言った様子でそう言ってくる。

「なんだ兄者、またか?」

祥猛がそれを聞いてそんな事を言う。

「全く失礼な奴等だな…良い事を思いついたぞ。」

そう言い返すが全く信じていない感じだ。柳泉は額を床に着けながらこちらの様子を伺うと言う器用な事をしている。


「御坊、謝礼は一人当たり千貫。合わせて三千貫だ。」

「……千貫!?千貫でございますか!?」

理解が追い付かなかったのか一瞬の沈黙の後、柳泉は飛び上がらんばかりに驚いた様子で叫ぶ。

「そ、そんな額、お支払い出来る訳がありません!!この辺りでそんな額が払えるのは、それこそ佐高家の本家位のものでございます!!」

そして、そう続けた。

「兄者、それはいくらなんでもあんまりだ。」

祥猛も咎める様にそう言ってくる。

「お、和尚様…千貫って言うのは一体どんなもんなんですか?」

宗太郎が恐る恐るそう聞いてくる。確かに農民の生活には千なんて数は馴染みが無いだろう。

「…数は百まで教えたな?」

渋い声でそう言う柳泉。

「は、はい。えっと…十が十個合わさると百です。」

慌てた様子で少し考えてから宗太郎は自信無さ気にそう答えた。

「うむ…百が十個で千じゃ…因みに、一貫は一反の田から穫れる米と同じ位の価値と言われておる…」

「…そ、そんなの無理に決まってる!!お武家様あんまりだよ!!」

顔を真っ青にしている柳泉と対象的に宗太郎は顔を真っ赤にしてそう叫んだ。それに釣られる様に口々に、

「そうだ!」「馬鹿にしているのか!」「巫山戯るな!」「兄者の鬼!」

等と声を上げ始めた。ん?最後に変なの混じってなかったか?

「静まれぃ!!」

威厳を込めて声を上げる。実際に威厳が籠もっているかは分からないが気分は大事だ。良い具合に静かになった所で自信有り気に言う。

「まぁ、皆落ち着いて最後まで聞くのだ。そんな大金払える訳がない?全くその通り。御坊、払えぬからこそ良いのです。」

「「……」」

誰も何も言わない。いや、俺が何を言っているのか理解出来ないのだろう。それはそうだ、これだけで理解出来る訳がない。

「御坊。仮に、全く自信は無いが俺達がここに残って村をちゃんと飯が食え、賊がやって来ても楽々追い払える様に立て直したとしよう。そうしたらどうなると思われる?」

「ど、どうと申されましても…そうなれば夢の様です。有難い事です。」

呆けた様で困った様にそう答える柳泉に更に答える。

「そうではない。そうなれば奴等は必ずこう言って来るぞ。ここの支配者は自分達だ。村を返せとな…」

「そ、それは…」

俺の答えに柳泉は絶句する。後ろの者達も理解が追い付いたのか顔を曇らせた。

「はぁ…また、碌でも無い事を考えたな兄者…」

ただ、思い当たる節があったのか祥智だけが溜め息混じりにそう言った。

「ほう、流石祥智。分かったか?」

「まぁ、なんとなくね…」

「何だよ、俺は全然分かんねぇぞ!説明してくれよ。」

俺が聞くと二人がそんないつも通りの反応を返してきた。


「御坊。我等を雇わねばならぬのはなぜです?奴等が我が身可愛さに逃げ出したからでしょう?」

俺がそう問い掛けると、

「そ、それはそうです。」

そう言いながらも真意が掴めず困惑した様子の柳泉。

「では、この村の皆が雇った我等への報酬は責任を持って領主が払うべきではないですかな?我等を追い出したいなら尚の事。」

俺がそう言うと、

「そ、そうですな。いやしかし、それでは戦になりませぬか?」

顔をパッと明るくしたと思いきやすぐに暗い表情に戻しながらそう言い返してくる。

「そもそも、奴等が戻るのを受け入れぬと言うなら戦は避けられませぬ。しかし、戦をする言い訳は立ちましょう。」

「しかし、戦になっては…」

小声でそう言う柳泉。分からないでもないが、

「奴等が戻るのを拒否するならば戦は避けられませぬ。後はこちらに義が有るか否かだけでしょう。勿論その他にも手立ては考えては有りますが…」

現実的には実質こちらの横領であるから戦は避けられない。ただ最低限の屁理屈は必要だろう。実に面倒な事ではあるが。まぁ、元を正せば向こうも横領なのだが…

「しかし、大軍で攻め寄せられては…」

要するに勝ち目が無い戦をするのが問題なのか。まぁ、負ければこの地を追われるのだから当然か。

「大軍というのがどの程度を想定されているのかは分かりませんが、数百、数千と言う数の敵が押し寄せて来る事はまずありませぬよ。最初はせいぜい百でしょう。下手をすればもっと少ないかもしれません。」

「な、なぜそう言い切れるのです?」

「体面の問題です。数十人しか住まぬ、それも領主も居らぬ食うや食わずの小さな村に数百、数千もの軍勢を送れば、それは自分達はそれだけの数を送らねば小さな村一つ落とせぬと自分で触れて回る様なものだからです。

 武家は体面を重視します。それは家格が上がれば上がる程強くなります。それ故、最初は左程の数は来ないでしょう。」

「そ、それでも百もの敵に攻められては…しかも相手は賊ではなくれっきとした…」

「まぁ、ここは守り易い地形をしていますから、百程度なら現状でも少し時間があればどうとでもなると思いますが…それよりもまずは賊を追い払える様になる事が先決でしょう。食料を増やし、人を増やし、守りを固める。そして賊を追い払った後で奴等がやって来た時にどうするか考えれば宜しいでしょう。ただ、その時にどちらの選択も選べる様にしておこうと言う事です。」

「さ、左様ですな。何はともあれ賊に負けぬ様になる事。それが成されねば始まりませぬな。」

俺の話を聞いて柳泉は何とか飲み込めた様だ。他の者はポカンとしているものの和尚様が良いならと言った感じで黙っている。

「あ、あの…」

控えめに宗太郎が声を上げる。

「如何した?」

「もし、あいつ等が銭を払ったらどうなるん、ですか?」

成程、話を理解した上で疑問を持ったか。

「天地が引っくり返ってもないとは思うが…もし払うとしたら御坊が言った通り佐高家の本家に用立てて貰う他ないだろう。そうなったらもう、この地を無下に扱う事は出来まいよ。それは佐高家の顔を潰す事になるからな。」

「そ、そうなのか…」

俺の答えに納得したのかしないのかそう答える宗太郎。

「もし、それでも無体な真似をする様なら皆で逃げてしまおう。何、その時は我等三人は三千貫もの大金を持っているんだ。どこかで良い土地が手に入るだろうさ。」

そう笑って言ってやると今度は、

「うん!」

と、笑って答えた。


 宗太郎も納得したところで柳泉に再び聞く。

「因みに、我等は戦の面倒だけ見れば宜しいのだろうか?村の事も問題だらけの様に見受けられるが…」

「拙僧は若い時分に修行も満足に出来ぬままこの地に参りました。それ故、仏の教えとて修めきれているとは言えず…それ以外の事柄となれば言うまでも無い有様にございますれば。」

俺の問いに答える柳泉の話に内心で舌を巻く。つまり、この人物は実質己の人望だけでこの村を纏めて来たと言う事だからだ。

「畏まった。では、村の事も含めて暫く我等が雇われの領主としてお助け致しましょう。」

「忝い。感謝の言葉もございません。」

俺の言葉を受けて柳泉が再び額を床に擦り付ける。他の者も慌ててそれに倣う。


「では、改めて挨拶をしよう。俺は鷹山祥治。武家の生まれだが武家である事はとうに捨てている。それから弟の祥智と祥猛だ。祥智は主に商売や農業、祥猛は武芸や狩りの面倒を見る事になるだろう。」

俺に続いて、

「祥智と申す、宜しくお願いする。」「祥猛だ難しい事は二人の兄者に聞いてくれ。」

二人もそう挨拶した。

「それと、大事な事なので最初に伝えておきたい。我等が来たとて、この村の纏め役は柳泉殿で代わりない。我等は柳泉殿に請われて、その下で腕を振るうにすぎない。武家風に言うのなら客将と言う奴だろうか。そこははっきりとさせておく。そうでないと我等は横領の誹りを受けかねないのでな。」

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