7・縋る者達

「改めまして。この度は危ないところをご助力頂き、真に忝く存じます。」

お堂に入り三人並んで上座に座らせられると集まった村の者が揃って頭を下げる。

「いや、先程も申したが我等が勝手にお節介を焼いただけの事。礼には及びませぬよ。」

そう軽く答えるが柳泉を始め、村の者達の表情は硬いままだ。

「先程、そこの宗太郎が申した様に…ここに残ってこの村に力を貸して頂く訳には参りませぬか?」

意を決した様に柳泉が宗太郎と同じ事を言う。

 先の見えない中で救いを求めているのは僧侶とて同じなのだろうか。いや、望まぬ統治者としての役目も背負い込んでいるのだから二重にそう思うのかもしれない。

 見れば後ろに並ぶ村の者も柳泉と似たような表情をしていた。しかし警戒する様な視線も無くなった訳ではない。我等が下へ降りている間に何か話し合いがあったのか、それともあの時の宗太郎の一言が雰囲気を変えたのか。しかし…


「それは領主としてと言う事ですかな?」

俺の問いに、

「左様です。この村には何より治める方が必要なのです。」

柳泉が必死の様相でそう答える。

「しかし、それは明確に佐高家に弓引く行為と言えましょう。知られた場合、我等は逃げ出せば良いだけですが村の者達は…」

「そう…そうですな…確かに仰る通りだ…」

支配者に弓を引くと言う事実に柳泉も村の者もただでさえ悪い顔色を更に悪くする。

「じゃ、じゃあ、俺達に戦い方を教えてくれよ!!それなら誰にも逆らってないだろ!?」

その雰囲気に負けずに声を上げたのは先程の宗太郎という少年だった。

 その発言を聞いて場が静かになる。先程もそうだったがこの少年の目と声には力がある。強い意志を感じるのだ。彼をしっかりと育てれば一廉の人物にも成れるだろう。そこまで面倒を見れば…いやいや、いかんいかん。そもそもこの村はそれ以前の問題だ。村の存続自体が極めて困難だと思われるのだから。


 しかし、その沈黙は思わぬ所から沈黙は破られた。

「それは悪くないな。」

「おい、祥猛。」

祥智が声を掛けるが。

「だって、それなら言い訳も立つだろ?俺達は頼まれて村の守り方を教えるんだ。仕方ない、それをするべき奴は逃げちまったんだからな。」

意に介さずそう言う祥猛に、

「そ、そうだよ!!それならいいじゃないか!!」

望外の援軍を得たとばかりに宗太郎も勢い付く。

「兄者だって、武者修行で得た事を何かに活かしたいって言ってたじゃないか。丁度良い機会じゃないのか?」

そんな事を言う祥猛に対して祥智は渋い顔だ。

 諸国を巡って様々な道場で腕を磨き、今やどこへ行ってもすぐに一目置かれる程の実力を得た祥猛は、どちらかと言うと一所に留まり、旅で得た物を実践したいと考えているのだろう。領主の居ない村なんてお誂え向きの物が目の前に転がっていれば飛び付きたくなる気持ちは分かる。

 一方で、祥智はまだまだ行った事の無い土地が数多残っており、実践と言う点でも土地から土地へ移り歩きたい事から一所に留まるのは避けたいのだろう。貧しく見るべき物も無さそうなこんな場所に留まるなら尚更の事だ。

 因みに、俺はどこかに落ち着いても良いが、まだ見ぬ地も多いので旅を続けるのも良いと行った塩梅である。だが、


「宗太郎よ、それは我等を用心棒や指南役として雇いたいと言う事か?」

俺の問いに、

「や、雇う…教えて貰うには雇わないといけないのか?」

想像だにしなかった問だったのだろう。いや、そもそも貧農の子供の周りにはそんな環境は無かったのだろう。宗太郎の顔が困惑に染まる。

「良いか、誰かに何かをして貰うには対価が必要だ。村の者同士ならお互い様で済むだろうが他所ではそうはいかん。商人に物を只でくれと言うのと変わらんからな。」

今まで生きる事に精一杯で、考えた事もなかったのだろう。宗太郎が、では無い。村中がだ。

「で、でも…和尚様は、困っている人は助けてあげなさいって!」

「うん、和尚様の言う事は真に正しい。だから、襲われている所を助けたであろう?簡単に蹴散らした様に見えたかもしれんが、一歩間違えば我等とて命を落とすのだ。文字通り、命懸けでお主達を助けたのだぞ?」

村社会はどうしてもお互い様の文化に成りがちだ。それは致し方無い部分もあるのだが、外を知らぬとどうしても全ての人にそれを適用しようとしてしまう。宗太郎に言っている様で他の者にも伝わる様に言葉を選ぶ。後にして思えばこの時点で俺自身もこの話を受ける気になっていたのだろう。


 俺の言葉に後ろで縋る様な目をしていた大人達が項垂れていく。彼等としても我等の加勢が既に望外の事であった事を理解したのでろう。

「でも…でも、俺達は困ってるんだ…」

だが十を少し越えた位の宗太郎には飲み込み切れなかったのだろう。ボロポロと涙を流しながらそう小さく呟く。

「あーぁ、兄者が童を泣かせた。」

呆れた様に祥智がそう言うと、

「すまんな坊主。我等の兄者はちと意地が悪いのだ。」

更に祥猛は殆ど悪口の様な事を言う。

「おい、お前等…」

俺がジトっと二人を睨むも、

「兄者だってもうここに残る気になってるんだろう?なのにそんな意地の悪い事を言う事ないじゃないか。」

やれやれと言った様子で祥猛が言う。それを聞いて宗太郎は驚いた様子で俯いていた顔をパッと上げる。なんでバレているのか納得がいかないが、それでも現状では受けても無駄だろう。

「今のままでは駄目だ。このまま我等がここに残っても彼等は我等に頼るだけになりかねん。自分達の事だと。縋るだけではいかんのだと思ってくれねばな。」

俺がそう返すと、

「そうかもしれないけど、今の言い方じゃなぁ…」

そう、言いながら祥智の方を見る祥猛。祥智は軽く首を振ってみせるだけだ。


「わ、わかってるよ!俺達の村を守るんだ。だから俺達に戦い方を教えてくれよ!!」

宗太郎は俺にしがみ付きもう一度そう言った。

「それでは対価を何とする?」

「うっ…」

再度の俺の返しに目を泳がせた後、縋る様に柳泉を見る宗太郎。そう言われてもと言った様子の柳泉は、

「正直申し上げまして、我等にご納得頂けるお礼がお渡し出来るとは思えませぬ…どの程度の物をお考えなのでしょうか?」

困り果てた様子でそう聞いてきた。

「そもそも、根本的な事をお聞きしておりませんでしたが。我等を雇いたいと言うのは皆が納得しておるのですか?」

しかし、こっちはこっちで一番肝心な事を聞いていなかった事に漸く気が付く。

「それは、お三方が下へ降りている間に相談致しました。我等にはもうお縋りする相手が他に居らぬと。」

俺の問に即座にそう答えるが、

「だから、縋って貰っては困るのです。村の者が自らの力で勝ち取らねば意味が無いのです。」

「勿論、それは分かっております。我等を率いて頂ければ皆、死物狂いで働きまする。ですから何卒!」

そう言うと柳泉は床に額を擦り付けた。

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