6・飯富村

「話を伺う限り、ご苦労はお察し致します。積荷の中の食料はそちらへお渡ししましょう。」

大変だろうとは思うが我等に出来る事は通りすがりに賊退治に加勢する位のものだ。事実、道中に食うや食わずの貧しい村は珍しくなかった。まぁ、領主がとんずらしたなんて所は初めてだが…

「左様ですか…ご配慮忝く。日も傾き始めました、この様な場所ですが今晩はお泊りになって下さい。」

柳泉は静かに頭を下げると、そう申し出てきた。正直に言って泊まると更に面倒事に巻き込まれる気がするんだよな…そんな思いが顔に出て居たのだろうか。

「捕まっていた方々の身の振り方も考えねばならぬでしょう。」

柳泉は続けてそう言った。

「確かに仰る通りですな。では、今晩一晩ご厄介になります。」

確かにその通りなので俺もここは無駄な抵抗はせずに誘いを受ける事にした。


「では、やる事をやってしまいましょう。」

「そう致しましょう。」

二人でそう言い合うと。皆で後片付けに入る。

 まずは何はなくとも身包みを剥ぐ。村人が憎しみも隠さずさっき手を合わせていたのは何だったのだと言う手荒な扱いで賊の遺体から具足も着物も褌も全て剥ぎ取って行く。そして残った遺体は手足を持たれて村の奥に運ばれて行った。

「宗太郎よ。子供達を隠れ場所から呼び戻しに行っておくれ。」

柳泉が先程の宗太郎にそう声を掛ける。宗太郎はこちらを物言いたげに暫く見つめた後、村の奥に向かって走って行った。


「あの…俺達も何か手伝った方がいいだろうか?」

そこに、おずおずと聞いて来たのは捕まっていた中の一人で、一番最初に駆け寄った俺に向かって声を上げた男だった。

「すまん、忘れておった。これまで無理をして来たのだろう?無理せず荷物を降ろして、暫し休んでくれ。」

「そ、そうか。じゃあ、有難く休ませてもらう。」

俺がそう言うと、五人はほっとした様子で荷を降ろすと崩れる様に座り込んだ。

「その変わりと言っては何だが見張りをしていてくれ。次が来るとは思えんが念のためだ。」

「分かった。坂の下を見ていれば良いのか?」

「あぁ、それで構わない。何か気になったら一人寄越してくれれば良い。」


 そう言い置くと我等三人と柳泉の四人で賊の遺体を手足を持って他の村人の後に続く。こう言う時は大体どこも戸板に乗せて運ぶのだがな。そんな事を思いながら柱だけの入り口を通り、暫く進むとその理由が分かった。そこに現れた家々は有体に言えば竪穴住居だったのだ。

 歴史の教科書や歴史資料館で見た様な円錐形の物ではなく、寄棟造の小さな茅葺屋根だけ地面に直接置いて入り口を開けただけ、と言えば伝わるだろうか。諸国を巡った中でも最低の生活環境と言って差し支えない部類だろう。戸板に乗せないのではなく、乗せる戸板すらない有様なのだ。

 俺の視線に気付いたのか、

「以前は粗末ながらも床も壁もある家が建っていたのですが…」

 その言葉を聞きながら辺りを観察すると、家々が並ぶ道の右手の小高い部分には焼け落ちた大きめの建物の跡。それから前方の別の高まりにはこちらは壁のある多少しっかりした建物が見える。お堂だろうか。

「焼け落ちているのが件の領主の館。その左奥の建物が林光寺にございます。館と家々は一昨年に賊に襲われた時に焼かれてしまいまして…その時に村の中核を為していた者達を多く失いました。それ以来、生活を立て直す事も儘ならず…」

柳泉がそう教えてくれる。

「成程。ひょっとして先程の宗太郎の父御と言うのも?」

「えぇ、本来は彼の父親がこの村の民の纏め役だったのです。その他にも多くの戦える者達を失いました…」

成程、あの視線は父の背を見ているのかもしれない…


 程なく寺の境内を通り(境内と言っても山門や土塀で区切られている訳ではなく、中腹の平地に大き目のお堂がポツンと建っているだけだが。)裏手の墓地に着く。この時代はある程度の立場の人間でなければお墓は作られない。共同埋葬地の空いている場所に穴を掘って埋められるだけだ。先に来た者が鋤を使って穴を掘っている。鋤の数が足りぬ様なので我等は穴が掘られるのを待つしかない。

「そう言えば、こちらは何と言う村でございますか?」

手持ち無沙汰でそう聞けば、

「飯が豊かな村で飯富村いいとみむらと申します。」

柳泉がそう答えた。

「詐欺じゃねぇか!!」

祥猛が思わずといった様子でそう叫ぶ。正直俺もそう思う。飯が豊富に取れる村になる様に願って付けられたのだろうか。完全に名前負けである。

「仰る通りですな…ご先祖様が希望を籠めて付けた名前もこれでは浮かばれませんな。」

柳泉も寂しそうにそう答える。

「あ、いや…つい、申し訳ない…」

祥猛も気まずそうにそう謝罪する。その後、気まずい雰囲気のまま穴が掘られるのを待つ。その時、埋葬地の奥の草むらがガサガサと音を立てる。獣か?先程の連中の残りがこんな方向から現れるとは考え難いが…槍も弓も置いてきてしまっている。腰の刀に手をやりながら様子を伺っていると、

「あれ?皆どうした?」

猟師であろう。肩に弓と狸を担ぎ斜面から降りてきた男が驚いた様子でそう声を上げた。

「弥彦か。村の猟師です。心配ございません。」

柳泉がそう我等に告げると、

「また賊よ…」

吐き捨てる様に弥彦と呼ばれた猟師に伝えた。

「なんだって!?こんな遅い時期になっても奴等やって来たのか!?それで、誰がやられたんだ!?」

目を剥いて叫ぶ様に聞く弥彦に対し、

「此度はこちらのお三方がお力をお貸し下さった故、誰も失わずに済んだ。」

そう答えた柳泉の言葉で我等の存在に気が付いた弥彦は、

「そ、そうか。どこの誰だか知らんが世話になった!」

駆け寄って来てそう頭を下げた。

「なに、こちらが勝手にお節介を焼いただけの事。お気になさるな。」

そんなやり取りをしている内に埋葬は済んでいた。埋められた場所には八つの丸く盛り上がった土の山。それが討ち取った賊の墓標だった。そしてその墓標も時と共に崩れ場所も分からなくなって行く。


 埋葬を終え、弥彦を加えた面々で寺のお堂を目指す。全部で十八人。これがこの村の大人全員だそうだ。これに宗太郎が迎えに行った子供が数人加わって村の人間が揃うとの事。人数とは単純に力である。この人数で現状を脱する事はかなり困難であろうと言わざるを得ないな…

 そんな事を考えているとすぐにお堂に着く。そこには宗太郎を始め数人の子供が待っていた。宗太郎と同じ年頃の年嵩の少女は赤子を抱いている。

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