3・逆転する立場

 最早、猶予は無いだろう。残り一丁(約109m)程の距離を全力で詰める。

「二人は、大将を狙え!わかっているだろうが、」

「馬は狙うなだろ?分かってるよ!」

俺の指示を遮ってそう言い返して来る祥猛。それもそうか、今までもなんどもやったやり取りだ。後は気付かれずにどれだけ接近出来るかだ。


 口を噤んで三人真っ直ぐに駆ける。残り二十間を切った程度で二人は足を止めて槍を置き、膝を付いて矢を番える。

 俺は二人の射線を遮らない様に左の斜面ギリギリを矢を番えながら突撃する。真っ先に敵に切り込んで行くのは性格的に祥猛が向いていそうだが、我等三人の中では専ら俺の役割だ。なぜ大将格の俺が先陣を切るのかって?それは俺の弓の腕前が二人に比べて圧倒的にへっぽこだからだ…あくまでも二人に比べてだ…一般的な武士と同程度の腕はあるはずだ。あると思いたい…


 ともかく狙いも適当に賊の人数の多い場所目掛けて矢を早撃ちする。その後を追う様に狙い澄ました二本の矢が賊の頭目掛けて空を切り裂いて行く。すぐに俺の放った矢が賊の周囲に飛び込む。それに反応した数人がこちらを振り返ったその瞬間、その数人の一人だった馬上の頭の胸に一本、左目に一本の矢が突き刺さる。それを見ながら弓を投げ捨て背負った槍を手に取る。その間に馬上の頭は上体が傾き、馬から滑り落ちて行く。

「お、お頭が!!」

「な、なんだ!?」

 状況を理解した者、しない者、残りの者はそれぞれに声を上げて混乱に陥る。村の入り口では丸太等を積み上げた簡易的な防柵越しに賊との攻防が行われている。元は門があったのだろうか、両端に太い柱が建っている。

 しかし、どちらの装備も貧弱だ。特に村の方は大半が木の棒、辛うじて錆びた槍が一本と言う有様だ。但し、狭隘な崖沿いの道では人が三人並ぶのがやっとであり、そのお陰でどうにか村側は持ち堪えていると言った塩梅だろう。


 残りの七人は防柵越しに戦闘をしている者五人と頭の前で状況を眺めていた者二人。その二人は状況を理解してこちらに向けて槍を構えるが完全に及び腰だ。俺は槍から離した右手を上げて軽く振る。すると直ぐに矢が二本、二人目掛けて放たれる。

「うわっ!」「ぎゃあ!!」

右の男は射られると察知した様で、顔を覆うように防御の姿勢を取り、矢は腹当に刺さった為に傷は負っていなそうだが体勢は崩れている。左の男は腿に矢が突き刺さって悲鳴を上げた。右から。瞬時にそう決めると右の男の喉元を狙って突きを繰り出す。力を抜いて繰り出すと直ぐに肉を穿つ感触が両手に届く。この四年ですっかり慣れてしまった感触だ。槍を引き戻しながら左の男が慌てて繰り出そうとする槍を一歩右にずれてかわすともう一突き。首から血を噴き出しながら二人の男が倒れて行く。たった今まで奪う者だった者が一瞬で奪われる者に転落した瞬間だ。


 残るは五人。村の入り口から見て奥の二人(つまり俺から見て手前の二人)はこちらの状況に気が付いているが前の三人の隙間から槍を突き出している関係からすぐには方向転換出来ない。しかも迂闊に振り返れば村側から背中を突かれかねない。敵の背後を取る事の重要性が良く分かる。ここで俺は、

「助太刀致す!!」

そう、声を張り上げてから残りの五人に襲い掛かる。自分の立ち位置を明確にしておかないと村側からも襲われかねないからだ。助けに来たのに敵と間違われては本末転倒である。後は後ろから槍を突き出すだけだ…卑怯な様だが、敵が体制を整えるのを待つのは愚か者だろう。


 二人が駆け寄って来る頃には前の三人も片付いた。倒れた賊と粗末な防柵の向こうからは無言で不信と不安が混ざった視線が送られて来る。それはそうだろう、突然どこの誰とも分からぬ武装した者が現れたのだ。新手の賊かと疑われても仕方がない。

「我等は旅の者だ。遠濱へ向かっている途中で難儀している様子だったのでお節介を焼かせて貰った。村に入れて歓待せよだの、礼をしろだのと言うつもりは無いので安心されよ。」

そう声を掛けてみるが様子に変わりは無い。

「兄者、どうする?」

追い付いてきた祥猛がその様子を見てちょっと困った様子でそう言う。ふむ、相当に余所者への警戒が強そうだ。まぁ、襲撃された直後に気の抜けた遣り取りが出来る方ががどうかしているのだが、一言も返って来ないというのはなかなかだ。

「あー…指揮を執られているのはどなたであろうか?」

そう問いかけても答えは無い。

「分け前の話がしたいのだが。賊から何も分捕らない事はないであろう?取り分の話がしたい。いや、一切要らぬと言うなら全部我等が貰って行くが。」

そう言うと、少し困惑した様子で顔を見合わせ始める。さすがに全部持って行かれるのはと思ったのだろう。

「拙僧が憚りながらこの村の纏め役をしております。」

そんな彼らの後ろからそう答えながら出て来たのは四十前後の痩せたと言うよりはやつれたと表現した方が正しそうな僧侶だった。と言っても防柵があるのでそれ越しであるが。

「これは、こちらはどちらかのお寺の社領でしたか。」

「いえ、我等の村を治めておった領主は五年も前に逃げ出してしまっておりまして…」

「…は?」

ナニイッテンノ?

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