2・奪う者、奪われる者
砦にて心尽くしの饗しを受けた翌朝。日の出と共に関を潜り彌尖国に入る。なるべく距離を稼ぎたい我等は背後の山に朝日が遮られ薄暗い返坂を一気に下っていく。
暫く人が通っていないと言う事もあり、道の左右から草が伸び歩ける幅こそ狭いものの、そこは古よりの主要街道たる北敷道。長年に渡り踏み固められた地面は、短い下草こそ生えているものの歩く事に不自由はしなかった。
峠から一刻程下ると右手に細い急流が現れる。その名も早瀬川とは良く言ったものでその名に恥じぬ急流である。幅はまだ三尺(約90cm)程しかないが川の水は既にごうごうとそれなりの大きさの音を立てて我等の横をすごい勢いで追い越して行く。川の向こう岸はこちら程下っておらず、徐々に高さに違いが出来て行く。
更に一刻程下り、昼も近くなってくると正面から左手に向かって早瀬盆地が広がっていくのが見え始める。そして、左手から細い谷筋が合流して来た。
「ここっぽいけど!」
先を進む祥猛が声を上げる。
「あぁ、これは無理だな。」
追い付いて谷を見上げると鬱蒼として先が見通せない。昨日砦で才田殿から聞いた海沿いへの早道の入口が恐らくここだと思うのだが、とても歩ける様には見えない。いくつかの新しい足跡も見られるのだがどこまで通れるか不安になる佇まいだ。
「これは、藪漕ぎが必要になりそうですね…」
後ろから追い付いて来た祥智もそう言う。
「逆に賊には絶対に出会わなそうだけどな。」
祥猛が少し戯けてそう言うと。
「枝に引っ掛けて米俵に穴が空いても知らないぞ。」
祥智が呆れた様にそう返した。
「本道を行くか。」
俺がそう言うと、
「そうしましょう。」「そうだな。」
二人も賛成したのでこのまま早瀬盆地の中央を通る北敷道の本道を進む事にする。
少し、蒼風を休ませてから再び坂を下る。昼を過ぎる位には盆地の入口が見通せる場所まで達した。早瀬川は幅を一間(約1.8m)近くまで広げ、尚も勢い良く流れ下って行く。その向こうはすっかりと高い崖となっており、その高さは二十間を優に超えるだろう。と、そこに、
「兄者!」
先を行く祥猛が立ち止まって声を上げる。急ぎ駆け寄ると、向かう先から喚声や悲鳴が聞こえて来る。二人で目を合わせるとすぐに蒼風の背から弓と矢籠、それから鉢金を取る。
そして、後ろから祥智が駆けてくるのを確認する。これまでの旅路で何度もあった事だ、こちらの動きから凡その状況は把握しているだろうと判断し、鉢金を被ると蒼風を残して二人で弓矢を肩に掛け、槍を担いで駆け出す(因みに、具足は移動の際は常に身に着けている。勿論、腹巻と篭手、脚絆程度の軽装だが)。
何も戦に首を突っ込みたい訳では無いが、状況が分からなければ対応の決め様がない。そしてそれは、早ければ早い程自分達の安全に繋がるのだと言う事を我々は身を以って何度も経験して来た。そして、それに寄って救える命が有る事も。
声は右手の崖の上から聞こえて来る。崖に沿って九十九折に登っていく急な坂の上で戦闘が起こっている様だ。それとほぼ同時に、視界が開けた道の先に荷物を満載した馬と、縄で繋がれた数人の人の姿が目に入る。
「賊っぽいな!」
祥猛が確信した様子でそう声を上げる。間違いないだろう。上でも下でも旗は揚がっていないし、何より人を捕らえている。この国が荒れているのは権力者同士の争いのせいではなく、むしろ支配が行き届いていない為だと聞いたし、内輪での戦では人を捕らえる事は基本的に無いと考えて良い。不要な禍根を残すからだ。
「見張りは居なそうだが、この崖を登るのは中々難儀だな。」
そう愚痴を零しつつ後ろを確認する。
「蒼風を隠しておけ!」
俺の声を聞いて後から続いていた祥智にそう伝えると、祥智は速度を落として蒼風を曳いて左手の林に入って行く。
乱世を旅する中で賊に襲われる村や人に出くわす事は少なくない。そんな中で我等は出来る限り人を救おうと努めてきた。たとえ自己満足であろうとも、折角の武者修行の成果を役に立てようと考えたからだ。勿論、その分賊の命を奪う事になるし、彼等も好きで悪事を働いている者ばかりではないのも理解はしているのだが…
とはいえ、必ず勝てるなんて訳もなく。時には算を乱して逃げ散る事もあった。そんな時、馬を見える所に置いておくとそのまま奪われてしまうのは当然の事である。事実、一度荷物ごと、蒼風を奪われた事もあるのだ。幸い、その後取り返す事に成功はしたのだが(当然、賊は討ち取って)。それ以来、面倒事に首を突っ込む前には蒼風を隠す様にしたのだ。そして、逃げた場合は隠した場所が再集結の場所ともなる。
我等の足音に気が付いた者がこちらを振り返る。全部で六人。一様に怯えた様子だ。縄に繋がれ、背には俵等の荷物を背負わされて地面にへたりこんでいる。
「…な、なんだお前等!?」
その中の一人が搾り出す様に声を上げる。こんな状況でまともに話が出来るのは中々肝の据わった男の様だ。
「我等は旅の者だ。お主等は賊に捕らわれているので間違いないか?それとも人買いか?」
「ぞ、賊に捕まってる…」
「見張りは居ないのか?奴等は全部で何人だ?」
俺は矢継ぎ早に尋ねていく。
「み、見張りは居ねぇ。皆、村を襲いに登っていった。俺達はもう走って逃げる力も残ってねぇからな…」
諦観の表情でそう零す男。
「人数は!?何人居るのだ。」
肝心の情報が出て来なかったので少し強い口調で尋ね直す。
「あ、あぁ…人数か…えーっと…どうだったかな…七、八人か?十はいないんじゃないかな…」
曖昧だが十人程度と見て良さそうだ。
「は、八人です!!」
そこに、意を決した様子で女が言う。
「よし、馬に乗った奴はいるか?」
なるべく怖がらせない様に聞く。
「ひ、一人。頭が馬に乗ってます!」
「よしよし、かたじけない。」
そこへ祥智も追いついて来る。
「騎馬が一、徒が七だ。いつものやり方で行くぞ!」
そう言い置くと坂を駆け上る。まぁ、駆け上がると言っても二十間にもなろうかという高低差を一気に上る坂道である。そうそう全力では駆け上がれないのだが。
崖沿いにへばり付く様に拓かれた道は三度の九十九折りを経て崖上へ続いていた。三つ目の九十九折りを折り返せば正面に村の入り口を挟んで戦闘が起こっている。障害物を積み上げた集落の入り口でなんとか食い止めている様だが、突破されるのも時間の問題と言った状況に見える。
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