38・先送り
三田寺から戻ると板屋領の統治、分配についての話になる。城の広間で皆が集まる。
「我等は土地を貰う程の働きをしておらんのでな。」
早々に切り出したのは頼泰の大叔父だ。
「いや、忠泰があの早さで城まで事を報せねば此度の勝ちは無かった。それに入谷を落としたのも半分は上之郷の手柄だろう。」
父がそう返す。
「確かに入谷の敵はほとんどが忠泰殿が引き受けた様なものですから。」
永由叔父もそう続ける。
「とは言え、板屋を四つに分けるのは困難であろう。我等は場所も一番遠い故な。」
「では、なにか別の物を考えねばな。叔父上、何か希望はありますかな?」
「そうさな、儂もそろそろ家督を譲ろうと思っておる。祝いに忠泰に何か頂ければ。」
「父上!」
「騒ぐでない。大分前から考えておったがつい長居してしまっただけだ。大体殿はお前の歳にはとっくに家督を継いでおったのだぞ。」
「そ、それは…」
「めでたい事ではないか。狭邑もそろそろ譲らねばと考えておった所だ。永治殿も逝ってしもうたしな。」
行賢大叔父が
「全部の家が一度に代替わりするのは流石にどうかと思いますが…」
行昌叔父がちょっと不安そうに言う。
「いや、叔父上達が元気な内にというのが正解だろう。儂も突然の家督相続で苦労した。永由も同じだろう。あの時も叔父上が居ってくれて助かったものよ。上之郷も狭邑も今度の正月で代替わり。それでどうだ?」
「良いのではないかな。」「某もそれで宜しいかと。」
「「はぁ…」」
世代間で真っ二つの反応に別れたが山之井の世代交代が一気に進むようだ。
「大叔父上。すまぬが、隠居しても城代の方は引き続きお願いしますぞ。」
「そうだな。そちらは引き受けましょうか。いきなり上之郷の領主と城代の両方は厳しかろうしな。」
俺の頼みに大叔父はそう答えた。
「さて、そうなると忠泰への祝いだな。何が良いか。」
父が思案顔でそう言う。
「嫁でしょう。」
すかさず俺がそう言うと。
「「あぁ…」」
皆が納得した。
「あぁ、ではないわ!!大体、嫁は永由殿だって同じではないか!!」
そうだった、既に嫡男の蔵丸が六歳になっている狭邑に比べ他の二家はまだ嫁が居ないのだ。
「夕もそろそろ決めませんと…」
永由叔父がちょっとおっかなびっくり言い出す。夕叔母も十六かこの時代だとそろそろヤバい年頃か。
「取り合えず、三田寺の義父上に相談してみるか…しかし昨日、この若鷹丸がやってしまったからなぁ…三田寺の家臣筋はどうであろうか…」
父が遠い目をしながら言う。
「あぁ…」
な、なんか、凄いブーメランが返って来たんですけど…今まで山之井の各家に嫁に来るのは領内の別家からか三田寺の家臣筋の娘が多かった様だ。過去には板屋からもそれなりに来ていた様だが、ここ数代はない。
「オホン…それなら真野の親父殿や喜田殿に話をしては如何です?寄り子同士、結束が固まるのも悪くないのでは?」
一方で他の寄り子から嫁が来る事は少ない。全て三田寺の向こうに位置すると言う事も関係しているのだろうな。
「それは悪くないな。まず義父上にその線で相談してみるか。」
父も悪くないと思ったのか前向きな様子だ。
「入谷を領するようになった事で白沢とも領地を接する事になりましたぞ。挨拶も兼ねてそちらに声を掛けても良いのでは?」
これは行徳大叔父だ。
「確かに、どちらにせよ挨拶には誰か出さねばならんな。」
父も同意する。
「白沢と縁が出来ると小高の戦へ巻き込まれたりはしませんか?」
白沢は小高の寄り子で山之井川を挟んで三田寺の対岸に位置している。ちょっと心配になったので聞いてみる。
「それは大丈夫だろう。寄り親が代わる訳ではないのだ。」
「そうですか、それなら良いのですが。」
それであれば小高方面と繋がりが出来、行く行くは奥津の港と船で直接なんて事も考えられるかもしれない。
「では、二人の嫁と忠泰の褒美は何か考えておく。」
そう父が纏めると場の空気がふっと緩んだ。
…いやいやいや!!
「父上!何を解散の様な雰囲気を出しておるのです!?領地の事はまだ何も決まっておりませぬぞ!!」
「そ、そうであった…」
皆がちょっと恥ずかしそうに居住まいを正す。
「さて、上之郷を考慮せぬと三家でとなるが。山之井と狭邑は飛び地になるな。」
「そうですね。落合の民と板屋の民の感情も気になります。永由叔父上、何か問題は起きているか?」
父の言葉に俺が言葉を繋ぐ。
「今の所は何も。それ所ではないというのが現状やもしれませんが。」
永由叔父の答えに、それもそうだと思う。問題が出るのはもっと時間が経ってからだろう。
「何か案はあるか?」
父の問いに、
「飛び地を考えるならば、狭邑には板屋に移って貰って板屋と入谷の西半分を。大迫には入谷の東半分を。そして我等は狭邑郷をとすれば綺麗に収まりはします。守谷城の帰属の問題も解決しますし。ただ、狭邑の皆も土地には愛着があろうし難しいところですな。それに板屋領は民の慰撫で暫く実入りも減りましょうし。そこの手当ても必要になりますな。」
俺がそう答えると、行賢の大叔父が悩ましそうに、
「確かに狭邑の土地を離れるというのは中々決断し難いものがありますな…」
行賢大叔父を始め、狭邑の面々の表情は微妙だ。
「そうでなければ、板屋領は全て山之井で引き受け、両家には下之郷を半分ずつということも考えられなくはないですが…」
俺の次の提案には、
「下之郷か…」
案の定、父が渋い顔をした。確かに下之郷は経済的にも山之井の中核を為しているし、山之井の象徴の一つである下山之井稲荷神社もある。これを手放すのは苦しいだろう。
「やはり、飛び地かのぅ…」
「そうですなぁ…」
中々妙案と言うのは出ないものだ。
「まぁ、今年は税を下げて皆に必要な分を配り直す事に決まっているのですから今度の春までにゆっくり考えても良いのではありませんか?それまで板屋には代官を置くのも良いでしょうし。」
忠泰叔父が態の良い先送りを提案して来る。
「そうだな…ちと考える時間も必要よな。」
「そうですな、我が家も持ち帰ってちと検討してみましょうか。」
だが、この先送りは案外好評の様だ。それもそうだ、我等の立場で土地が増える等、一生に一度どころの騒ぎではないのだ。少なくとも数代遡ってもその様な記録は無い程の大事なのだから。
「そういえば、孝政。年貢の減免の計算はどうなっている?」
話題に上がったので
「はぁ、まだ完全ではありませんが大凡三分で宜しいかと。」
「それは収穫量を例年の何分と想定した場合だ?」
「八分です。」
頭の中で計算する。
「ふむ、七分でも民には例年並みの米が残るな。八分で税が三分だと年貢米の量は例年の大凡半分か。」
「左様ですな。半分あれば多少売りに出す分も確保出来るでしょう。」
孝政はそれなりに余裕を持った計算をしたな。それでも三分なら不満は出ないと思いたい。
「落合も例年の七分は確保出来そうか?」
「そうですな。旱魃やら冷害ではありませんからその位は大丈夫でしょう。」
落合で大丈夫なら他もまぁ大丈夫だろう。板屋の状況は光潤に一度確認した方が良いな。
「代官を置くなら誰にするか決めておかねばなりませんな。」
行賢の大叔父が言う。
「それから守谷城の城代も決めた方が良いのではないかと?」
俺も続けて言う。
「城代は孝泰、昌泰、永隆の三人に月替わりで勤めて貰おう。代官は孝政か行徳になるか。」
皆が不安そうな不満そうな顔で孝政を見た後、俺を見る。
「良いのではないか?無体をすれば光潤が訴えて来るだろう。それに春までには領地の割り振りを決めねばならんだからそれまでの仕事だ。それより父の側仕えをしながら代官の仕事を兼ねるのはかなり激務だと思うのだが…」
俺は俺で不安の眼差しを父に向ける。正直、孝政が来る前はどうやって当家の差配は為されていたのか不思議な位、孝政は仕事をしている。むしろ適当でもなんとかなって来た程田舎という事かもしれないが…
「そうか、城の事が疎かになるといかんな…行徳に頼もう。」
「なんなら頑張って油を絞る量を増やしますが?」
「若様!?」
孝政の悲鳴と皆の笑い声でその日は散会になった。
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