37・褒美
田代に行った父が戻って来たのは三日後の事だった。どうも領地の安堵で一悶着あった様で、決して機嫌が良いとは言えなかった。それでも最終的に板屋を領地として認められた事については一安心と言った様子であった。板屋光潤はそのまま山之井の預かりと言う事になった。このまま旧板屋領の統治に協力させる事になるだろう。
「お前にも褒美を貰った。これだ。」
皆に板屋領が安堵された事を伝えた場で、そう言って父は紺に染め上げた絹に金糸で竹の模様が描かれた豪奢な刀袋を差し出した。確か守護代の三原家の家紋も竹だったな。中から出てきたのは揃いの拵で作られた刀と脇差。黒漆で仕上げられた鞘にはこちらも金の蒔絵で竹が描かれている。これはあれだな。褒美用にこんな感じの拵えの刀を沢山用意してあるんだなきっと。そしてこれ見よがしに家紋に使われる竹を描いている辺り、忠誠を誓ってもっと働けよと言いたいのだろう。御免蒙る。
刀は二尺三寸程の長さか。刀としては長めだな。その分、反りが強いような気がする。呼吸を止めて鯉口を切る。懐紙?田舎じゃ一々そんな無駄な贅沢しませんよっと、刀身をゆっくり引き抜く。身幅も広く、平肉の付いた刀身が現れた。
「三代前の
「三代前と言う事は元は太刀ですか?反りも強いですし。磨上げて長さを詰めたんですかね?」
「いや、太刀から打刀への移り変わりの時期の作でな。三代前はそう言う作が多いらしい。そう言った作風の物は数が少ないのでな、中々人気もあるのだ。」
父が珍しく熱く語る。領地の事についてもそれくらい熱く語って欲しいものだ…あ、これが誰もが散々子供の頃に言われる「勉強もそのくらい」ってやつだ!!妙に納得した所で、
「しかし、大小一揃えとは守護代様も吝嗇だな。金銀位くれても良かろうに…」
思わず俺がそう漏らすと。
「お前、三田寺に行ってからそんな事は決して言ってくれるなよ!?」
父が泡を喰った様に言う。
「言いませんよ。しかし、こんな立派な拵えでは戦にも持って行けませんから、飾って置く位しか役に立たぬではないですか。」
そう返すと。
「だから飾って置くのよ。」
やはり飾って置くのか…中の分厚い刀身が泣いてるな…
「お前…売るなよ?」
恐る恐ると言った様子で忠泰叔父がそう言ってくる。そうかいざと言う時の財産と思っておけば良いか。結婚指輪の様な物だな。
「おい、若鷹丸…何を考えておる?」
父も叔父の言葉を受け胡乱な目で俺を見る。
「大丈夫です。その時はバレない様にやります。拵えを変えて京辺りで売り捌けば足は付きますまい。」
そう言い放つ俺に一同力なく首を振るのであった。
翌日、父と轡を並べて三田寺に向かう。供として、爺が亡くなった事で大迫の後を継ぐ事になった永由叔父と孝泰叔父が同行する。俺が馬を曳いて貰う必要が無くなったので二人も馬だ。永由叔父は当主として対外的には初めての仕事になるし、何より爺を失った経緯について思うところもあるだろう表情が硬い。
「褒美の刀は差して来なかったのか?」
孝泰叔父がそう聞くので、
「これ見よがしにあんな物を差して行ったら板屋の親子の様ではないか。俺はいつもの脇差で十分だ。」
「ハハハ、確かにあの二人ならやりそうだな。」
そんな話をしながら三田寺の領内を進む。見る限り、領内の田は例年と違わず良く実っている様に見える。
「やぁ、稲の様子はどうだい?」
道の近くで田の手入れをしていた民に聞いてみる。
「へぇ、まぁ、お陰さんでまずまずと言った所で。」
そう答える表情に暗さは見られない。
「そうか、それは何より。邪魔してすまなかった。」
そう言うと再び馬を進める。あの感じからは三田寺は今年の収穫に大きな問題は無さそうだ。今年は水の問題だけで温度は問題無さそうだから、三田寺と似たような地形に位置する真野も恐らく大丈夫だろう。鴇田や喜田は山之井同様山間の土地だからこちらも大丈夫なはず。取り合えず三田寺衆はこの秋は乗り越えられるだろう。
昼過ぎには三田寺城に着く。門番からして視線に敵意を感じるんだが大丈夫か?
「おぉ、若鷹丸。来たか。」
玄関を入った所で、真野家の当主、敏幸殿に行き会う。
「あぁ、真野の親父殿。正月以来ですね。」
正月を中心に年に一、二度会うこの竹を割った様な性格の御仁はなぜだか俺の事を痛く気に入ってくれている。俺も親しみを込めて親父殿等と呼んでいる。
「見事な初陣だったそうではないか。」
俺の肩の後ろをバンバンと叩きながらそう言う敏幸殿に、
「しかし、色々とやらかしまして。今日も門を潜る所から首が寒い事…」
冗談めかしてそう言うと、表情を改めた敏幸殿は、
「うん、話は聞いた。だが、その状況で士気を落とさぬには止むを得ない判断であったとも言える。言われる様な事をしたのは事実なのだ。」
そう言った。
「しかし、面子を潰してしまったのも事実でしょう。父からも口の達者なお前なら何か他の言い方があったのではないかと言われておりますし。」
「まぁなぁ…しかし、戦場でそんな余裕が有る奴が居るかね。」
そんな事を話しながら控えの間に入る。そこには既に喜田の当主も来て居た。大体いつもこの到着順だ。石野や鴇田は少し遠いからな。
「やはり、腹を立てているのは家臣連中ですか?」
俺が小声でそう聞く。
「そうだな。政道は仕方ないと思っている様だし、典道の奴はむしろ自分の不甲斐無さの方に気が行っているらしい。やはり問題は家臣の方だろうな。」
折角小声で聞いたのを台無しにする大声で敏幸殿が答えてくれた。ふむ、御爺の話と一致するな。では、やらねばならぬか。
暫くの後、石野や鴇田の面々も到着して広間に通された。かなり空気が重い。それはそうだろう、なんだか山之井だけ大幅に土地を増やして勝ち戦の様な感じがするが、全体的に見れば負け戦なのだ。そもそも我らが得た領地は味方の土地だったのだから、三田寺衆全体で見れば人は多く失って、得る物は無かったのだ。
「此度の戦は皆ご苦労であった。在陣も長く負担も大きかったと思う。礼を言う。」
「「はっ!」」
「しかし、板屋の裏切りは痛恨であった…気が付けなかった儂の手落ちよ。」
鎮痛そうにそう言う御爺に対して、
「何を仰います殿!あれはあの板屋の不届き者が悪いのです。殿の落ち度等ではございませぬ。若鷹丸殿もそう思いませぬか!?」
例の典道叔父の傳役がそう捲し立てると俺に同意を求めてきた。名前なんだっけな…また忘れちゃったよ。
「俺もそう思いますな。あれは身の丈を超えた奢侈に溺れた板屋の自業自得でしょう。それに付け込んだ実野の手管は見事とは思いますが、寄り子が身を持ち崩した責任まで寄り親のせいにされては堪りますまい。」
俺が御爺をそう擁護すると、三田寺の家臣を中心に驚いた様な意外そうな表情が広がった。ここぞとばかりに三田寺批判をするとでも思っていたか?御爺と視線を合わせてから言う。
「俺が又も三田寺は頼り無しと言うとでも思ったのか?」
「い、いや、別に…」
途端に威勢を失くす何某。
「良い機会だからはっきり言っておくが俺は典道叔父上の器量に対して疑念は持っておらん。」
「な、ではあの時のあれは何だったのだ!?」
俺の答えに激高する何某を無視して話を続ける。
「確かに典道叔父上は戦に向いた方では無い。」
はっきり告げる俺に唇を噛んで下を向く叔父。
「だが、人柄も良く、周りの話をしっかりと聞き落ち着いた判断の出来る叔父上に為政者として何の不足があろうか?俺が頼り無しと言うのはお前達家臣共の事よ!何故誰も戦は自分に任せろと言わぬ。お前はなぜあの場で叔父上に踏み止まって嫡男の器量を示せと言わぬ!俺が頼り無しと思うのはそこよ。お前等の親父達はもっと頼り甲斐があったぞ!!」
一気に捲し立てる。場はしんと静まり返った。
「勝政。」
御爺が静かにそう呼び掛ける。
「はっ…」
「それは儂も常々思っておった事だ。儂に義典が居った様に、典道にも側で力強く支えてくれる者が居て欲しいとな。倅に戦の実績が無いと思うなら、側で支えて共に実績を作って欲しい。儂は皆にそう望んでいる。」
御爺は静かにそう言った。場は先程とは違った静けさに包まれた。
その後、その重い空気のまま論功行賞に移る。まぁ、本隊は睨み合いに終始したので実質父と俺だ。
「若鷹丸、何か欲しい物はあるか?」
御爺がそう聞いてくる。ん?どう言う事だ?
「何、お前に何をやったら良いか迷ってな。一番喜ぶのは銭だろうが爺としては孫の初陣の褒美に何か形に残る物をやりたくてな。」
そう優しく言ってくれた。
「じゃあ刀だ。」
「お主、三原様より立派な刀を頂いたであろう。まだ欲しいのか!?」
御爺が予想外と言った様子で聞き返して来る。
「あんな豪華な物を戦に持って行けるか。俺が欲しいのは戦場で己の身を守ってくれる業物よ。」
「ふむ、何本欲しいのだ。」
俺の答えにそう聞いてくる。
「三本あると有り難い。」
「そうかそうか。任せておけ。」
予想した通りの答えだったのか笑いながら御爺はそう了承した。
論功行賞を終え、宴の準備を待つ間、控えの間で敏幸殿が話し掛けて来る。
「しかし坊主。あそこまで啖呵を切るとは流石に肝が冷えたぞ。」
流石にちょっと小声だ。
「まぁ、今の家臣達は少し頼り無いとは前々から御爺は零していたのですがね。今度の事で白日の下に晒されてしまったので御爺と文で相談しまして。」
「「は?」」
周りで聞き耳を立てて居た者達の声まで見事にハモる。そう、さっきのあれは常聖寺の和尚の伝で三田寺の寺の和尚に仲介して貰い、遣り取りした文に基づいているのだ。
「じゃあ何か!?あれは全部仕込みだったってのか!?」
折角小声で始まった内緒話は敏幸殿の絶叫で台無しになった。
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