閑話・夏を取り戻せ!
兄上が元気になって何日か過ぎた。あれから急にお城は忙しくなって、皆が来て難しい話をしたり、今日は建物を壊して運んだりしている。だから、今年は大好きな川遊びに連れて行って貰えていない…
「梅。」
玄関で外を眺めていたら兄上が帰って来た。遥太郎も一緒だ。
「あ、よーたろう!!」
兄上が抱っこしていた遥太郎を降ろす。
「梅、遥太郎と遊んでいておくれ。良いか、今日は大人が皆居らんから城から抜け出さないでくれよ。」
兄上がそんな事を言う。
「う゛ー…」
そんなのつまらない…折角梅雨も終わって沢山お外で遊べるはずだったのに…
「困っても助けてやれんから頼むぞ。遥太郎に怪我をさせるな。」
「…はぁい。」
確かにあたしより小さい遥太郎が怪我をしたらかわいそうだ…でも…
そんなあたしを置いて兄上はさっさと板を背負って行ってしまった。
「あ〜ぁ、つまんないな…かわであそびたいのに…」
「かわ!?」
あたしの言葉を聞いて遥太郎の顔がパッと明るくなる。夏に川に連れて行って貰えるのは三歳からだから遥太郎はまだ行ったことがない。
「でも、いくさのせいでおてつだいだからことしはダメなんだって…」
「えぇ…」
遥太郎の顔が途端にションボリする。あたしが川がどれだけ楽しいか春からずっと聞かせていたから遥太郎も楽しみにしていたんだ。
「よーたろうもやっぱりかわであそびたいよね!?」
「うん!!」
そうだ、川で遊びたいのはあたしだけじゃない。きっと他の子供達だってそう思ってるはずだ!!あたしがなんとかしなきゃ。だってあたしは姫様だもの!!
うーん…でも、どうしたら川で遊べるかな…
「あにうえは、おおきなこどもたちがいないとダメだって。だれかてつだってくれるひといないかな?」
あたしがそう呟くと、
「くらまるにぃ!!」
遥太郎がそう言った。
「そっか、くらまるならてつだってくれるかもしれないね!!」
蔵丸は狭邑のお家の子供だ。七歳で去年も紅葉丸達と川で小さい子の面倒を見ていた。川以外でもお正月とかに良く遊んでくれる。でも狭邑は遠い。滝を見に連れて行って貰ったけど、遥太郎のお家のお稲荷さんよりもっと遠い。どうしたら来てくれるかな…兄上が次に帰って来たら聞いてみようかな。
「ひとりじゃダメよね。ほかにもいないかな?」
「う〜ん…」
退屈なのでお城の中を歩きながら考える。あ、
「そうだ、あさちゃんがいる♪」
上之郷の朝ちゃんは猟師のお家の子供だ。兄上が赤ちゃんの頃から可愛がっていたらしい。そのせいかあたしにも優しくしてくれる。きっと朝ちゃんなら手伝ってくれるはず。
門の所を通りかかると一人で腰掛けて居るのは利助だ。利助は兄上と仲良しの兵だ。この間の戦で怪我をしちゃったんだって。
「おや、姫様。今日は外に出てはなりませんぞ。」
「うん、あにうえにもいわれた。りすけもおるすばん?」
「そうですな。怪我のせいで力仕事は出来ませんからここで門番ですな。」
「けがいたい?なおる?」
遥太郎が心配そうに利助に聞いている。
「ハハハ、痛いがその内治るだろう。なんだ、心配してくれるのか。」
そう笑って利助は遥太郎の頭を撫でている。そうだ、
「りすけはかわであそぶのてつだってくれる?」
「川?落合の夏の水練場の事ですかな?」
「うん。」
「某はこれでもお役目の最中ですからなぁ…」
駄目だった…大人が付いて来てくれれば上手く行くと思ったんだけど…他の大人にも聞いてみようかな。
やっぱり、他の大人も駄目だった。と言うより人が全然居ない。怪我をして寝ている兵には頼めないから残りはお台所の大人位しか居なかった。お台所のお米には「そんな事をしたらお食事を作る者が居なくなってしまいますよ。」と言われた。それは困る…遥太郎と二人でガッカリしていると、
「梅。」
母上に呼ばれた。なんだか怒ってる?
「ちょっといらっしゃい。」
そう言われた。やっぱり怒ってる…
お部屋に帰ると、
「城の者に川に連れて行けと無理を言っている様ですね。」
そう言われた。
「ち、ちがう!」
あたしは手伝ってくれる大人を探してただけ、
「違いません!山之井中皆が大変な時なのです。どうしてそう我侭を言うのです!!」
「で、でも…」
あたしは皆が楽しみにしてるって思ったから。
「でもではありません、聞き分けなさい!!」
思ってる事がちゃんと言えない。あたしは我侭なんて言ってない…悲しくて悔しくて涙が出て来る。
「ふぇー…」
隣で遥太郎がポロポロと泣き出した。遥太郎は何も悪い事してないのに。どんどん涙が溢れて来る…
「…う゛ゎーん!」
我慢出来なくなってあたしも泣いてしまった。
「母上、紅葉丸です。」
その時廊下から少し慌てた様な紅葉丸の声がした。
「はぁ…お入りなさい。」
母上がそう言うと、障子が開いて紅葉丸が入って来た。
「どうされました?大きな声を出されて。」
「あれ、遥太郎も泣いているのか?」
後ろからは兄上と父上も覗き込んでいた。
「あにうえぇ…」
あたしは思わず兄上の脚にしがみつく。
「梅!兄上に甘えるのはお止しなさい!!」
また、母上に叱られた。
「まぁまぁ。母上、そう怒鳴らずに。一体何があったのです?」
兄上があたしの頭を撫でながら母上にそう聞く。
「梅が城中の者に川に連れて行けとせがんで回ったのです…」
ちょっと答え辛そうに母上が言う。でも、そうじゃない!!
「ちがうのぉ…」
「違いません!!」
また、途中で叱られた…また涙が溢れて来た。
「母上、そう途中で叱らずに。梅も何か言いたい事があるようですし。それに遥太郎は何で泣いているんです?」
「それは、その…自分も怒られたと思ったのか、驚いたのか…」
母上がばつが悪そうにそう言った。
「そうか。遥太郎、おいで。」
兄上に呼ばれて遥太郎がやって来る。
「吃驚したな。お前が怒られたのではないのだから泣かずとも良いのだぞ?」
遥太郎を抱き上げて兄上がそう言う。
「かわぁ…」
メソメソと泣きながら遥太郎がそう言った。
「川?川に行きたいのは遥太郎なのか?」
遥太郎がコクリと頷く。
「ち、ちがうよ!!そうじゃないの!!えっと…」
慌ててそう言う。このままじゃ遥太郎が我侭言った事になっちゃう!でも、上手く続きが話せない…
「ふむ、慌てなくて良いからゆっくり順番に言ってごらん?」
兄上があたしの前にしゃがんでそう言ってくれる。
「う、うん…あにうえがすぐいっちゃって、つまんないからあたしが「かわにいきたいな」っていったら…よーたろうもいきたいって…」
「それで城の者に連れて行って貰おうと思ったのか?」
そうじゃない、ちょっと違うんだ…
「えっと…そうじゃなくて…」
「うん。」
「だれかてつだってくれるひとがいないかなって…そしたら、よーたろうがくらまるっていうから…あたしもあさちゃんもいるなっておもって…もんにいったらりすけがいたの。」
「それからどうしたんだ?」
「おとながてつだってくれたらっておもって…」
「それで皆に聞いて回ったのか。」
「うん…」
でも駄目だった…
「だって…みんなだってかわであそびたいとおもって…みんなうれしいかなって…だってあたしはひめさまなんだもん!!」
泣きながらそう言った。
「そうかそうか、姫様だからか。」
兄上が遥太郎と反対側に抱っこしてそう言ってくれる。
「母上、梅は梅なりに一応考え有っての事のようですから…」
「まぁ…自分が遊びたいついでの様な気もしますが…」
母上がちょっと不満そうな声で言う。
「まぁ、半分位はそうでしょうが。それでも遥太郎やその他の子供の事を考えた事も事実でしょう。」
兄上がなんか酷い事を言った気がする…
「父上、なんとかしてやっても良いですか?」
兄上が父上にそう聞いてくれる。
「しかしなぁ…今は子供の手も借りたい時故なぁ…」
父上が渋い声で言う。
「そうですね…しかし、領内の幼子は皆きっと二人の様な顔をしていましょう。これでは大人の士気も上がりますまい。取り敢えず八歳より上の子には我慢して貰って、それより下の子達だけではどうです?」
「それでは面倒を見る子供も少し幼いだろう。危ないぞ?」
「えぇ、ですから今年は縄の範囲を本当に浅い場所だけにしましょう。それから幼い子供達の面倒を見ている爺婆にも手を借りましょう。河原に莚か何かで即席の屋根を付けて、日陰で様子を見て貰うのはどうです?」
「この暑い中、年寄りを駆り出すのか?」
「まぁ、毎日は無理かもしれませんが、そこは梅だって聞き分けるでしょう。な?」
兄上がそう聞いてくる。
「…うん。」
残念だけどあたしだってちゃんと我慢出来るもん。
「では、明日皆に話して参りましょう。」
「兄上、それは俺が行きましょう。兄上は砦の方を…」
兄上の話に紅葉丸がそう言った。兄上は少し驚いた様子で、
「む、そうか?では頼むか。では俺は、霧丸と松吉を連れて縄を張って屋根を付けるか。」
それから嬉しそうに紅葉丸にそう言った。
その次の次の日、とっても良いお天気の日に最初の川遊びにやって来た。
「「きゃ〜♪」」
皆とっても楽しそうだ。
「うめしゃま〜♪」
遥太郎も初めて来た川でとっても嬉しそうにしている。頑張って良かったなぁ…全部兄上達にやって貰ったけど…横に居る紅葉丸を見上げる。今日は最初だから上手く行くか確認に来てる。
「もみじまる…のあにうえ?ありがとう。」
紅葉丸は吃驚した顔をした後、
「アハハハハ、どう致しまして。」
嬉しそうに笑いながらあたしの頭を撫でてくれた。
楽しい夏がちょっとだけ帰って来た!!
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