35・山之井の今後参

 城に領内の兵達が集まっている。全部で三十人程だろうか。力仕事の出来ない重傷者を除いて皆集まっている。これでは各城、館は門番すら立てられない状況だろう。皆で二の郭の兵舎を解体する。大工の平次が指示を出す。隣の建物では源爺も指示を出している。引退した源爺だが領地の一大事に一時復帰して貰った。解体された建材が地面に積みあがって行く。元々、そう大きな建物ではない兵舎は昼前にはすっかりバラバラになった。次は皆で建材を担いで運ぶ。長くて重い柱や梁はなるべく多くの人数を配置する。ギリギリの人数で運ぶより、結果としてその方が仕事量は増えるのだ。何せ一回で運びきれる量ではないからだ。一往復でヘバられては困る。

「父上。」

「なんだ?」

作業を眺めている父に声を掛ける。

「何をしているのです。父上も働いて下さい。」

「む?」

「む?ではありません。叔父上達どころか大叔父上達まで手伝っているではありませんか。」

背負子に板を積んだ俺に言われて慌てた様に、

「そ、そうか、孝政も呼ぶか。」

「孝政は今必死に人口の計算をしております。暇にしているのは父上だけです。」

「そ、そうか。背負子はまだあるか?」

「…父上は柱に回って下さい。」

息子に叱られてトボトボと叔父達が運ぶ柱に向かう父。その様子を見た紅葉丸が、

「兄上は最近父上に厳しくありませんか?」

そう聞いてきた。勿論、紅葉丸の背中にも板が乗っている。

「父上は領主としての自覚が足りん。もっとしっかりして貰わねば。」

門を潜りながらそう話す。俺たち二人だけだ。霧丸と松吉も太助も家に帰している。田畑の手入れに人が要るからだ。山之井の領民には自分達の田畑だけでなく落合と板屋の手伝いにも回って貰う様に頼んだので人手はいくらあっても足りないのだ。


 次々と大きな建材を運ぶ連中を追い越して砦へ向かう。板を下ろしたらすぐさま取って返して次の板を運ぶのだ。途中稲荷社に寄り遥太郎を借りて城へ向かう。暇を持て余した梅の相手をして貰うのだ。

「あ、遥太郎!!」

「梅、遥太郎と遊んでいておくれ。良いか、今日は大人が皆居らんから城から抜け出さないでくれよ。」

「う゛ー…」

「困っても助けてやれんから頼むぞ。遥太郎に怪我をさせるな。」

「…はぁい。」

不承不承が服を着た様な梅を残し再び砦を目指す。

 砦に着くとちょうど父と叔父達が柱を運び終え休んでいる所だった。

「父上。」

「な、なんだ?」

また、叱られると思ったのか身構えた父が答える。

「兵舎と門を建てたら山狩りをしませんか?」

「む、山狩りか?しかし、そんな余裕があるか?」

「むしろ余裕が無いからこそかもしれません。出来が悪い所に獣の被害で更に収穫が減る等と言う事態は避けた方が良いのではないかと…」

「確かにそれはそうかもしれませんな。それになんだかんだ皆は山狩りを楽しみにしておりますからな。」

頼泰大叔父も乗り気な様子でそう言ってくれる。

「こんな時だから楽しみがあっても良いのではと。それに肉は滋養に富むと言います。怪我人にも良いかもしれません。」

「良いですな。民にも革の儲けを充てにしている者もおりましょうし。」

行賢大叔父もそう言う。この二人は山狩りが行われる集落を治めている。口で言うより切実に必要性を感じているのかもしれない。

「そうだな。そうするか。今日の様に兵を皆集めてやれば獲物も多く獲れるかもしれんしな。」

 その後、板を運んで二往復した。兵達にも山狩りの話が伝わったのか、建材を運ぶ皆の足取りが少し軽やかになった様に感じたのは気のせいだろうか。


===小嶋孝政===

「では、此度の事には実野家が裏で意図を引いていたと言う事だな?」

正面に座った三田寺の殿が我等にそう問い返される。若い頃より慣れ親しんだ位置関係だ。左右に控える家臣達は思わぬ内容に口々に周りの者と囁きあっている。

「実際に当主本人が動いたかどうかは確証がございませんが、実野家の中の何者かが画策したと言う事に間違いはないかと。」

名代の頼泰殿がそう答えられる。

「…他の家の話は出ただろうか?」

殿の質問にざわめきが一層大きくなる。それはそうだ、今の質問は他に裏切り者は居るのかと聞いたのだから。

「さて、板屋の者からはその様な話が出たとは聞いておりませぬが。さりとてそれで無いと断言出来るかは…」

頼泰殿が歯切れ悪くそう答える。正直こちらに聞かれても、そんな気分だろう。

「そうよな…孝政、お主はどう思う。」

殿が某に聞かれる。暫く振りの事だがすっと落ち着く感じがする。

「声が掛かるとすれば不満の有る家、又は経済的に状況が芳しくない家でしょうか…」

答え辛いが可能性を提示する。

「領地に関しては今年の水不足も我等は大した影響を受けていないだろう。それに炭の流通を広めた事でどこも以前に比べれば状況は良くなっているはずだ。」

そう、若様が炭の流通の手法を三田寺の寄り子に無条件で広めたお陰で、山之井同様に山間だが川が細く材木の運搬が出来なかった喜田家や鴇田家の領地でも炭焼きが広まって収入が増えている。炭が運ばれる三田寺や真野の民も助かっているはずだ。経済的に問題がある家は余り考え辛い。

「となれば不満か…戦続きだからのぉ…」

確かにここ数年戦は続いている。だが、

「戦の原因は実野側にある、それは誰もが理解しておるでしょう。そこで実野に寝返った所でそれが解決しないのは誰にでも分かりそうなものですが…」

「そうよな。むしろ疑う事こそ不満を高めるか。案外、それが狙いかもしれんな。」

殿は思案した様な表情でそう締め括られた。


「それと…」

頼泰殿が言い辛そうに切り出す。

「うん?」

殿が先を促す。

「我等は人を多く喪いました。それに横手に対して備える為に新たな砦へ入れる守兵も増やさねばなりませぬ。」

「うん、それはそうだ。」

左右に並ぶ者達には顔を顰める者も居る。人が死んだのを三田寺のせいだと言われたと感じたか。

「それ故、暫くは領外へ兵を送る余裕が無いかと…むしろ敵が二手に分かれる事を考えると後詰を頂きたい程でして…」

「なんと、兵を出さぬばかりか後詰を寄越せと申すのか!?板屋の兵を使えば良いだろう!!」

家臣の一人が激高した様に言う。寺島殿か、若殿の傳役だ。当然此度の負け戦にも同行して若様に怒鳴られた一人だ。

「止さぬか、山之井の言っている事は道理だ。己の後ろめたさで相手の言う事を邪推するでない!」

殿が厳しく諌められる。

「頼泰殿、すまぬな。してどの位かかりそうなのだ。」

殿が一言詫びてから、そう聞かれる。

「は、山之井だけなら五年、板屋を含めれば八年程は…」

「むぅ…」

殿の表情が流石に厳しくなる。それはそうだ。山之井勢はある意味三田寺勢の中核でもあるのだ。

「それは一体誰が計算されたのですかな?算術の神童と評判の若様ですかな?」

再び寺島殿がそう言う。他にも口には出さぬが不満そうな様子も者も何人かいる。

「某が計算を致した。それを山之井の殿や若様にご説明して了承を頂いた。」

某がそう答えると皆の表情が驚きに染まる。殿も例外では無い。三田寺家中の不満をこれだけで沈めてしまった。

 彼の人はここまで読んで某にこの役目をやらせたのだろうか…だとすれば恐ろしい慧眼だ。彼の人が傑物である事は最早間違いの無い所だろう…敵対的な態度を示す某の様な人間すらも使ってみせる。 彼が正しく三田寺の殿の下で力を振るってくれれば。せめて由緒有る家柄の人間であったなら…心底そう思わざるを得ない。

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