34・山之井の今後弐
「さて。兎も角、北の谷の守りは早急に堅めねばならぬ。」
仕切り直す様に父が言う。
「しかし殿。急ごうにも材が足りませぬ。乾燥させていない材を使えば建物は長くは保ちませぬぞ。」
実際に現地で築城の指揮を執っている行昌叔父が言う。
「しかし、かと言って急がねばいかん事には違いないのじゃ。そこは目を瞑るしかあるまい。」
父親の行賢大叔父がそう言い返す。
「材なら有る。」
ボソりと言う。
「どこにじゃ?」
「隣に二つ要らなくなったのが有る。」
「「…」」
微妙な空気が漂う。
「それは、安堵のお墨付きを貰う前では些か問題がある様な…」
孝泰叔父が恐る恐ると言った様子で言う。
「まだ、山之井領でないなら我等には分捕りの権利があろう。」
「それは屁理屈…」
「分かっている。しかし、背に腹は代えられない…」
「「…」」
再び皆が黙り込む。
「良し、それで行こう。」
「殿!?」
父のその一言に驚きの声が上がる。
「若鷹丸の言う通りだ。背に腹は代えられん。だが、使うのは板屋の城にしておこう。」
「
父の言葉に頼泰大叔父が実も蓋も無い補足する。
「ちなみに父上は板屋が我等の物になったとして本拠はどうするおつもりですか?」
気になっていた事を聞いてみる。
「どういう意味だ?」
「有体に言えば、このまま此処に居を構えるのか、それとも入谷の館に移るのか、です。」
「入谷に移れと言うのか!?」
「いえ、もし入谷に移るおつもりならこの城をバラして材にするのも一つの手かと思ったので。」
「なるほど、しかしどちらにしても板屋の城の材で良いのではないか?」
「こちらの方が大分近いので運搬が楽でしょう。それに当面民は普請には使えませんぞ。」
「ふむ…そうか、そうだな。いま労役を課すのは負担が過ぎる…だが、引っ越す手間も考えれば大差無いのではないか?」
「まぁ、確かにそうかもしれません。取り合えず二の郭の兵舎の一部や櫓を移しますか?」
「その間、兵達はどこで寝るのだ?」
「稲荷社にでも泊めて貰いますか。砦にも近いですから朝夕の行き来が楽でしょう。板屋が安堵されれば、この屋敷も移してしまえば宜しいのでは?」
「それであの館をこっちに持って来るのか?」
「折角新しいのがあるのです、ありがたく使わせて貰いましょう。まぁ、三田寺に近い事を考えれば移っても良いでしょうが。」
「そうだな…そこは追々決めよう。よし、兵達で二の郭の建物を大至急砦に移す。悪いが皆の所の兵も全て回してくれ。」
「「はっ!」」
「良し、それでは続いて民についてだ。田畑の様子はどうなっている?」
父の発言で次の議題に移る。
「上之郷は戦での被害が少なかった事もあり、例年並みには確保出来そうかと。」
「落合は人手が全く足りませぬ…兵も足らぬ故、田畑の手伝いに出す訳にもいかず米の出来は余り期待出来ませぬ…」
忠泰叔父と永由叔父が続けて答える。落合は他の集落に比べて圧倒的に被害が大きかった。致し方ないだろう。
「狭邑は多少落ちるかもしれませんがそれなりにはと言った按配でしょうか。」
狭邑も行和叔父と共にそれなりの兵を失っている。
「中之郷と下之郷も狭邑と似たり寄ったりだ。怪我人が多い。」
これも仕方無い。彼等は父の指揮で最後まで戦っていた者達だ。父のお陰で最後まで崩れなかった為に死者こそ少ないが、その分怪我人が増えている印象だ。
「落合は税を軽くせざるを得ないか。」
「そう思います。それで失った者が戻る訳ではありませんがいくらかの慰めにもなりましょう。」
「ふむ…では、落合は年貢を減らすとして…」
「父上。」
「なんだ?」
「板屋はもっと深刻です…元々重税で民がかなり疲弊しておりました。そこへ来て今回の件で人手まで足りなくなりました。」
「そうか、そもそも板屋の税率はどんな具合だったのだ?」
「六分、年によっては七分の年も有ったとか…」
これは光潤から直接聞き出した事だから間違い無いだろう。
「七分では食えるか食えないかギリギリだろう。民が良く付いて来たものだ…」
「逆に言えばその辺りの塩梅を決める才は有ったのやもしれませぬ。」
苦笑と失笑がアチコチで漏れる。
「だからこそ戦には城の兵をなるべく多く連れて行きたかったのかもしれませんな。」
「確かに。味方に襲い掛かれと命じる相手が搾り取ってばかりいる民では不安が有ったのかもしれん。」
永由叔父の言葉に忠泰叔父が返す。
「そうか、板屋が安堵されたら板屋も年貢を減らさねばならぬな。」
「最悪免除も考えねばならぬかもしれません。」
「それ程酷いのか?」
「まだ、そこまでは分かりませんが覚悟はしておいて損は無いかと思いまして。」
「やれやれ…」
「それと、落合だけならまだしも。板屋も税が軽くなると聞けば領内から不満が出ましょう。奴等のせいで我等は損害を被ったのに、と。」
「しかし、それは板屋の領民のせいでは…」
永由叔父が苦し気に言う。
「理屈ではそうだ。だが、それを領民に飲み込めと言うのは酷だろう。」
「そうですな…」
「分かった、領内全体で税を軽くする事も考える。どの位が良いと思う?」
「一律とするよりは米の出来を見てから決めても良いのではないかと。各家で必要な米の量を合計して、それを領内全体で賄える様に計算して年貢を決めれば良いかと思いますが。」
「それだと売りに出す分の米は残らんと言う事になりますが?」
行徳大叔父が聞く。
「売りに出す分の年貢が取れるかどうかは米の出来次第だろうと思う。ただ、どの家も炭の売り上げもあって多少の貯えはあると思う。ここは我等も民も堪え所ではないだろうか。」
「確かに、仰る通りかもしれませんな。」
「その辺りの計算は孝政がやってくれるだろう。」
唐突に矛先を向けてみる。
「はっ、は?」
うん、良い豆鉄砲だ。
「それは秋までで良いが、急ぎで頼みたい事がある。」
居住まいを直して言う。
「は、はい、なんでしょう。」
「父上、これだけ人を喪っては戦に出るのは当分無理だと思いますがいかがでしょう?」
父にも矛先を向ける。
「む?そうさな…次同じ事が起きると領内が完全に立ち行かなくなるだろうな…」
「はい。しかも、砦に詰める分の人数が増えまする。それを三田寺に伝えねばならぬと思うのです。」
「確かに、向こう何年かは厳しかろうな…」
「そこで孝政には何年で守兵を増やした上で元の兵数召集出来る様になるのか計算して欲しい。可能ならば板屋込みと抜きの両方の場合で頼む。」
「わ、分かりました…」
「さて、では最後に分け前の話をするか。土地についてはどうしたものか…何か意見はあるか?」
「何せ土地が増える等という事は初めてですからのぉ…」
父と頼泰大叔父が言う。
「まぁ、取らぬ狸のなんとやらと言いますし、それはお墨付きを頂いてからでも宜しいのではありませんか?」
俺がそう言うと、
「まぁ、そうかもしれんが。板屋を三つ、ないし四つに分けるのは中々どうして大変だぞ。」
「そうですね…誰かに領地を移って貰わねばならぬかもしれませんね。」
「そうなぁ…」
「まぁ、取り敢えず表へ参りましょう。」
行賢大叔父がそう言うと皆で蔵の方へ行く。
「さて、若鷹丸。宗貞の馬、具足、槍はお前の物だ。横手の嫡男らしき男の物もな。」
「そんなに貰っても…」
「しかし、それがお前の権利だ。お前が遠慮すると他の者も言い辛くなるぞ。」
「しかし…」
「若、若!!」
目を輝かせて松吉が俺を呼ぶ。
「お前、いきなりこんな大将みたいな具足を着ける気か?敵が皆お前目掛けてやって来るぞ?」
「え゛っ!?」
「「ワハハ!」」
重苦しい話ばかりだった所に始めて心からの笑い声が響いた。
「では、馬と槍、それに刀は貰いましょう。宗貞の具足は爺の具足の代わりに大迫に、横手の具足は行和叔父の具足の代わりに狭邑に。代わりに分捕り品の中から霧丸と松吉に良さそうな具足を回してくれ。」
「しかし、若様は具足は良いのですか?」
永由叔父が遠慮気味に聞いて来る。
「うん、爺様の具足が殊の外具合が良い。俺はあれが良い。」
永吉叔父と行賢大叔父は顔を見合わせて、
「では、有難く。」
そう答えた。
「ところで父上。」
「なんだ?」
「この馬、なんと言う名でしたか?」
「ん?さて…なんだったか…彼奴が自慢していたのしか覚えておらんな…」
「やっぱり父上もですか…」
「お前が好きな名を付けろ。」
「そうしますか。」
結局、霧丸と松吉は程度の良い腹巻と鉢金を手に入れ(おそらく、板屋の弟達の持ち物であろう)、それに俺から霧丸には爺様の槍(実は俺の物になった事実は無い)、松吉には横手の嫡男の槍を渡した。
それから永由叔父は板屋が見栄を張って作った具足を着けると父より目立つと言う事に気が付いて頭を抱える事になるのだがそれはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます