33・山之井の今後壱

「変わらんな。」

「全然変わんねぇな。」

「同じですね。」

三人汗だくでそう話す。目の前には蕎麦の実が半分程詰まった俵が一つずつ置いてある。それぞれ畝有りと無しの物だが、結果はほぼ変わらないだった。まぁ場所的に水捌けが良さそうなので、そんな気はしていたんだが。半反で合わせて一俵、一反だと二俵、悪くない気がする。大体、山之井では米が一反で二俵と少し位と聞いた。それとほぼ同じだけ穫れるのなら悪くないはずだ。まぁ、蕎麦は殻が厚いから脱穀すると大分目減りするのだが…

「なぁ、蕎麦は一反で大体どの位穫れるんだ?」

俺の質問に、

「「…」」

「えぇ…」

思わずそんな声が漏れる。

「「だって!!」」

「息ピッタリだなお前等…」

「しょ、仕様がないだろ、蕎麦がどれ位穫れるかなんて気にした事ないんだよ!」

隣で霧丸までうんうんと頷いている。

「まぁ、いいや。今日はこれで解散だ。後は好きにしてくれ。」


 今日は城に皆が集まって、今後について話し合うのだ。ちょっと遅い気がするがどうも俺が呆けていたから延び延びになっていたらしい。それはそれでどうかと思うのだが、まぁ心配して貰ったと考えよう。そう思い直して城へ帰ろうと歩き出す。と、

「なんで付いて来るんだ?」

「知ってるぜ、今日は分捕り品の分配もするんだろ?」

「…誰から聞いた?」

なぜ議題の一つが漏れているのか…

「皆言ってますよ、逃げる時に槍を失くしたから分捕り品の槍が欲しいとか。」

前言撤回、領内全員が知っている模様…

「まぁ、そうだ。お前等にもなんか貰える様に…」

「いやいや、俺達は槍と具足を手に入れるんだ。」

「そうです。次は、置いていかれない様に。」

「えぇ…まだ…」

「早くしないと置いてくぞ若!!」

俺の言葉なんか聞く気無しとばかりに二人が走り出す。

「はぁ…」

何も好き好んで戦に出る身分に成らなくても良いのに…


 城の広間にいつもの面々が集まっている。しかし、二人減っただけで明らかに広間が広く感じられる。雰囲気も明るいものではない。

「皆、良く集まってくれた。此度の戦、皆の踏ん張りのお陰でなんとか食い止める事が出来た。改めて礼を言う。」

「「はっ!」」

父の言葉に皆が声を揃えて頭を下げる。

「永治と行和を初め、掛け替えの無い人物を何人も失った。この穴を埋めるのは容易では無い。しかも収める領地は増えるだろう。まぁ、これは守護代様に安堵頂かねばならんが、まぁ、間違いなくそうなるだろう。」

皆が深く頷く。と言うか、ならないと大問題だ。この時代、勝ち取った土地を安堵されないとなると誰も命令を聞かなくなりかねんからな。

「まず最初に入谷で捕らえた宗貞の近習から新たに何があったか聞き出す事が出来たので報せておく。」

「あの殴ろうが水に沈めようが何も喋らなかった二人が喋ったのですか!?一体どの様に?」

忠泰叔父が驚いた様に父に聞く。

「う、うん…まぁ、その、なんだ…」

気まずそうに父がこちらをチラっと見る。

「若鷹丸が吐かせたのか!?一体何をしたのだ!?」

視線に気付いた忠泰叔父が勇んだ様子で俺に聞く。そう、妹の前でこれ以上みっともない様子は見せられれんと空元気ではあるものの立ち直った俺が昨日真っ先にやったのが捕虜の尋問であった。宗貞の近習で内政方面を仕切っていた者を二人捕らえていたのだ。その二人を尋問した。勿論、梅が寝てからだ。

「…大した事はしていない。ちょっと脅しただけだ。」

「そんな訳があるか!!あれだけ痛め付けて何も喋らなかったんだぞ!」

噛み付かんばかりの叔父の顔を見て視線を落とす。

「殿!?」

俺の様子を見て攻める相手を父に切り替えた様だ。中々戦況を読む力があるな叔父上。

「あー…なんだ…あれは、儂もどうかと思うんだがなぁ…」

歯切れ悪く父が言う。実際俺のやり様を見て父はドン引きしていた。仕方無い、そんなに知りたいなら教えてやるか。

「潰した。」

「「は?」」

俺の端的な発言に皆の声が揃う。

「年嵩の方と年下の方が居っただろう?見たところ年嵩の方が喋らんから年下の方も喋らん様に見えたのでな。年嵩の奴の玉を潰してやったのよ。中々良い悲鳴を上げて泡を吹きおった。その後、年下の奴に次はお前だと言ってやったら聞かないことまで親切に教えてくれたぞ。」

場が完全に凍り付く。父は廊下から見える空を眺めているし、何人かは想像したのか脚をモゾモゾとさせ居心地悪そうにしている。

「…お前は鬼か?」

他の連中もちょっと非難の篭った視線を向けてきている気がする。おかしいな…非常に効果的だったと思うんだが…


「ゴホン…それに拠って分かった事がいくつかある。」

父がちょっと無理やり軌道修正を図りに掛かる。

「当然の事だが板屋には実野の連中からの誘いが掛かっておった。商人の姿をした者が宗貞と宗潤の下を度々訪れておったそうだ。」

誘いが掛かっていたのは当然だろう。あの裏切りはその場の勢いでやる事ではない。それに山之井同様、板屋を訪れる商人は与平だけのはずだ。それ以外の者と言うのは間者以外考えられない。

「それから、本来の計画では横手が北から山之井に攻めかかると同時に板屋が西から攻めかかる予定だったらしい。だが、道を造っている事が早々に露見したことで計画が変わったらしい。」

「それが横手での奇襲ですか。」

行昌叔父が聞く。

「そうだ。奴等の後ろからは実野の別働隊が後を追う手筈になっていたそうだ。それを併せて一気に山之井を攻め取る算段だった様だ。そして、山之井は丸ごと板屋の物に。そんな約定だったらしい。」

場の空気が一気に引き締まる。当然だろう、実野氏は守護代だ。別働隊と言えどもそれなりの規模になる。それに守護代家が絡んでいるとなれば暗躍していた間者もそちらの手の者の可能性が高いのだ。それは実野衆が山之井に本格的に目を付けていると言えなくもないのだ。

 そもそも本来、実野盆地を領する守護代実野氏と対するのは芳野盆地を領する守護代三原氏であるはずである。しかし、平地を有し、割りに裕福な三原氏は実野氏を下に見ている為か自身で実野家と対峙する事はしない。正直な話、三原側からすれば実野盆地は魅力が無いのである。しかし、突っかかってくる以上対応はせねばならぬ。したがって、三田寺、場合によっては宇津にも命じて戦を行っている。 現状、この争いを終わらせるには魅力の無い実野盆地を制圧する他には道はないのだが、それをすると守護様の不興を買うというなんとも八方塞りな状況でダラダラと対立が続いている。それが芳中国の現状なのだ。

「…それは間違い無いのですかな?」

頼泰大叔父が代表して聞く。

「事実として実野から後詰が出ていたかどうかは分からん。だが板屋がそれに乗ったのは確かだ。」

「横手が動いていた以上、ある程度真実だと思っておくのが良いのではないかと俺は思う。でなければ横手もあんな危ない橋は渡るまい。それ故、入谷の館はあれ程にまで油断して居たのではないかな。守護代からの後詰もあるから事は為ったも同然と…」

俺が父の意見を補強する。

「むぅ…」

皆が黙り込む。

「し、しかし、攻め取ったとして維持はどうするつもりだったのです!?若様が前々から仰っていた通り、横手を奪っても維持は容易ではありません。それは逆もまた然りでしょう?」

永隆叔父がそう言う。

「若鷹丸、どう思う。」

父が丸投げして来る。

「注目する点は山之井は丸々板屋にと言う点でしょう。まぁ、板屋に預けて万が一上手く行けば儲け物。上手く行かずとも三田寺勢を擦り減らせれば御の字。おまけに三田寺の嫡男の首を獲れれば言うこと無し。そんなところではないかと?」

「それだけの為にこんな大掛かりな事を?」

「典道叔父の首は中々の価値だと思うがな。それともう一つ…」

言いたくないな…俺が原因みたいなもんだからな…

「それは?」

「山之井には銭があります…実際にどの程度あるかは分からんでしょうが、我等が豊かになっているのは知れ渡っておりましょう。特に板屋はそれを隣で間近に見せ付けられていた…しかも、蔵に残った米の量から考えるに財政はかなり切羽詰っていた様です。それが今回の裏切りの原因の一端になったのは間違いないでしょう…」

「ふむ…なるほどな。しかし、それはお前が気に病む事ではあるまい。領地を豊かにして文句を言われては我等は何の為に居るのか分からんわ。」

「左様、治める者はそれは気にしてはならぬ。」

父に続いて大叔父もそう言ってくれる。


「それは三田寺へは報せたのですか?」

頼泰大叔父が聞く。

「うん、誰を行かせたものかとな…向こうもこちらも思う所があろう…若鷹丸がぶちかましてしまったしな…」

「「あぁ…」」

皆がなんとも言えない視線をこちらへ送る。

そんな目で見られても…だって…

「いや、あの場に居た者としてはあれは支持せざるを得ませんな。」

行賢大叔父がそう肩を持ってくれる。

「左様左様。むしろあれで士気が上がりましたな。もし、あれが無ければ民は狼狽え守り切れたかどうか怪しい所ですぞ。」

行徳大叔父もそう言い足してくれる。事実それを考慮して言ったのだが、しっかりと理解してくれていると分かると嬉しいものだ。

「分かって居る!責めているのではない。ただ、儂と違って口の達者なこやつなら他の言い様が出来たのではないかと思っただけよ。」

最後は誂う様に父はそう言った。

「父上、俺だって必死だったのです。そんな余裕は有りませぬ!」

「ハハハ、分かった分かった。」

そのやり取りで重くなる一方だった部屋の空気が少し軽くなった様に感じた。

「で、誰が良いかの。」

「大迫と狭邑の者は除くとして。角が立たぬのは頼泰の大叔父上か忠泰叔父上。それか孝政でしょうか。」

俺がそう言うと、

「そ、某ですか!?」

孝政が驚いた様に聞き返す。

「うん?お前は両家について詳しく、三田寺の御爺の信頼もある。適任だと思うが。それに向こうも、お前ならこちらに都合の良い話はしないと安心しよう?」

「そ、そうですかな…」

なんだか、行きたくなさそうだな。こいつ三田寺の家中では思った以上に嫌われているのか?

「なんなら、紅葉丸を名代にして実務は孝政に任せるという手もありますが…」

ちょっと思い付いたので言ってみる。

「紅葉丸は不味いだろう…」

すかさず父が渋い顔をして答える。

「…やっぱり不味いですかね?」

皆も頷いている。やっぱり駄目か…一番角が立たないかと思ったんだが。

「まぁ、叔父上と孝政に行って貰う事にしよう。」

「分かりました。」

「畏まりました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る