31・戦の終わりに弐

 搦手の門を内側から閉め守りを固め、昌泰叔父を入谷の状況を偵察に出す。そして城内では困ったことが起きていた。

「お願い致します!!どうか光潤様をお助け下さい!!」

「どうか、どうか!!お助け頂けないなら私達も一緒に!!」

「光潤様は入谷の殿様とは違っていつも私達民の事を考えて下さって!!」

城の者達が光潤の助命を次々に願い出ているのだ。大叔父の言う以上に領民には慕われていたのだ。ここで光潤に腹を切らせると城の者から領内に話が伝わって今後の統治に影響が出かねない。それを防ぐには皆殺しにするか見逃すかしかないのだが…そこで俺は考えるのを放棄した。光潤を谷に行かせることにした。父に丸投げする事にしたのだ。少しは悩んで貰おう。

「おい、飯を炊いてくれ。それでとりあえず光潤の事はこの場では保留としてやる。俺の立場じゃ助けてやれるとは言ってやれないからな!!」

「「は、はい!!」」

女達が慌てて厨に駆け込んで行く。我ながら酷い言い様だが、こちらも疲労で良い加減限界が近い。上之郷の衆に城の守りを任せ、門の下で座り込む。霧丸と松吉も同じ様に座り込んだ。二人も俺と同じだけ移動し、同じだけ戦っている。疲れて当然だ。全員言葉も無く座り込む。


「若様、起きて下さい。」

誰かに揺すられて目が覚める。ハッと目を開くと目の前に永隆叔父と昌泰叔父が居た。昨晩もこんなじゃなかったか?

「叔父上か。その様子では入谷も問題無しか?」

「はい、板屋宗潤討ち取りましてございます。」

「そうか、良くやってくれた。被害は?」

「怪我人が数名居りますが皆軽症です。」

「…そうか、それが何よりの報せだ。」

そこに女がやってきて、

「あ、あの…朝餉の支度が…」

「ここへ全員分運んでくれ。それと光潤殿に出かける準備をしろと伝えてくれ。」

「は、はい!」

「あ、それと運んできた者に毒味させるからな。変な物を入れたら食うのは自分達だぞ。」

「へ?い、入れてません!!」

ポカンとした後、大慌てでそう言いながら走って行った。

 すぐに飯が運ばれてくる。握り飯と味噌汁だ。昨晩もこんなじゃなかったか?

「飯だ!!」

松吉がそう叫んで飛び起きる。

「あぁ、飯だ。霧丸も起きろ。」

「ふぇぃ…」

なんとも言えない声がするが目は開かない。霧丸は放って置いて皆で掻き込む。そこへ着替えた光潤がやって来る。

「光潤殿、先に板屋庄の者を集めて状況の説明をしておいてくれ。俺達もすぐに行く。」

「畏まりました。」

悄然とした様子で光潤が城を出て坂を下って行く。朝餉を食い終わった俺達もすぐに手勢を纏めて後を追う。城がもぬけの殻になってしまうが仕方が無い。

 兵を連れて板屋の集落に下りる。そこには光潤とその後ろに不安そうにする領民が待っていた。最悪襲い掛かって来る事も考えられたがそう言った様子は見られない。光潤が上手く説明したのだろう。

「山之井の若鷹丸だ!今日から板屋庄は山之井領となる!!領民に無体な真似をするつもりはない!!落ち着いて普段通りの仕事に精を出して欲しい。」

そう宣言して領民の様子を伺う。半信半疑、いや、突然の事に理解が追い付いていないと言ったほうが正しそうだ。

「この集落の纏め役は誰だ!?」

続けてそう聞く。領民が顔を見合わせた後、一人の老年手前の男の方を見る。

「普段は私の息子が纏めて居りますが今は…」

戦に出ているのか。

「お前、名前は?」

「は、はい、徳太郎と申します!」

弾かれた様にそう名乗る。

「良し、徳太郎。これから我らと共に来い。光潤殿も同行される。北の谷ではお主達の家族が散り散りに逃げ散っている。俺達が打ち破ったからだ。彼等は山の中で困り果てているはずだ。なぜなら、逃げ道を我等山之井の兵が防いでいるからだ。お主は谷に行き、そんな彼等に声を掛けて連れ帰って欲しい。」

「連れて来たら何かお叱りが…」

怯えた様にそう聞いてくる。

「お主達の家族は命じられて戦に行った。違うか?」

「そ、その通りでございます!」

「では、罰せられる様な理由はあるまい。最初にも言った、山之井は民に無体な真似はせん!」

強い口調でそう伝える。

「は、はい!」


 領民が抵抗したりする様子は無さそうなので孝泰叔父に上之郷の兵を預け板屋城の守りを頼む。外から守ると言うより中から物を持ち出させないのが主目的になる。その後、俺達は入谷の集落へ向かう。集落で光潤と徳太郎に領民への説明を任せ、館に入る。

「若様。見事城を落とされたそうで。」

迎えに出てきた永由叔父がそう言う。

「違う違う、向こうは兵が一人も居らんかったのだ。一人もだ。居たのは数人の奥向きの女と城主くらいよ。それより永由叔父こそ見事に仇を討ったのだろう?」

「そうでしたか、こちらも門番くらいしか残していなかった様で…寝込みを襲っただけです。それでもこれで父の無念も少しは晴れた事でしょう。」

「しかし、板屋は一体何を考えて居たのだ…?」

誰も答えを持ち合わせてはいない。黙り込んでいても仕方無い。

「皆は飯を食ったのか?」

「は?あ、いえまだです。」

「それはいかん!すぐに飯を炊かせるんだ。兵達は夜通し戦って疲れ果てている。すぐに食わせてやってくれ。いや、そもそもこの館にそれだけの蓄えが残っているのか確認してくれ!」

「は、はい。おい、誰か、城の者に聞いて来い!」

兵が一人走って館に入って行く。恐ろしい事に入谷の館には連れてきた兵に飯を食わす程の兵糧が残っていなかった。増蔵達と篠山城の兵を残して直ちに領民を稲荷社の炊き出しに向かわせる。

「そうだ永由叔父、宗貞の息子はどうした?」

俺がそう聞くと、

「母が抵抗しました故、某が…」

叔父が目を逸らしながらそう言う。そうか…

「そうか…すまん、俺の代わりに手を汚してくれたのか…それに引き換え俺は民に泣き付かれて宗潤の弟を殺せなかった…」

余りの情けなさに目の前が暗くなる。

「抵抗していない相手を殺すのは中々出来んさ。気にする事はない。」

忠泰叔父がそう慰めてくれる。そうだ、泣いている暇はない。

「そうだな…永隆叔父上には増蔵達を預けるから、このままここを守って欲しい。」

「心得ました。」

「永由叔父上は篠山城へ兵を連れて戻ってくれ。」

「畏まりました。」

「忠泰叔父上は板屋光潤と集落の纏め役を連れて父上の所に向かってくれ。報告と逃げ散った板屋の領民を連れ戻して欲しい。連絡役に昌泰叔父上を連れて行ってくれ。」

「分かった。その代わりお前は一度城に戻って休め。いい加減限界だろう。良いな?」

忠泰叔父に厳しい口調でそう言われる。

「そう、そうだな…そうさせて貰えるか?」

そうして俺達三人は城へ向かって歩き出した。途中二人に家に帰るか聞いたが、どうせ家には誰も居ないと言われ三人で城に戻り休む事になった。

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