29・板屋庄の戦い参
※ 今回は幼児が殺害される内容を含みます。本作は現代の倫理観とは相容れないであろう(作者の考える)当時の倫理観をオブラートに包まず表現する方向で考えています。
自分は受け付けないとお感じの方はここでお読みになる事を止めることを強くお勧め致します。若干のネタバレになりますが、読んでからお嫌な気分になる方が出るかと思いましてこの場でお知らせ致しました。
事が決まれば後は早い。率いる者の入れ替えを済ませ一度山之井城に向かう。川沿いの畦道を走り四半刻程で城へ。城の門には源爺に代わって城に勤める事になった大工兼木工師の平次が詰めて居た。
「若様!?」
「すまん、開けてくれ。」
「す、すぐ開けますので!」
櫓から急ぎ降りた平次が慌てて門を開けてくれようとするがそもそも城の門は一人で開け閉め出来る物ではない。結局、大叔父と紅葉丸を叩き起こして開ける騒ぎとなった。
「兄上、お帰りなさい!」
「若鷹丸よ、如何したのだ?」
顔を紅潮させた紅葉丸が飛び出して来て、寝起きの大叔父が困惑した様子で聞いて来る。誰かが報せを出してくれているのか状況は把握している様子だ。俺は今回も見事に忘れた。
「篠山城の手勢が入谷の館を攻めるのに合わせて、尾根を越えて板屋の城を攻める。矢の補給に寄ったのだ。霧丸、松吉、矢のしまってある場所は分かるな?矢籠も含めて有るだけ持って来い。」
「分かりました!」「分かった!」
「あ、松明もだ!!」
「はーい!」
二人が蔵の方へ駆けていく。
「待て待て、そんな人数で城を攻めるのか!?」
「こちらは陽動だ、敵が合流せぬ様に引き付けるだけだ。」
「それに尾根を越えるとは、」
「大叔父、我等は落合の連中と時期を合わせねばならん。すまんが、説教は後だ。」
そう言うと、俺は兜の緒を解き始める。
「どうした?何故兜を脱ぐのだ?」
俺は兜を脱ぐと紅葉丸に渡す。続いて佩楯を外す。
「この暗さで尾根を越えるのだ。なるべく身軽になりたい。叔父上方も要らん物は外してしまえ。遅れたら置いて行くぞ。」
そう言いながら佩楯を紅葉丸に渡す。
「…袖も無くても良いか。」
まあ、良い外しちゃおう。む、
「紅葉丸、すまんが袖を外してくれ。」
「え?あ、は、はい。」
そう言うが紅葉丸の両手は兜と佩楯で一杯だ。それを一度受け取り、袖を外して貰う。
「すまん、助かった。」
「大叔父上、板屋城は確か親父の宗潤の弟が預かっていたな?」
「あ、あぁ、変わっていなければそのはずじゃ。」
「どの様な男だ?」
「うん、宗光と言ってな。坊主にでも産まれて来た方が良かったような男じゃな…今は出家して何と名乗っておったか…」
「戦に強い男ではないとみて良いか?」
「あぁ、それは間違いないな。荒事には向かん男よ。民からは兄より余程好かれておった。」
「そうか…」
殺すと拙いか?
「若様、持って来ました。」
悩んでいると、霧丸が矢籠に入った矢を、松吉が松明を抱えてやって来る。
「良し、矢籠は一人二つ、松明は一人一本持て。叔父上方、早く身軽にならぬと置いて行くぞ。」
俺はそう言いながら矢籠を背中に二つ背負う。
「あ、あぁ…」
ようやく兜を外し始めた叔父達を見て、
「待て待て待て!!若鷹丸、せめて鉢金は被って行かぬか!!」
まぁ、鉢金位なら良いか…
「まぁ、それ位なら…で、どこにあるのだ?」
「ん?蔵に無いか?兵なら知っているだろう?」
「残念だが城の兵は皆落合に置いてきていてな…」
「…」
「…良し、皆もう一働き頼むぞ!!」
「こらっ、待たぬか!!」
後ろで喚く大叔父を置いて駆け出す。後日見せられた鉢金は、俺が想像していた新撰組がしていた鉢巻に鉄板が縫い付けてある様な物ではなく。兜から付属品を全部取って前半分だけにした様なそれなりに重さの有る物だったので被って行かなくて良かったと思ったものだ。
搦手の門を開け山に入る。実は山之井城からは尾根に向かって坂道が整備されている。いや、いたと言うのが正しいだろう。何せ長らく使われる事も無く、草木が生え放題だからだ。門を出て暫く真っ直ぐ進んでから、左(南)に向かって上がって行き、途中から西に向きを戻して尾根に出る’くの字’形の道だ。おそらく、城が出来た当時に搦手からの脱出用に作られたのではないかと思う。道中に目ぼしい(食い)物が無いので俺達は普段使わないのだが、簡易的にだが整地された道は荒れ放題とはいえ斜面を登るより遥かに楽に早く登れる。
「若、親父はあれでも…」
走りながら孝泰叔父が遠慮がちに言い出す。
「分かっているさ。大叔父は何より俺の事を案じて下さっているのだ。ありがたいことだと思う。思うが今は本当に時が惜しいのだ。忠泰叔父が板屋勢に背中を突かれるなんてのは孝泰叔父も御免だろう?」
「そ、そうだな、分かって貰えているなら俺からは何も言わん。」
そこからは黙々と走る。普段の半分位の時間で尾根に辿り着く。
「それで若、板屋の城は?」
「この下だ。」
「…は?」
孝泰叔父がポカンと口を開ける。後ろの連中も何言ってんの?みたいな顔をしているが本当なのだ。このまま真っ直ぐ下ると板屋城の裏手の崖の上に出るのだ。俺も初めて忍び込んだ時は何かの冗談かと思った。
「但し、このままだと崖の真上に向かって下る事になるから少し場所をずらす。こっちだ。ここからは細心の注意を払え。」
そう言ってから下り斜面をゆっくりと下り始める。
===大迫永由===
大分西に傾いた月の下、川を渡し船で渡る。板屋との境にある渡し場ではなく落合の民が普段田畑に行く時に乗る船を使う。父の仇を討ちに行くのだ。若様が、父の首を取り返してくれた我が自慢の甥がその機会を与えてくれた。逃す訳には決していかない。作戦はこのまま尾根沿いを進み、まず大手に回りこんだ忠泰殿率いる別働隊が敵の注意を引く。その隙に搦手から某の率いる本体が一気に攻め込むこととした。忠泰殿は大手は牽制だからと言って、山之井城の兵は残さずこちらに回してくれた。言っている事もやっている事も若様と一緒だ。意識しての事ではないだろう。二人は昔から兄弟の様だったからそんな所も似たのだろう。そんな事を考えていると、
「永由殿。若鷹丸はああ言ったが、板屋の跡取りは我等で始末せねばならんと思う…」
「それは、勿論。某がこの手で!」
「そうではない…赤子の方だ…」
意気込んで言う某の言を遮る様に重く言われる。
「む…」
「若鷹丸は自分の所に連れて来いなどと言ったが、アイツにやらせる訳にはいかん。」
「そ、そうですな…若様は領内でも幼子を可愛がって居られる。その若様に赤子を殺せと言うのは酷でしょうな…」
いかんな、視野が狭くなっている…父の仇をと逸っているのだ。
「それも、ある。それもあるが、アイツは二人の首を取り戻した後ワンワン泣いたらしい…人目も憚らずだ…」
「それは…」
「普段の振舞いから我等はつい忘れがちだが、アイツは元服前で初陣なのだ。これ以上の負担は掛けられん。」
「確かに、忠泰殿の言う通りだ。なるべくこちらで片付ける。」
「うん、ただ永由殿はまずは宗潤だ。その代わり、門は確実に確保して欲しい。例え女子供でも一人も通すなと。」
「心得た。」
大きく息を吸い気を静める。
入谷館の裏手に身を潜める。潜めると言っても周囲は田畑しかない。門番の灯す明かりの照らす外側でジッと伏せて待つ他無いのだが。そろそろ空が白み始める頃合だ、明るくなっては敵に気付かれてしまう。つい気が急いて東の空を振り返ってばかり居る。
「兄上、少し落ち着いて下され…」
「分かっておる!」
弟の永隆に諭される。と、その時、
「「う゛わー!!」」
大手門の方からもの凄い喚声が上がる。搦手で物見に立っている兵も思わず振り向いている。
「今だ、放て!!」
某の掛け声に合わせて矢が放たれる。声も無く物見の兵が倒れる。すぐに篠山城の兵と山之井城の兵が梯子を持って門に取り付く。突然の事で破城槌等の攻城兵器は用意していない。梯子で乗り越えるしかない。敵兵の数が多いと兵に損害が出るだろう。
心配に反して、すぐに門が開き始める。
「それ、皆も手伝うのだ!!」
そう言うと門に向かって走り出す。後ろから皆も走って付いて来る。横を永隆が追い抜いて行き真っ先に門に取り付き押し始める。某も反対側の門に辿り着き押す。すぐに門は開き、館に雪崩込む。門を開けてくれたのは山之井の兵だった。篠山の兵は門内に居た敵兵と対峙している。しかし、敵は二人だけだ。物見が二人、下に二人、平時の警備の様な数だと思う。
「確か増蔵と言ったか?」
「へい。」
「五人程で門を固めて欲しい。誰一人外に出すな。逆らうなら手荒にしても構わん。」
「分かりました。」
そう頼むと厨の出入り口から館内に飛び込む。奥から恐る恐る奥向きの女達が顔を出している。我等を見ると慌てて部屋に飛び込んだ。以前来た時に中を案内して貰ったのがこんな所で役に立つとは思わなかった。広間の前を通り過ぎ、迷わず寝所に向かう。流石にどの部屋が誰の部屋かまでは分からない。一番手前の部屋の障子を蹴り飛ばし中を覗く。誰も居ない。寝具も敷かれていないから戦に行った弟の部屋かもしれん。永隆が隣の部屋の障子を同じ様に蹴り飛ばしている。その場でこちらを見る。外れか。その後、幾つか部屋を確認するがどれも無人だった。次の部屋を調べようとした時、障子が内側から吹き飛ばされてきた。咄嗟に障子から身を守ろうと腕で顔を覆った所に中から人が飛び出て来る。
「うがぁー!!」
奇声を上げながら飛び出して来たのは我等の仇、板屋宗潤だった。不意を突かれた某はそのまま槍でも突き出されれば避けられなかっただろう。しかし、宗潤はそのまま廊下を奥に向かって駆け出す。
「宗潤待て、父の仇!!」
そう怒鳴ると後を追う。しかし、廊下はすぐに行き止まりになる。
「な、なぜ、山之井が!?宗貞は?横手は?実野はどうしたのだ!?」
「お前の息子は若様が討ち取られた!!残るはお前だけだ!!」
そう言うと槍を突き出す。穂先が胸に突き刺さる。そこへもう一本。永隆だ。
「兄上、息子も探すんだろう?」
「あぁ、だが恐らくここだろう。」
そう言って目の前の一番奥の部屋の障子を蹴り飛ばす。予想通り中には赤子を抱いて震える女が居た。宗貞の奥方だろう。
「その赤子を渡して貰う。」
「こ、こんな年端もゆかぬ子まで…」
そう言って赤子をきつく抱きしめる。
「裏切るとは、負けるとはそういう事だ。諦めよ!!」
力尽くで赤子を奪い取る。
「やめてぇ!!」
手の中で泣き始めた赤子に槍を突き刺す。惨いがやらねばならぬ…
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