28・板屋庄の戦い弐

「若、若!起きてくれ若!!」

誰かに揺すられて目が覚める。ハッと目を開くと目の前に松吉が居た。爺が居た気がしたんだけどな…

「すまん、寝てたか?」

「あぁ、でも俺は落合に着いてすぐに引き返して来たから大した間じゃないさ。」

「そうか、どうだった?」

「それが…」

困った様子で後ろをチラリと見る。そこにはやはり少し困った様子の太助が立っている。

「太助!良かった、無事だったか!!」

「はい、酷く蚊に喰われた以外は何もなく…」

「それで、入谷の様子はどうだった!?」

「それが、何も…」

困惑し切った様相でそう言う太助。

「何も?何もとはどう言う事だ?」

そう問い返す俺の顔もきっと太助と似た様なものになっただろう。

「兵が詰めている様子は無くて…もちろん普段通りだと思う数の兵は門周りに居るんですけど、館の中に人が多いなんて事もないし、厨からの煙も一本だけで…それと門は閉まっていたんですが、それが守りを固めているのか夕方になったからなのかも分からなくて…」

うーん…どう言うんだ?確かに横手にはかなり無理して兵を出したはずだ。だが、城に詰めている兵が多くないとなれば挟撃もままならないはずだが…板屋城か?分からん…

「叔父上達はなんと?」

「最初は俺の報告も信じて貰えなくて…永隆様が俺が戻った後にもう一度見に行かれたんですけど…」

「やはり、太助の言う通りだったと。」

「はい…」

「分からん…とりあえず篠山城に移動するか…どちらにせよ板屋をどうにかせねば三田寺勢を帰す事も出来んの…三田寺?」

あれ?俺はそこで重大な事に気が付く。

「おい、松吉!?三田寺の連中はどうした!?なんで先に谷を下りた連中が居らんのだ!?」

大慌てでそう聞くと、非常に気まずそうに松吉が、

「それがその…あいつ等、俺達と戦わずに先に逃げて来たろ?それを聞いた母ちゃん達が怒っちゃったらしくて…」

そう答えた。

「そ、それでどうなったのだ…」

俺も驚きが隠しきれない…

「なんか、いつも威張ってるくせにいざと言う時は役に立たないのか、とか、親が子を見捨てて逃げて来るなんて恥を知れ、とかやったみたいで…」

「…そ、それで?」

「宮司様と和尚様が止めに入ったらしい…俺達が来た時にはもう終わってたから詳しくは分かんないけど…」

「宮司殿の所へ行こう…太助、すまんが増蔵達に篠山城に移動すると伝えてくれ。」

「分かりました。」

俺は松吉を連れて宮司の下へ行く。

「宮司殿、和尚!」

「若様、そんなに慌ててどうされました!?」

二人も目を丸くしている。

「三田寺の連中はどうなったのだ!?」

「あぁ…そうでした…彼等は社殿の中に居ります。女衆が散々罵るものですから彼等も刀を抜く者まで居た始末で、慌てて引き離して押し込めました…」

「まぁ、言われても仕方無い様ではあったがの…」

和尚が言わぬが花な発言を追加する…

「まぁ、無事なら良い。俺も今は顔を見せん方が良いだろう。適当に飯は食わせてやってくれ。」

「会わんで宜しいのですか?」

宮司が驚いた様に言う。

「俺の方も三田寺頼り無しとやってしまったからな。向こうも俺が来ては困るだろう。」

「なんと…」

和尚が頭をピシャリと叩きながら呆れ顔をする。

「まぁ、ともかく俺達は移動する。悪いが谷の連中への補給は継続で頼む。」

「はい。」


「若様、いつでも参れます。」

用意を終えた兵達を連れて増蔵がやってくる。

「皆すまんが、もう一踏ん張り頼む。」

「「おぉ!!」」

残った女達や子供達の声援を受けて境内を出る。兵達はどこか誇らし気だ。そうだろう、負け戦を引っくり返したのは自分達だと言う自負が彼らの自信に繋がっているのだ。しかし、俺はそうもいかない…布で包まれた爺の首を抱える。いかん、また涙が溢れて来る…祖母や叔父達に伝えねばならん…渡さねばならん…太助と松吉を交互に物見に出しながら落合へ向かう。


 静まり返った篠山城の門を潜る。本来なら歓声の中迎えられても良いのだが、俺が先に人をやって声を出させなかった。板屋に少しでも情報が伝わるのを抑えたかったからだ。門の中では永由叔父を筆頭に大迫家の皆が迎えてくれる。

「若鷹丸殿、良くご無事で戻られました。松吉から大手柄だったと聞きましたよ。」

「御婆様、すまぬ…」

笑顔で迎えてくれた祖母を見て、それ以上の言葉が出なくなる。下を向いて唇を噛むしかない俺を優しく抱き寄せてくれる祖母の腕の中で今度こそ涙が溢れるのを止める事は出来なかった。祖母も叔母も涙を流している。しかし、俺はいつまでも泣いてはいられない。

「御婆様、爺です。爺のお陰で父も敵を抑えきって退く事が出来ました。俺も後詰が間に合いました。爺が山之井を守ってくれました…」

そう言って爺の首を祖母に渡す。

「若鷹丸、この人を連れて帰って来てくれてありがとう…」

祖母はそう言って爺の首を抱きしめた。


「叔父上、状況を。」

「うむ、こちらに。」

館の中に案内しようとする叔父に対し、

「いや、櫓に上がろう。入谷を見たい。忠泰叔父も呼んでくれ。」

忠泰叔父に永隆叔父も加え四人で櫓に登る。

「永隆叔父上。太助から粗方聞いてはいるが叔父上が見た様子を聞きたい。」

「はい、とは言っても私からも兵の配置は平時のそれである事、城内に物資が引き出されている様な事は無い事、屋外に人影は無く音も静かなことくらいしか…」

「まぁ、考えられることは三つか…」

「三つもあるのか?」

俺の言葉に忠泰叔父が少し驚いた様に聞く。

「うん、一つは兵を隠しているが入念に隠している、もう一つは兵は板屋城の方に隠している。最後は…油断だな。」

「油断ですか…」

永由叔父が困った様な声を出す。

「俺もまさかとは思う。だが兵を隠す必要があるか?北の谷からの兵と挟撃すれば良いのだ。そもそも奴等は裏切ってどうしようと言うのか…山之井を手に入れてもすぐに三田寺から反撃の兵が来るのは目に見えている。しかも入谷は小高衆の領地とも接しているのだ。守護代様が命じればそちらからも兵が来るだろう。どうやって守るつもりだったのか…正直、俺は今回の事はどうもチグハグに感じる。そこまで考えていないと言うか、何かに唆されて勢いで起こしたかの様な…」

「板屋ならもしやと思わんでもないが…」

「確かに、そう思えてしまうのが困ったところですな…」

叔父達も否定しきれずに困惑している。

「とは言え、それに合わせてこちらも油断する訳には行かん。板屋城も抑えつつ入谷の館を陥とす。板屋の一族は滅ぼさねば気が済まぬ…」

拳を握り締めそう伝える。

「板屋を獲るのか?」

忠泰叔父がそう聞く。

「そうだ、永由叔父、永隆叔父、悔しかろうが民には手出し無用で願いたい。それから館も焼くな。板屋の一族以外は全て我等の物にする。」

「分かりました。」

永由叔父が答え、隣で永隆叔父も頷いた。

「宗貞には幼子の嫡男がいる。決して逃がすな。俺の所に連れて来い。それと奴には弟は何人居た?」

「二人居たはずです。」

「だが、二人とも兄と一緒に戦に出たぞ。」

「そうなのか?」

「あぁ、一緒に居るのを見た。」

ひょっとして首を掲げていた二人か?

「では、そちらは今はどうしようもないな。親父の方の兄弟はどうなっている?確か板屋の城は弟が詰めて居たな?」

「えぇ、生きている兄弟はその一人だけのはずです。」

「よし、板屋の方は俺が行く。俺の方は身軽な者が十人も居れば良い。城の兵も預ける、三人は入谷で爺の仇を討て。」

「待て、お前一人で板屋を抑えるつもりか!?それも、たった十人でだと!?」

「うん、定吉と勝吉は連れて来ているか?」

俺は忠泰叔父にそう聞く。出陣の時には見かけなかったので居るとしたらこちらのはずだ。

「あ、あぁ、連れて来ているが。」

「じゃあ、こっちに回してくれ。俺と霧丸と松吉、それに二人で五人か。もう少し欲しいな。山歩きに慣れていて、弓も達者な者だと良いのだが。」

「待て待て、お前まさか尾根を越えて行くつもりか!?」

慌ててた様子で叔父が聞く。

「そうだ、あの城は裏からの攻撃には弱そうだ。すぐ後ろが崖でな。そのまま攻め込む事は出来なかろうが火矢を射掛ける分には一方的に撃てるはずだ。」

「お前、尾根を越えたのか!?」

「当たり前だ。俺は調べられる物は何でも調べて置く性質たちだ。安心しろ霧丸と松吉が居ない時に行った。」

「安心出来るか!!」

「だが、実際役に立っただろう?」

「ぐぬぬ…それはそうだが…」

「まぁ、忠泰殿。今はその点は目を瞑りましょう。時が惜しい。」

「そ、そうだな…但し、孝泰と昌泰を連れて行け。」

「良いのか!?」

上之郷の弟二人は夏の山狩りで山にも弓にも慣れている。適任には違い無いのだが。

「板屋攻めは大迫が中心になるべきだ…上之郷は俺が一杯喰わされたが大きな損害は受けておらん…」

「分かった。有難く借りて行く。」

「城の兵を残してくれるなら上之郷の館の者も代わりに出そう。それで十人には届こう。」

「そうだな、適材適所だ。そうしよう。すぐに移動する。こっちは基本的に牽制しか出来ん。そっちは夜明け前に攻めかかる様にしてくれ。どう攻めるかは任せる。」

「分かりました。」

「攻め落とした後、損害が軽ければ板屋に回ってくれ。そうで無ければ守りを固めてくれ。では急ごう。」

「「はっ」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る