26・北の谷の戦い参
===山之井広泰===
隘路の入口で敵を食い止めていた所に転がるように駆けて来た孝政の口から、若鷹丸が残りの手勢を率いて出口に布陣した事を知らされた我等は、それまでの緩やかな後退から一転して全力での後退に転じた。虚を突かれたのか敵の追撃が遅れ、ほんの僅かながらも間を空ける事に成功した。
「ほれ、出口に味方が居るぞ!そこまで必死に走れぃ!」
そう言って、前を走る領民を鼓舞しながら儂も城の兵達と走る。
「孝政、何をしておる!!もっと速く走らんかぁ!!」
一番疲れて居らぬはずの孝政が遅れ始める。だからあれ程普段からと言うておいただろうに…
隘路の出口が見えて来る。暗くて細かくは分からんが柵と人影が見える。
「柵の横から抜けよ!」
前からそう声がする。あれは行賢の声だな。
「柵の横だ、柵の横から逃げ込め!そこまで行けば助かるぞ!!」
儂がそう声を掛けると、現金な物でそれまでフラフラだった者達も一気にシャキっと走り始める。
柵の横を駆け抜けると柵を持って待っていた者達が急いで柵を地面に挿し込む。若鷹丸が源三郎と考えて拵えて来た物だ。単純な造りだが、良く考えたものだと感心した。先に逃げ込んだ者達に習って地面にへたり込んでいると後ろから声を掛けられる。
「殿!何をしているのです!守りに着いて下され!!殿達は右側じゃ!!」
そう、行賢に叱られた。最近儂の扱いが軽くなっている気がするんだが…
「も、」
いかん、疲れで声が引っくり返った…
「もう一頑張りじゃ!皆、守りに着けぃ!!」
重い体を引き摺り右側の柵へ行く。その途端に隘路から飛び出して来た敵が柵に囲まれているのに気が付いて急に止まる。しかし、後ろからから来ている者にはまだ見えていない。後ろから来る者に押されて身動き取れずに前へ押し出される敵に柵の隙間から槍を突き出す。敵は為す術無く、叩き突き倒されて行く。すぐ横の斜面の上からは石が投げられている様だ。この間皆で切り拓いた空き地からだろう。
程無くして、敵が踵を返して逃げ出して行く。進路を塞がれた事を後ろの連中も理解したのかもしれん。漸く一息吐いて周りを見渡すと若鷹丸の姿が見当たらない。
「孝政、若鷹丸はどうした?」
「は、は?某が殿の元に走った時はこちらに居られましたが…」
途端に不安が湧き上がる。また無茶をやったのではないか!?
「行賢!若鷹丸はどこだ!?」
正面に陣取る行賢に怒鳴る様に聞く。
「若様は、我等にこの場を任せ、城の兵を率いて敵の後ろに回りました。」
なんと、やはり無茶をしおったのだ。その時、
「う゛わ゛ーん!」
隘路の先から子供の泣き声が響いて来た。不安が一気に現実味を帯びる。柵を越えようとするが具足を着けては難しい。外そうとするも固定されている。
「おいっ!柵を外せ!!早うせい!!」
儂が怒鳴ると周りの兵が慌てて柵の脚の所に屈み込む。
「殿、こちらを外しまする!」
正面から行連が言ってくる。そうか、向こうは最後に慌てて挿した故、固定されておらんのか。
狭邑の兵が外した柵の隙間から転がり出る様に隘路に駆け込む。すぐに向こうから兵達に左右を支えられた若鷹丸が胸に何かを抱えてワンワン泣きながら歩いて来る。気が抜けて膝が崩れそうになるのをぐっと堪え、若鷹丸に駆け寄る。普段は賢しらで大人びたこの子がこんなにも泣くのを見るのはいつ以来だろうか、そんな事を思いながら近付くと若鷹丸が胸に抱える物に気が付く。そうか、取り戻したのか…
「殿!見て下され!!敵の大将首です!!若様が二つもお取りになりましたぞ!!」
増蔵が誇らし気に両手に掴んだ首を二つ掲げる。
「そうか、良くやった、良くやったぞ若鷹丸。」
その場で崩れ落ちて泣き続ける息子の肩を抱きそう褒める。
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大泣きしてしまった。皆の面前で赤子の様にワンワン泣いた。俺達の取り返した行和叔父の首を見て狭邑の家の者も泣いた。俺に礼を言いながら泣いていた。悲しみは全然減らないがこのままここで泣いている訳にはいかない。
「父上、狭邑の者とここで守りを固めて下さい。」
少し落ち着いたところで父に言う。
「お前はどうするつもりだ?」
父が不審そうに問う。
「落合を守りに戻らねばなりません。板屋が自領から攻め込んでくる可能性も低くはないかと。」
「そ、そうだな…しかし、儂が行った方が良いのではないか?」
父が心配そうにそう言う。
「丸一日敵を防ぎながら退いて来た父上達がここから山之井まで走って更に戦うのはどう考えても無理です。ご自分達の有様をご覧下さい。それに爺の仇を討つのは孫の俺と長男の永由叔父の役目です!」
「そう、そうだな、我等は最早満足に走る事も困難だろう。お前に任せる。」
父がホウっと息を吐いて座り込んだ。
「父上…」
「どうした?」
「板屋は滅ぼしますぞ…」
俺の暗い声を聞いて父がハっと顔を上げ聞く。
「…どこまでやるつもりだ?」
「板屋の一門は根切りに致します。一人でも残せば後の禍根となりまする…」
「宗貞には近頃息子が産まれたそうだぞ…」
「斬るしかありますまい…」
血反吐を吐く思いでそう搾り出す。
「そうか、分かった…任せる。」
きっと父は領内あちこちで赤子や幼子を可愛がって回る俺を気遣ってくれたのだろう。
「もし、板屋の領民が居たら極力手荒にせず助けて下さい。我等が狙うは板屋家の者のみ、領民と禍根を残しても良い事はありません故。」
「うむ、そうよな。分かった、そうしよう。」
手勢を集めて指示を出す事にする。
「増蔵、疲れている所すまんが何人か連れて弓と矢籠を回収して来てくれ。茂みの中に逃げ込んだ奴がいるかもしれんから用心してな。それから川原に下りて我等の働いた辺りで使えそうな物を引っぺがして来い。」
「分かりました。おい、五人ばかり付いて来い。」
そう言うと増蔵達は茂みの中に消えて行った。
「狭邑の家の者と館の兵、それから武装している者はここを父上達と守ってくれ。とりあえずそこらで分捕りだ。使える武器を拾って皆に配るんだ。」
「分かりました。」
行賢がそう答え、狭邑の者達が柵を取り外し始めた。
「あ、柵は予備に換えてくれ。歩けぬ程の怪我人は何人いる?」
柵は構造からしても余り強度は高くない為、予め予備を一揃い用意してある。
「十人近いです。」
思ったより多いな。俺と一緒に来た者に怪我人はほとんどいないだろうから、父と逃げて来た者達の半分位は使い物にならぬ計算か。
「よし、外した柵の上に寝かせて下まで運ぶ。歩ける怪我人はこのまま谷を下れ。投石隊の大人は怪我人を順番に運んでくれ。松吉、同世代の連中を連れて稲荷社まで走れ。そこで握り飯を作って貰ってここへ運ばせろ。有れば松明も持って来い。まず、逃げて来た連中と狭邑の分、その後は我等の分を作って貰え。」
「分かった!皆付いて来てくれ。」
子供達も駆け出す。
「若様、俺は?」
霧丸が不満そうにそう言う。
「俺の近くに居てくれ。何かの時に使いに出せる人間を残しておきたい。」
「分かりました…」
「兄ちゃんいなかったな…」
「…うん…」
そのまま暫く二人で黙って暗い隘路を眺めていた。
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