22・物置に有る

 軍勢が出立して二日経った。初日に谷の最上流、峠の麓まで進み、昨日は峠越えをして何事もなければ横手に布陣したはずである。横手は城に篭ったのか、それとも野戦に臨んだのか…敵も本隊は実野川方面に展開しているはずだが。

 落ち着かない数日を過ごしたその日の夕方近くになって事は起こった。源爺の畑の手入れをしていた俺達の所に城に残った兵が駆けて来る。

「若様!城にお戻り下さい!!」

「何があった!?」

「忠泰様がお戻りになりました!」

何かあったのだ。

「分かった。行くぞ。源爺、後を頼む。」

農機具を放り出して城に向かって走り出す。

「あ、若!待ってくれよ!!」

霧丸と松吉も慌てて付いて来る。


 城に戻り広間に駆け込む。そこには大叔父と母上、紅葉丸に孝政も既に顔を揃えて居た。皆、青い顔をしている既に話を聞いたのだろう。良くない話に決まっているな。

「叔父上、何があった!?」

「板屋が裏切った…三田寺は総崩れだ。俺がこちらに向かう時は永冶殿が殿で敵を食い止めて下さっていたが…お前の予想した通りになってしまった…」

「状況を詳しく教えてくれ。」

「昨日、峠を越えて、予定通り横手の城の南に布陣した。今朝になって城攻めに掛かろうとすると敵が城から出て来たのだが、敵とぶつかろうかと言う時に突然板屋が三田寺の横から攻め掛かったのだ…」

「わ、若鷹丸殿!予想したとはどう言う事です!?」

青い顔をした母が叫ぶ様に聞いてくる。

「そ、そうです、若様、一体!?」

「若鷹丸よ、詳しく話せ。」

孝政と大叔父も厳しい顔で聞いてくる。

「板屋の手勢がかなり多かったのです…本人は典道叔父上の大切な戦故、多く集めたと息巻いていましたが…大叔父上、あの男がそんな殊勝な事をすると思いますか?」

「確かに、普段の板屋の奴の振る舞いを考えると余り信じられん行いではあるが…しかし、なぜ黙っていた?」

「証拠は何もありません…戦の前にそんな事を言えば味方を誹る事になりましょう…それに父上に言えば、父上は黙っては居れぬでしょう…それ故、爺と叔父上達にそれとなく気を付けてくれる様、頼んだのですが…」

「父上、それがあったから我等は板屋の裏切りに対しても崩れずに済んだのです…」

叔父がそう言って大叔父を宥める。これ以上余計な話をしてはいられない。

「叔父上、敵はこちらに向かっているのか?」

「どこまで追って来るかは分からんが、俺がこちらに向かう時は峠に向かって退く我等の後を追って来ては居た。」

「では、ここまで来るな。」

「なぜそう思う?」

大叔父に聞かれる。

「板屋はなぜ裏切ったのです。山之井を手に入れる為以外にはありえません。奴等は山之井を手に入れなければ裏切り者として三田寺衆の真ん中で孤立するのですぞ?」

「確かにそうだ…奴等は必死で山之井を奪いに来るか…」

「それで、父上はなんと?」

「いや、若鷹丸に伝えよ。とだけ…」

ふむ…それ以上の余裕が無かったのか、それとも好きにせよと言う事なのか…城に立て籠もって後詰めを待つか、それとも谷で待ち受けて迎え討つか。

 後詰めはどこに頼む?三田寺衆は手勢を連れて皆川出に出陣している。そこまで使いをやって、上手く引き上げられたとして後詰めが来るまで何日掛かる?とてもそれまで保つまい。各勢力は城に大した兵は残していないだろうからそちらに期待するのも無駄な気がする。纏める人間も居ないだろう。となると守護代様か?出してくれるのか?そもそもどんな人物かも知らんのだが。


「谷で迎え討つ!隘路を先に抑えられれば防げる可能性が有る。霧丸、松吉、今すぐ家に戻って兵を集めろ!!裏切り者から山之井を守る為に力を貸してくれと頼んでくれ。稲荷社に集合だ。」

「分かりました!」「分かった!」

二人が駆け出すとその後を追う様に叔父が、

「俺も、すぐに殿の下に戻る!」

「駄目だ!」

「なぜだ!?」

「叔父上はこのまま上之郷に戻って人を集めろ。それを率いて落合に向かえ。板屋側からも敵が来かねん。」

「そ、そうか、分かった!すぐに行く。」

「篠山城で永由叔父の指揮下に入れ。討って出る必要はない。守りを固めてくれ。大叔父上、落合と狭邑に報せは!?」

「まだだ…」

くそ、人が足りないな…今は兵は一人だって出したくない。

「紅葉丸。太助を借りても良いか?」

「は、はい、どうぞ。」

突然話を振られて少し狼狽えた紅葉丸だったがすぐにそう答えてくれた。

「太助、頼まれてくれるか?」

「は、はい。」

「まず、落合の城に走って事態を伝えてくれ。板屋が裏切った事。味方は崩れてこちらに向かって退いている事。俺が北の谷で敵を向かえ討つ事。板屋側からも敵が攻めて来るかもしれない事。上之郷の衆を行かせるから落合をしっかり守って欲しい事だ。」

「わ、分かりました!」

「それと、お主には一番危険な役目を負って貰いたい…」

「な、何でしょう?」

「南の尾根に登って入谷の館の状況を探って貰いたい。具体的には敵がどの位詰めて居るかだ。館が覗ける場所は永由叔父上が知っている。」

「わ、分かりました。」

「頼むぞ、山之井の命運はお主の報告に掛かっている。だが、危険だと思ったらすぐに引け。お主も危ないし、裏切りにこちらが気付いたと板屋に知れればこちらの態勢が整う前に急ぎ攻めて来るかもしれん。」

「…分かりました。」

「よし、行ってくれ!」

「は、はい!」

そう言って太助は駆け出して行った。

「残っている兵に戦支度をさせろ!それから大至急、行連を呼べ!」

控えている兵にそう言うと、

「大叔父上、城と母上と兄弟を頼みます。兵は残せませんので最悪はなんとか逃げて下さい。」

「その時は周りは全部敵だろうがなんとかやってみよう…」

「孝政、今度という今度はお主にも来て貰うぞ!」

「は、いや、しかし…」

慌てた様子で母上を見る孝政。確かに奴の役目は母上の御付だ。離れる訳にはいかないと考えるのもおかしくはない。

「典道叔父上の危機だぞ、お前が助けに行かずに誰が行くのだ!?」

俺がそう怒鳴ると、

「は、分かりました、お方様、申し訳ございませんが行って参ります!」

「…分かりました。しかし、若鷹丸殿…貴方も参るのですか?」

「今回は山之井が生き残れるかどうかの瀬戸際です。俺が行かねば始まりませぬ。」

「そうですね…」

暗い顔をして母が下を向く。

「紅葉丸、母上と梅を頼むぞ。」

「は、はい!」

うん、紅葉丸は思ったより平静を保てている。頼もしい限りだ。そこへ、

「若様、お呼びですか!?」

戦支度をした行連が駆けて来た。四十を越え、戦に出る事は少なくなったが今でも兵達の纏め役として信頼も厚く、留守を守る兵の中心だ。

「も、もう戦支度が済んでいるのか…随分早いな…」

「忠泰殿の様子を見れば大体予想は付きました故…」

「そ、そうか、頼もしいぞ。急ぎ狭邑に戻り兵を集めてくれ。例の隘路で迎え討ちたい。砦に寄って例の物を持って来てくれ。俺達は先に谷を行く。」

「分かりました。」

「馬を使って良い。桜が残っているはずだ。」

桜は俺が普段乗馬の訓練に使っている牝馬だ。武家では気性の荒い牡馬が好まれるが最初に練習するなら牝馬の方が扱い易いと言う事で桜に乗っている。

「しかし、若様が。」

「俺は兵と走る。今は少しでも早く兵を集めねばならん。」

「分かりました。では。」

そう言うと行連も駆け出して行く。

「若鷹丸、お主具足はどうするのだ?」

大叔父が尤もな事を聞いて来る。

「爺様の具足が物置に有ります。紅葉丸手伝ってくれ。」

「は、はい!」

そう言うと俺も広間から駆け出した。後ろからは紅葉丸が慌てて追いかけて来る。

「孝政殿、我等も戦支度をしよう。」

後ろから大叔父の声が聞こえた。

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