20・急転

 与平達が山之井を去って数日。太助が霧丸と共に旅に出た事で少し寂しそうだった紅葉丸も、漸く慣れて来たのか普段通りの様子を見せる様になっていた。畑は麦に続いて大豆も順調に芽を出して来たので、草引きと水やりは源爺に任せて俺は砦の整備の様子を見に行く事にした。したのだが…

「~♪~♪」

どうしてこうなった…俺は馬を引きながら考える。紅葉丸を後ろに乗せて、馬で城を出ようとしたところで梅に見つかったのだ…結果、馬には紅葉丸が乗り、その前に梅が座っている。そして、その馬を俺が徒で引いているのだ。…おかしくない?

「兄上…どうするのですか?」

「取り敢えず、宮司殿の所か康兵衛の所で遊んで貰えないか聞いてみよう…」

今は田植えの時期も過ぎて農家もそこまで立て込んでいないはずだ。松吉の弟妹か稲荷社の遥太郎の所に置いていこう。


「なんとかなって、良かったですね。」

紅葉丸が馬上からそう言う。

「そうだな、奥方には迷惑を掛けるだろうが仕方ない。」

どうせなら紅葉丸の乗馬の練習になるだろうと、そのまま馬を引きながら進んでいる俺はそう返す。結局、梅は稲荷社で遥太郎と遊んで待っている事になった。まだ、他に兄弟のいない遥太郎の面倒を見るのは専ら宮司の奥方なので彼女の負担が今日は普段の数倍になるだろう。

「あぁ、ここからだと良く見えるな。」

稲荷社の周辺の鎮守の森を抜けた所で視界が開けて狭邑の北の尾根全体が見えるようになった。

「やっぱりちょっと谷からは離れてますね。」

そうなのだ。狭邑の城跡は尾根の西端にあるのだが、最西端という程ではなく、ほんの少し東に寄っているのだ。狭邑の集落の位置を考えれば当然ではあるのだが。

「やはり城域を広げねばならんかな。まぁ、上がってみれば分かるさ。」

北の谷の前を過ぎ川を渡る。そう言えば、この川の名前を知らないな。名前は付いているのだろうか。そこから暫く行くと城跡への登り口がある。春までは草に覆われてそこが道だと知っているのは猟師位のものだったが、今は一応整備されて普通に登る事が出来るようになった。

 九十九折の道を登って下の郭の入り口に着く。ここには門を設置することになるだろう。因みに山之井城の二の郭にはふざけた事に門が無い。どうも吝嗇けちったのではないかと予想している(一応、二の郭は大手道からは一段高い造りになっていて直接進入出来ないようにはなっているのだが…)。二の郭では賦役を負った領民が崩れた土塁の修復や堀の掘り直しをしている。頂上の一の郭がそれほど広くない為か、二の郭はそれなりの広さがある。二の郭だけで言えば山之井城や篠山城よりも広いだろう。そんな事を思いながら二の郭を通り過ぎ一の郭に到着する。ここでも二の郭同様に土塁の修繕が行われていたが、他にも仮の兵舎の建設も始まっていた。

「若鷹丸、紅葉丸、来たのか。」

忠泰叔父が声を掛けてくる。ここの整備は場所的に狭邑の行賢大叔父を名目上の中心に、実際は各家の嫡男が経験を積む為に仕切っている。

「忠泰叔父、どんな塩梅だ?」

「うん、領民を賦役に駆り出してからは大分順調に進む様になった。皆もここで進めておかねば、冬にも賦役を課されかねんと思って、必死に働いてくれているわ。」

「なんと言って良いか悩むな、特に俺の立場だと。」

「ワハハハ、そうだな。皆が必死になっているのは概ねお前のせいだからな。」

まぁ、働くモチベーションになってくれるならなんでも良いさ。

「では、夏の内には塀や門の建築に掛かれそうか?」

「いえ若様、そうは行きませぬ。」

そう後ろからやって来て答えたのは行昌叔父だ。

「材が有りませぬ。」

そう続けて言った。

「あぁ、そうか。話が決まったのはもう冬の終わりだったからな…では冬に材を切り出して、乾燥させるとなると…建てるのは来年の夏か!?」

「残念ながらそうなりそうだ。」

苦虫を噛み潰した様な表情で忠泰叔父が答える。

「参ったな…この夏にでも必要になるかもしれんと言うのに。」

「全くです。侭なりませんな。」

「そう言えば北の谷への見晴らしを確認したかったんだ。最初に来た時は木でほとんど見えなかったからな。」

「あぁ、そうか。こっちだ。」

四人で郭の北西の端へ行く。

「うーん…悪くは無いが、出来ればもう少し先まで見張れると良いなぁ。」

「そうなのだ、そうすれば物見小屋の人員もこちらに回せると思うんだがな。」

「兵舎が建ったら次は櫓を建ててみるべきか?」

「はい、殿もそうお考えの様子でしたね。」

「出来れば簡単な足場だけで良いから西の端にも建てて確認したいな。こことの違いを確認したいところだ。」

「あの辺りは整地されていないぞ?」

「うん、取り敢えず木の上に頭が出れば良いから竹か何かで簡単に組んでみるのはどうだろう?それで良さそうなら櫓の広さだけ整地して道を付ければ十分ではないか?」

「竹か、かなり太い竹が必要になりそうだな。」

「普通の竹でも束ねれば良いのでは?」

「なるほど、それはそうかもしれん。」

意見を交わしていると、

「若様!!」

遠くから呼ぶ声がした。


 こちらへ走ってくるのは守兵の春太だ。今日は確か門番をしていた気がするが。春太はそのまま息を切らせながらここまで走って来た。

「どうした、何があった?」

「山の民から使いが来ております。至急城にお戻りになられよと殿が。」

む、ここでは言えない内容か?

「分かった、すぐ戻る。」

「それから皆様方にも城にお集まり頂きたいとの事です。狭邑以外の集落には既に別の使いが走っております。」

「狭邑はこのままお主が行くのか?」

行昌叔父が聞く。

「はい。」

「いや、そちらは某が行こう。戻って皆と城へ参ります故。」

「そうだな、叔父上頼む。春太はここで暫く休んだら城へ戻って来い。」

「分かりました。」

「紅葉丸!」

「はい!」

兵舎の建築を眺めていた紅葉丸に声を掛ける。

「俺と叔父上は急ぎ城に戻る事になった。悪いが梅を迎えに行ってくれるか?」

「分かりました。」


 忠泰叔父と馬を飛ばして城へ戻る。下之郷では落合からやってくる爺と永由叔父と行き会った。

「爺、何か聞いているか?こちらは戻れとしか言われていないのだ。」

「いえ、我等も直ちに参集せよとだけ。」

「…碌な事ではなさそうだな。」

「まぁ、何か大きな事があったのは間違いないでしょうな。」

城に着くと直ぐに広間へ案内される。そこには父と頼康の大叔父と、この間荷物を持って来たばかりの壱太の姿有った。

「壱太、何があった?」

狭邑の者達はまだ着いていないが先に聞いてしまう。

「はい、若様が言っていた通り横手の連中が…」

「道を造り始めたのか!?」

「えぇ、俺が直接見た訳じゃないんですが奥実野から荷物を運んで来た連中が見たと。」

父達は既に聞いていたのだろう、表情を変える事はなかったが俺と一緒に戻って来た面々は一気に緊迫感が増す。

「壱太、里に何人か動かせる者はいるか?現地の詳しい状況が知りたい。その間の仕事についてはこちらで補填する。父上、宜しいですよね?」

「…うむ。事が事だ、それで構わぬ。」

父も重々しく頷く。夏を目前にして事態は急激に動き始めた。

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