17・松吉の方がいくらかマシ
「若様は相変わらずですなぁ…」
和尚が目の前で力無く首を振る。
「これでは、松吉の方がいくらかマシと言うものです。」
「やった!」
「ちょっと待て、聞捨てならんぞ。俺の和歌のどこが松吉に負けていると言うのだ!?」
そう、今日は和尚の手習いで和歌を習っているのだが、俺はこれが大の苦手なのである。前世の国語の授業でやった俳句なんかも壊滅的だったし、なんなら文系大学に通っていたくせに詩の類は一切駄目。一欠片の魅力も感じなかったし、当然詠むのも駄目駄目の駄目なのである…
「若様は苦手なのを自覚しておるのに、変にこねくり回して小難しく詠もうとされておりますな。歌とはもっと己の心情を素直に表すものですぞ。」
ぐぬぬ…
「そうだぞ若、思った事を思った通り詠めば良いんだ。」
「納得いかん、こいつの歌なんて「腹が減った、飯が食いたい」みたいな感じじゃないか!」
「最初はそれで良いのですよ。」
「そうだぞ若。」
「そもそも、若様はいつまで経っても照れが有りますな。有りの侭に感じた事を表すのに照れ、それを隠そうと余計な表現をしようとするから迷子になるのです。」
くそぅ…書はそれなりに書けるようになったのに…
手習いを終え、一休みしていると、
「若様、この間言われておりました過去の記録の件ですが。」
和歌なんかよりよっぽど重要な話になった。
「雪が少なかった冬は一番最近ですと二十年程前になります。その次は三十五年程前になります。それから五十年程前でした。」
「なるほど、それ等の年で山之井や芳中ではなにがあった?」
「山之井ではどの年も大きな問題は出なかった様です。むしろ米が高く売れて民が潤った年もあったとか。」
「ふむ、他の領地の事は書いてあったか?それとその次の年の冬と夏の様子も分かると助かるんだが。」
「夏場に水争いがあったと書いてありました。戦になった所もあったとか。」
「それは雪の少なかった年の夏だな?」
「左様ですな。」
やはり、水争いは起こったか。
「冬はどうなんだ?」
「戦が起こった年もあったようですがそれについては原因は書かれておりませんでしたな。」
「そうか…二十年前の事は和尚は覚えておるか?」
「いえ、拙僧はまだ都の本山で修行をしておった頃です故。」
「あぁ、そうなのか。そう言えば和尚の後は誰が継ぐのだ?確か和尚も五十を超えたのではなかったか?」
「そうですな。実は数年前から後継者を寄越してくれる様に本山には頼んでいるんですが、中々決まらぬようですな。」
「まだまだ働けと言う事か。」
「ホホホ、左様ですな。困ったものです。」
こんな田舎に来てくれる物好きは中々いないってこったな。
寺を辞して、今度は稲荷社に向かう。道中、お手製の筍スティックを齧る。なんのことはない、丸茹でした筍を縦方向にスティック状に切って、内側のひだの部分に味噌を軽く塗っただけの物だ。これが結構いけるのだ。
「やっぱり、筍は旨いな。」
「これ歩きながら食べられるし良いな。それに若は味噌もたっぷり付けてくれるから尚旨いんだよな。」
そうなのだ、俺としてはしょっぱくならないように加減しているつもりなのだが一般的にはかなり味噌の量が多いらしい。まぁ、塩も大豆も貴重だから皆最低限しか付けないのだろうな。
「松吉、川の水について皆は何か言っているか?」
「いやこの間、川俣で話をした時から水の量も変わってないから特に。」
「そうか、ここは霧丸を待つしかないかな。」
稲荷社の社務所の玄関で声を掛ける。
「若様、この間の件でしょうか?」
「うん、何かわかっただろうか?」
「はい、やはり水争いが起こった記録がございました。もちろん山之井ではありませんが。」
「ふむ、そうか…他に何か気になった事は?」
「酷い年は平野では民の逃散が起こった所もあったらしいと。賊も増えた様です。」
「逃散が起こるとは相当だぞ。何年前の事だ?どこの領地か分かるか?」
「いえ、そこまでは書かれておりませんでしたが五十年前の事です。」
「そうか、助かった。もし何か気になる事があったら城に使いを「わかしゃま~♪」うゎっ!」
「これ、遥太郎!」
俺の左脚に跳びついて来たのは宮司の息子、
「遥太郎、元気だったか?」
遥太郎を抱き上げながらそう聞く。
「うん♪」
「そうか、今から城に来て梅と遊ぶか?」
「いく!!」
「宮司殿良いか?帰りは松吉に送らせるが。」
「では、宜しくお願い致しましょう。」
遥太郎を肩車して城への道を歩く。帰りは松吉が連れて帰るので行きは俺が抱いて行くのだ。
「ぐらぐらー」
「きゃ~♪」
そんな事をしていると城に着く。
「松吉、俺は父上と話をしてくるから二人を暫く頼んで良いか?」
「あぁ、分かった。」
「母上、若鷹丸です。梅は居りますか?」
母の部屋の前で聞く。
「居りますよ。」
「は~い♪あ、よーたろう!」
「遥太郎が遊びに来てくれたぞ。ちゃんと松吉の言う事を聞いて遥太郎の面倒を見るんだぞ。」
「うん♪よーたろういこう♪」
「は~い♪」
ちょこちょこと歩く梅の後ろを更にちょこちょこと歩く遥太郎が付いて行く。和むなぁ。
「じゃあ、松吉頼む。分かっていると思うがあいつは脱走する。気を付けてくれ。」
「うん、分かってる。じゃあ、ちょっと行ってくる。」
そう言うと松吉は二人を追って行った。
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