16・おてつだいにきたよ!

 ヤバいヤバい、急がないと大豆の作付けが間に合わない。必死に源爺と二人で鍬を振るう。いや、必死に振っているのは俺だけか?源爺はのんびりと俺が掘り起こした土を耕している。紅葉丸を毎日駆り出す訳にもいかない俺は、ここ数日は源爺と二人で必死に畑を広げているのだ。田植えが終わったら兵がちょっと手伝ってくれないかなとか思ったりもしたが、彼等は当然すぐに城跡の整備に戻って行った。これは領主のやる事なのかと言う太助の言葉に思わず同意したくもなる。松吉早く来ないかなぁ…

「あにうえ〜♪」

まさかのお邪魔虫登場…顔を上げると、

「太助、いかがした?」

梅と太助が立っていた。

「それが…紅葉丸様が、今日は私に若様の手伝いに行けと言うのを聞かれてしまいまして…」

「それで連れて行けと言われたのか…」

「はい…」

面目無さそうな太助の横で、

「おてつだいにきたよ!」

と鼻息の荒い梅である。しかし、紅葉丸は気を使って太助を寄越してくれたのか。

 さて、どうしよう…ご納得頂ける仕事を用意せねばならなくなった…麦の水やりはやってしまったし、開墾はどう考えたって無理だ。草むしりは大事な芽まで抜かれそうだから論外。うーん、困った…そうだ、

「では、石拾いを頼もう。俺と太助が掘り起こした土の中から石を探してくれ。見付けた石を拾って、あそこの石がまとめてある所に置いて来るんだ。頼めるか?」

「わかった!」

意気揚々としゃがみ込んで石を探す梅。

「太助、向こうの畦沿いから頼めるか。」

「分かりました。」

さぁ、気を取り直して、

「あにうえ、あったよ〜♪」

「そ、そうか、ありがとう…」

今度こそ再開だ。

「あった〜♪」

うん、そうだね…

「梅、この笊に一杯になったら教えてくれ。運ぶのも楽だからな。」

「うん、ありがとう♪」

本当に今度こそ。


「あにうえ、みて〜♪」

暫くすると梅から声が掛かる。

「お、凄いな。もうそんなに見付けたのか。」

笊の上には山盛りに石が乗せられている。

「んふふ〜♪」

「一人で持てるかな?」

「もてるよ!」

両腕で抱える様に笊を持ち上げる梅。持ち上げる時は奥に傾き、持ち上げてからは手前に傾き、あっちにコロコロ、こっちにコロコロ、石が転げ落ちて行く。

「あ〜っ!」

それを防ごうと慌てるとまた崩れる悪循環。

「こらこら、少し落ち着きなさい。そんなに慌てては余計に零れるぞ。」

「あ゛〜…」

「少し乗せすぎたな。ほら、源爺にも見せておいで。」

涙目の梅の頭をポンポンと撫で、そう言う。

「うん…」

ションボリと笊を運んで行く梅を見送りながら鍬を振るう。

「ホホホ、これは沢山拾えましたな。大助かりですぞ。」

「ほんと!?」

「はいはい、本当ですとも。こんなに拾って貰えると爺も若様も大喜びですな。」

気難しいで有名だった源爺が只の好々爺に成り下がっている…幼女の力は恐ろしいな…

「あにうえ、ほんと!?」

「あぁ、とても助かっておるぞ。」

「やった〜♪」

あ、また零れた…源爺が零れた石を拾ってやっている。


 その後は、一心に鍬を振るう。梅が三度程笊を見せに来た以外は黙々と鍬を振るっていた。あれ?

「源爺、梅はどうした?」

暫く声がしない事に気が付いた。

「そういえば…あぁ、そこに。」

源爺の指の先には畦に出来た石の小山の横で眠こける梅の姿があった。

「やれやれ…」

一応確認だが、この女児は姫と呼ばれる地位の人間である…一応な!

 梅を源爺の小屋に寝かせてから再び畑に戻る。太助は経験が多いからか中々の速度で鍬を振るっている。

「これは若様、ご精が出ますな。」

そこへ、山の民の壱太がやって来た。

「おぉ壱太、久しいな。今日は塗物を持って来たのか?」

壱太は塗師の見習いをしている若い衆で二十歳前の男だ。見習いなのでこういった荷物運び等の雑用には真っ先に駆り出されるので山之井に来る機会も多いのだ。

「えぇ、それと革に椎茸も少し。」

「そうか、そこの蔵に置いてくれ。」

ここには初めて来た壱太を蔵に案内する。

「椀が三十、鹿革が五枚、猪が八枚、椎茸は十二か。確かに預かった。」

蔵の入口に吊るしてある、預かった物を書き留める紙に種類と数を記入する。

「ところで、椎茸が例年より良く採れる気がするんだが、どう思う?」

「こっちもですか、実は我等の方も年寄り共がそう言っております。いつもより数が多いと。」

「ふむ、そちらもそうか…雪が少なかった事と関係あるのかどうか…帰ったら年寄り連中に、前に椎茸が良く採れた年はどんな具合だったか聞いてみてくれるか?どうせ、与平が来る前にもう一度荷物を持って来るだろう?」

「えぇえぇ、分かりました。もう一度来ますから、それまでに聞いておきます。」

「宜しく頼むな。」


 蔵から出て壱太に聞く。

「飯を食って行くだろう?」

「勿論頂きます。」

そろそろ昼過ぎだ丁度良い頃合いだ。

「源爺、今日は太助も壱太もいるから米の飯にしよう。」

「はいはい、分かりました。ではここはお願いしますよ。」

そう言うと源爺は飯を炊きに小屋へ戻って行く。

「じゃあ、壱太。飯が炊けるまで頼むぞ。」

そう言って俺は源爺が使っていた鍬を壱太に渡す。

「あれ?そうなります?」

「当たり前じゃないか。腹が減って余計に飯が旨くなるぞ。」

「若様には敵いませんなぁ…」


 炊けた飯のよい匂いにむっくりと起き出して来た梅を含めて皆で飯を食べる。壱太が持って来た蕨を酢味噌和えにし、干し肉は炙って食べる。

「昼からご馳走になってしまったな。」

「〜♪〜♪」

お姫様は、頬を膨らませてご満悦だ。

「いやぁ、昼から飯が食えるなんて有り難い。」

「折角来た客に馳走もせずに帰せんからな。」

壱太もニコニコだ。

「里の年寄り共には内緒にしませんといけませんな。」

「確かに、知られたら次から荷運びは年寄りに取られてしまうかもな。」

「「アハハハハ」」

「山の様子は特に変わりないか?」

「椎茸以外は変わりないと思いますが。何か気になりますので?」

「いや、水が少ないと色々な実りに影響が出やしないかと心配でな。」

「まぁ、影響が出るとしたらもう少し先ですかねぇ…夏か秋か…」

「やはり、そうかな。稲の育ちに影響が無いと良いのだが…」

不安は大きくなるばかりだ。そうだ、和尚と宮司に調べ物の結果を聞きに行かねば。

ガラっ!

「お、良い匂いだ。」

そこへ松吉がやって来た。

「「あ…」」

皆の視線の先にはすっかり空っぽになった釜が…

「あ゛ー!!」

春の空に松吉の悲痛な叫びが吸い込ませて行くのであった。

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