15・太助

「若様、これは領主のする事なのでしょうか?」

珍しく太助がそんな事を聞いてくる。

「うん、それは微妙な問いだと思う。まず領主は領地と領民を守り、豊かにせねばならない。そこは同意して貰えるだろう?」

「はい、その為に領民は税を納め、賦役を負っています。」

「うん、炭焼きのせいで最近賦役が課せなくて困っているがな。今やっている事は豊かにする方法の模索だ。恐らく太助は誰かにやらせれば良いと言いたいのだろう?領主は大きく構えておれと。」

「そうですね。」

「それはある意味正しいのだろう。だが、今回の試みは上手く行かねば収穫が減る。それをやらせた民は食う物が減るのだ。そんな上手く行くか分からぬ試みを誰がやってくれる?押し付けてやらせても反感を買うだけだろう?太助の家がそれをやれと言われたらと考えてみれば分かるのではないか?」

「まぁ…確かに、そうかもしれません。」

「大体、俺はまだ領主ではないしな。だから今の内に思い付く事は試しているのよ。思い出してみろ、上之郷の大叔父の所だって田畑を耕していただろう?大叔父はもう年だから余りやらんが叔父上達は普通に野良仕事をするではないか。これは狭邑も落合も同じ事だぞ。それに父上はやらぬが死んだ爺様も良く兵達と一緒に城の周りの田に出ていたらしいぞ。」

「なるほど…」

これは孝政の影響かな?


「お前が言いたいのは領主の威厳とか、そう言った類の事だろう?」

「…はい。」

「威厳の有る領主と親しみやすい領主。お主ならどちらが良い?」

「え?うーん…」

「多分、正解は無いんだと思う。敢えて言うなら、領主がどちらになりたいかではないかな。それより大切な事は領地を守れる事だろう?」

「そうだな、威厳が有っても守ってくれないんじゃ意味無いもんな。」

松吉が横から割りと的確な意見を出す。太助はちょっとムっとするが、言っている事は正しいと思ったのか何も言わなかった。

「三田寺のように領地が広ければ領主は城で威厳たっぷりに構えて居ても良いだろう。俺だってそれで皆が楽になるならそうしたい。だが、山之井は小さく弱い。皆が少しでも楽になる為には領主が率先して動かねばならんのだ。」

「若のお陰で皆仕事が増えて大変だからな。」

「そうなんだよな、銭は多少稼げる様になっても人は増えんからなぁ…」


「兄上、銭で米を買ってはいけないのですか?」

紅葉丸がそう聞いてくる。

「悪くはないぞ。だが、一度飢饉や戦が起これば値が上がる。最悪買えぬということもあり得る。そうなった時は増えた人数が飢える事になる。その辺りを考えれば米が増えぬのに安易に人は増やせぬ。」

「だから、これをやっているのですか?」

「うん、良く気付いたな。その通りだ。米の穫れる量が増えれば人が増やせるからな。」

「銭での稼ぎが増えても人は増やせそうだけどな。」

お、松吉が成長している。

「松吉、どういう事?銭で米を買うのは良くないって兄上が。」

「いや、銭が別で稼げると米を売らなくて済むから。そうすると家に残る米が増えると思うんだけど。」

そう言いながらこちらを見る松吉。

「うん、その通りだ。そうなれば税を年貢米ではなく銭で取ることも出来る。そうすれば更に民に残る米が増える。」

「でも、兵糧が。」

「うん、我らが食べる分や兵糧としての年貢米は必要だ。だが、現在年貢米は結局与平に売っているだろう?その分を最初から銭で納めて貰えば良い。」

「なるほど…」


「というか、そもそも昔は税とはそういう風に取っていたらしいぞ。」

「どういう事です?」

「うん、昔は税は銭や銀で納めさせていたものが、朝廷が力を失って日の本が安定しなくなった故、米で取らなければならなくなったのだ。」

「銭の質が下がったからではないのですか?」

太助が指摘する。良く勉強しているようだ。

「それは結果に過ぎないと思うぞ。朝廷が力を失い正しく国を治められなくなった結果、自前で銭を作る事が出来なくなった。それ故、大陸から銭を買うしかなくなって銭の数が足りなくなり質が下がったのだろう。昔は日の本でも銭を作っていた事もあるらしいぞ。」

「なるほど…」

太助は考え込むように下を向く。紅葉丸はイマイチ理解出来ていなそうだ。

「太助、今の話を後で紅葉丸に分かりやすく説明しておいてくれ。」

「え?あ、はい。」

太助は物覚えは悪くないし考えるという事もする。もう少し広い視野を持ってくれれば紅葉丸の側で大きな力になってくれそうなんだが。一度霧丸に付けてあちこち見に行かせるか。紅葉丸も松吉も湊に連れて行って大分変わった。悪くないかもしれない。


「太助、お前は山之井から出た事は無いよな?」

「ありません。」

「一度、見てくると良い。霧丸と一緒に行商に付いて回ってみるか?見聞を広げ将来紅葉丸の助けになってくれると嬉しい。」

「えっと…」

困った様に紅葉丸を見る太助。

「それは良い。俺も兄上に湊に連れて行って貰って驚いた。山之井に居ては知ることの出来ない事が沢山有るんだと分かるぞ。見たことも無いものや聞いたことの無いものばかりだった。」

「そ、そうですか…」

ちょっと不安そうだ。霧丸と似た大人しいタイプだが、本質は新しい物好きの霧丸とは逆なのかもしれない。

「今度与平が来たら相談してみよう。」

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