14・農業改革はとりあえず自分でやるしかない
松吉と春の山を歩く。今日は霧丸はいないが、もう何年も続けて来た事だ。今日は細い丸太を担いでいる。椎茸菌を植え付けた原木だ。この間、源爺の小屋の裏に隠してある原木から小さな椎茸がいくつも芽を出したのだ。今までも一つ二つ芽を出す原木はあったのだがその後は芽を出さなくなったりで安定して収穫出来たことは無かった。それが今回は一度に沢山の芽が出たことから、恐らく菌の定着が上手く行ったのだろうと考えている。勿論、秋にはもう芽を出さない可能性も有るのだが今のところ、これまでとは違った結果なので期待は大きい。
今回上手く行った方法は乾燥させた丸太に菌を植え付け、椎茸が採れる環境の山の斜面に一度暫く転がして置いてから再度引き上げるといった方法を取ったものだ。再度引き上げるという部分に思い至るのにかなり時間がかかった。今回芽が出た原木に秋にも芽が出て、今から転がす丸太にも芽が出れば栽培方法はほぼ確立出来たと言って良いだろう。だが、作り過ぎは宜しくない。入手方法に疑問を持たれるし、相場を崩すかもしれないからな。
それにしても沢山の芽が出た原木を松吉に見せた時は参った。なんと号泣しながら喜んでくれたのだ。どうも、俺が上手く行かない度に落ち込んだり悩んだりしていたのを傍で見ていて心を痛めていたらしい。それに栽培が成功する意義を霧丸が二人きりの時にかなり熱く語って聞かせたらしい。霧丸と喜びを分かち合えなかったのは残念だが、もうすぐ与平達と一緒に帰って来るだろう。その時が楽しみだ。
「お、漉油見っけ、って届く所は残ってないな。」
「すまん、俺が採った。」
「なんだよー…」
「仕方無いだろ。城に近い所から採ってるんだ。お前がこの間嶺と食べたのだってここのだぞ。確か、尾根が曲がる辺りにも一本あったはずだ。そっちを見よう。」
「あの辺は太助の奴も入るからな…」
野生の椎茸を探しながら進む。松吉は俺との距離を取ったままの太助に割りと反感を持っているので太助の話になると言葉がキツくなる。困ったものだ。因みに太助は俺と同い年なので松吉より年上なのだが敬意が払われる様子はこれっぽっちもない。
「あ、そうだ。漉油が採れたら光の所に顔を出そう。今年は正月以来会っていなかった。」
いかんいかん、育ての母に不義理を働く所だった。
慣れたもので、二刻程で上流の北側斜面まで見終わって上之郷に下りてくる。光に顔を見せて、今は源爺の小屋に戻る途中だ。
「今年は大分多くないか?」
「あぁ、いつもより五分位は多い感じだな。雪が少なかったのと関係があるのかな?」
「そうなのか?」
「俺だって知らんよ。」
山で芽を出している椎茸の数の話だ。今日だけで五つも採れた。ひょっとして原木の椎茸もそれが原因か?そうすると成功ではないのかもしれない…急に不安になってきた。
「でも、何も漉油を全部渡さなくても良かったんじゃないか?」
「いや、ついな…仕方無い、筍を掘って行こう。味噌を付けて焼こう。」
「しょうがないな。それで我慢するか。」
嬉しそうに言う松吉。表情と台詞が全く合っていないぞ…
開墾の終わった畑に畝を作る。前世での俺は都会生まれ都会育ちだった割りには野良仕事の経験が多い。それは幼い頃に近郊に住む婆ちゃんの家に入り浸っていたからだ。婆ちゃんは都会では最早庭とは呼ばないレベルの広さの庭で家庭菜園をやっていていた。それの手伝いと言う名の邪魔をしていた俺にとって、鍬で畝を立てるなんてことは朝飯前なのだ。結局、畑は東西に伸びる高台の上に横長の半反程の物が一枚出来た。スペース的にはもう一枚出来るがそちらはまだ途中だ。完成した方の畑に急いで蕎麦の種を蒔かねばならない。残りの開墾はその後だ。
畑の半分に畝を作り、残りの半分には作らない。領内の蕎麦を育てている面々から聞き取った話では蕎麦は水捌けが悪いと育たないとの事だったので畝を作った。ただし、そのままでも十分に水捌けの良い土地かもしれないので畝無しも試してみる。因みに領民に畝は作らないのか?と聞いたら、そんな面倒な事はしないと言われてしまった…
畝の頂点に指で浅く穴を開けて蕎麦の実を二、三粒落とす。そっと土を被せて横にずれる。親指と小指を広げた左手で幅を測ってまた穴を開け、種を落とす。そう、正条植えだ。現状自由になる田が無い俺は、同じ穀物なら同様の効果が出るだろうと言う安易な考えの下、蕎麦で試す事にしたのだ。因みに蕎麦が終わったら麦でもやる予定だ。本当なら正条植えの部分とそうでない部分での違いを示す為に、半分は普通に種を蒔くべきなのだが、今回は畝の必要性を検証する事を優先した。
「若、なんでこんな面倒くさいやり方で植えるんだ?皆、バーっと蒔いてるぞ。」
「そうですな。儂もこんなやり方は見たことがありませんな。」
「しかし、野菜は間を空けて植えたり出た芽を間引いたりするだろう?」
「あぁ、そうだな。確かに大根なんかは間を空けるか。」
「だから、蕎麦もそうした方が良く育つんではないかと思ってな。上手く行ったら稲でも試してみたいのだ。」
「稲も良く育つのですか?」
孝政にバレない様に労働力として引っ張ってきた紅葉丸が、意外そうというか興味深そうというか微妙な様子で聞いて来る。
「知らん。分からんからやってみるのだ。」
知ってるけどな…
「でも、これ大変だな。嫌になるぜ。」
俺と違って畝を立てていない方の畑に種を蒔いている松吉が悲鳴を上げる。畝の高さがあってもキツイのだ。地面に直接作業するのはさぞ大変だろう。婆ちゃんが使っていた横向きのタイヤの付いた椅子の有用性を身を以って知ったな。あれを考えた人間は天才だと思う。作って貰おうかな…オーパーツ過ぎるかな?タイヤは竹で出来ると思うんだけど…
「太助は文句も言わずにやっているぞ。お前も見習え。」
「わ、分かってるよ!」
単純な奴め。太助に負けるのは嫌なのだ。最近は紅葉丸を連れ回す事が増えたので太助は城で留守番している事が多かったんだが、今日は戦力として一緒に引っ張り出して来た。勿論、俺が言ったのでは角が立つので紅葉丸に誘わせたんだけどな。
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