閑話・紅葉丸、兄になる
母上が少し苦しそうに脇息もたれ掛かっている。母上は日に日にお腹が膨らんでいる。その中に俺の弟か妹がいるらしい。
「まだ、信じられないのか?」
兄上が笑いながら聞いてくる。兄上は俺と三つしか違わないのに色々な事を知っている。算術はあっという間に出来る様になって神童と呼ばれたりしたらしい。山之井の領内でも色々な産物を作り出し領民にも慕われている自慢の兄上だ。俺が大好きな夏の川の水練場も風呂も皆、兄上が作ってくれたものだ。
「だって兄上、本当にこの中に赤子がいるなんて!」
「母上、そろそろ動いたりしませぬか?」
兄上が母上にそう聞く。動く?動くの?
「えぇ、たまに蹴ったりする事もありますよ。」
「蹴る?お腹の中で蹴るの!?」
「そうですよ。貴方も良く母のお腹を蹴飛ばしていましたよ。」
うーん…俺もあの中にいたのかなぁ…信じられないけど。
「フフフ、それに若鷹丸殿が話しかけていたのですよ。」
兄上が?兄上を見ると少し照れくさそうな顔をしている。
「俺は弟妹が産まれてくるのが楽しみで仕方なくてな。毎日母上の所に来てはお腹を触らせて貰っていたものだ。」
そう言って俺の頭をわしわしと撫でてくれる。
「紅葉丸も触ってみますか?」
母上に聞かれる。蹴られるのだろうか、ちょっと怖い。
「紅葉丸、触らせて貰うと良い。」
兄上にもそう言われる。ちょっと触ってみようかな?恐る恐る母上のお腹を触ってみる。暖かいけれどパンパンになっている。やっぱりちょっと怖い。このままお腹が破れてしまわないだろうか…
「若鷹丸殿はお腹の中の貴方に良く話し掛けていましたよ。兄ですよー、早く出ておいでーって。」
「話し掛けるの?」
兄上を見て聞く。
「そ、そうだったかな…俺も四つの時のこと故、あまり覚えていないのだが…」
兄上が恥ずかしそうに言う。兄上がこんな顔をするなんて珍しい。でも兄上が俺にしてくれたなら俺もやってみようかな…
「あ、あにですよー」
何もない。
「はやくでておいでー」
今度も何もない…
ポコン
「…ぽ、ぽこんってなった!」
「動きましたね。きっと紅葉丸の声が聞こえたのですよ。」
そ、そうなのかな…やっぱりちょっと怖い。
今日も母上のお腹を触らせて貰う。母上のお腹はまた大きくなった。
「まだですかー?あにはずーっとまってますよー。」
ボコン
「あ、今日も蹴った!」
前はポコンっていう感じだったのに今はボコンっていう感じだ。母上は赤子がお腹の中で大きくなって力が強くなったからだって言う。本当にお腹破れないよね?
グルン
「わぁ!母上!?」
なんか、今までと違う動き方をしたんだけど!?
「あら、グルンと動きましたね。」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。きっと寝返りをしたのです。貴方もするでしょう?」
確かにするけど…お腹の中でするの?
「兄上、まだかな?」
もう何度目か分からない問いを兄上にする。
「どうかな、その時々によって産まれるまでにどの位時が掛かるかは変わるらしいからなぁ。」
兄上も少し落ち着かない様子で答えてくれる。急に母上が苦しそうにし始めたと思ったら。兄上の部屋に行っていなさいと言われて追い出されてしまってからどの位経っただろう。少なくても昼前だったのにもう夕方だ。心配だなぁ…
パタパタ
足音が近づいて来る。
「若様、失礼致します。」
やって来たのは母の侍女の琴だった。
「うん、産まれたか?」
「はい、元気な姫様ですよ。」
嬉しそうに琴が答える。姫様、女の子だ。妹だ!
「もう会えるのか?」
「はい、参りましょう。」
「兄上、早く行こう!」
居ても立ってもいられずに走り出す。
「しわしわだ…」
大急ぎでやって来た母上の部屋で待っていたのは小さなしわしわの何かだった…ベロ出てるし。父上も兄上も嬉しそうに見ている。
「兄上、しわしわです…」
「うん、お主も最初はしわしわだったぞ。暫くすると赤くてぷにぷにになるのだ。」
本当だろうか…確かに里で見る赤子は赤くてぷにぷにしていて可愛い。確か、初めて会った時の狭邑の蔵丸もそうだった。でもこんなにしわしわなのに…
「ベロも出ているけど?」
「ベロは出てしまったのだろう…可愛いではないか。」
うーん…可愛いのかなぁ?
「手のひらに指を一本乗せてみると良い。」
指?人差し指を手のひらに乗せる。とっても温かい。
ぎゅ
「はゎぁ」
握った。ちっちゃい手でぎゅって握った!
「な?可愛いだろう?」
「うん!!」
「ぴぇ~!!」
「「あ゛…」」
あれから毎日妹の梅の所に来て指を握らせている。しわしわだった体もぷにぷにでつるつるになった。可愛い…母上が言うには兄上もこうして毎日俺の所に来ては指を握らせたりほっぺたを突っついたりしていたらしい。梅の所には父上も兄上も良くやって来る。ここに来ると皆ニコニコしているし、とても穏やかで良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます