10・ちょっとばかり減っただけ

 朝餉の後、厨の倉庫から二人がやって来るのを待って三人で古道具を表に運び出す。最初は奥の下段の大きな葛籠。これは確か古い膳が詰まっていたはずだ。続いて焼き物の入っていた木箱。以前は重くて動かせなかったが今なら松吉と二人がかりなら運べる様になった。思わぬところで成長を実感するものだ。重い箱は案外多くない。木製の物が多いからだろうか。

 せっせと運び出した結果、厨の外は店が開けそうな程の葛籠や木箱が並んだ。現金なもので、この段階になると台所番の面々も様子を見にやって来た。源爺ものんびりとやって来た。

「若様、何か良い物はありましたか?」

米がシレっと聞いてくる。

「まだ中身は確認しておらん。中身を広げるから莚を持ってきてくれ。」

「はいはい。」

そう言いながら若い者に目配せをすると若い者が駆け出す。これが権力を持つ者のやり方か…

「これは確か古い膳が入っていたはずだ。」

記憶の通り、大きな葛篭からは漆があちこち剥げたりひび割れたりした膳が出てくる。

「米、これはもう要らないだろう?」

「そうですねぇ、これは直すのもどこかへ頼まないといけませんし…」

「では、儂がいくつか貰っても良いですかな?」

源爺がそう言う。

「これを使うのか?」

「いえ、直してみようかと思いましてな。」

「源爺、漆塗りも出来るのか?」

「いや、やったことはありませぬが。折角時間も出来ましたので。」

なるほど、老後の趣味か。

「ふむ、それじゃあ適当に持って行ってくれ。残りは一応、嶺の仲間の塗師に聞いてみるか。それで駄目なら処分だ。」

源爺が状態の良さそうなものを選んでいる。きっと塗り直すから木地がしっかりしている物を選んでいるのだろう。

「次は焼き物のはずだ。」

うん、そうだよな。やはり中身は陶器だ。見覚えのある物もいくつか有る。俺が漁って戻した物だ。

「割れた物はどうする?金継ぎするつもりで残してあるのか?」

「さぁ…私が来る前から有ったんじゃないですかねぇ…かわらけは宴会で使わなかった残りでしょうか…それは次の正月にでも使いますか。」

「よし、じゃあかわらけはそちらに置こう。それ以外は、割れていない物を避けるか。」

「では、割れている物は儂が「源爺、焼き物は割れておらんものがちゃんとある。」…そうですか。」

金継ぎもやってみたかったのか?ちょっと寂しそうだぞ。

「源爺、一通り見てからにしよう。最初から欲張ると後々困るぞ。」

「…まぁ、そうですな。そうしましょうか。」

うん、思い直したようだ。

「椀か。これは使えそうな物が多いな。米、城でまだ使うか?」

「いえ、椀は足りております。」

「では、これは狭邑の砦で使う分として分けておこう。源爺もいくつか要るだろう?」

「そうですな、椀はいくつか欲しいですな。儂の分と若様達三人の分で四つは最低でも要りましょうな。」

「嶺の分が無いと大変な事になる気がするから五つだ。」

「…そうしましょう。」


「お、やった。鍋だぞ。」

ついに鍋を発見した。小振りの鍋が三つ程出てきた。小振りと思ったが城の鍋が大きすぎるだけかもしれない。一般的な家なら十分な大きさか?

「米、これは城で使うには小さ過ぎるから仕舞われていたのかな?」

「そうでしょうね。持って行って頂いて構いません。」

「霧丸、松吉、お前達の家の鍋の大きさと比べてどうだ?」

「家のはもう少し大きい気がしますね。」

「家はこれくらいかな。」

ふむ、大家族だと少し小さいのか。

「源爺、一つ確保しておいてくれ。父上に持っていかれると困る。」

「分かりました。」

苦笑しながら源爺が答える。

「良し、残りの二つは砦用だ。湯呑みも欲しいな、どこかにないかな。」


 結局、源爺は鍋といくつかの椀に湯呑みに皿、それに箸や匙、杓子等も手に入れた。ついでに修理が必要そうな膳に碗、瓶もしっかり抑えている。やはり直してみたいらしい。

「源爺、残った焼き物も直したいか?」

「そうですなぁ、お迎えが来るまでに余裕があれば直してみたいですな。」

「では、もう少し蔵に押し込んでおくか。直した物は里の者で欲しがる者もいるだろう。」

「あぁ、それは良いですな。誰かに使って貰えるなら直す甲斐もあると言うものです。」

「では、箱一つ分くらい持って行くとするか。」

その後、漆を使った陶器の修理を一年程で習得した源爺の元には領内から焼き物の修理の依頼がちょくちょく舞い込む様になり、その礼に受け取る農作物で源爺の食卓は殊の外充実した物になっていく事になるのだが、それはまた別のお話。

 あ、結局金目の物は見つかりませんでしたよ父上…それから、残った古い膳等の塗り物も嶺の仲間に直して売るか?と聞いたのだが、木地師の仕事を減らしてくれるな、新しい物を買ってくれと言われてしまった。まぁ、そんなもんだよね。


「「ぜぇぜぇ…」」

昨日も見た様な光景だ。

「わ、わか…今日で終わりだろうな?」

「多分な…」

結局、源爺の小屋の蔵に運ぶ食器類の数は中々に膨大なものとなり、事実上、厨の倉庫の不用品をそのまま源爺の小屋の蔵に移す様なものになってしまった。現在、小屋に向かって一人一つ木箱を運んでいる。勿論、松吉の箱には重い陶器が多めに入っているのは内緒だ。

「源爺、器の修理も良いが、その前に作って欲しい物がいくつかあるのだ。」

蔵に荷物を押し込みながら源爺に言う。

「何ですかな?」

「家の前を畑にしようと思うから鍬や鋤を作って欲しいのだ。それから小さめのタコも欲しい。」

「分かりました。鉄の刃は必要ですかな?」

「付けられるのか?」

「それくらいならまぁ、出来ますぞ。鎧の修理なんかでも鉄は扱いましたからな。」

「そうか、では付けてくれると助かる。」

「分かりました。今から始めますか。」

「いや、その前に源爺の隠居祝いをしよう。漸く、鍋も手に入って料理も出来る様になったからな。」

「若様、わざわざそんな事をして頂かなくとも。」

「良いんだよ源爺、俺達だって旨い物を食いたいだけなんだ。」

松吉が中々的確に状況を捉えた発言をする。

「まぁ、そういう事だ。源爺、囲炉裏の火を強くしておいてくれ。俺達は持ってくる物がある。」

そう言うと俺達は城へ取って返した。


「源爺、この家は包丁が無いではないか…というかまな板もないぞ。」

「そうでしたな、それも必要ですな。」

この爺さんはどうやって一人で暮らして行く気だったのだろう…朝の内に水瓶用に源爺が綺麗に洗っておいた壺の水で大根を洗いながら考える。

 仕方が無いので、適当な板をまな板にして、この六年ですっかり手に馴染んだ短刀を使って大根を切る。葉は刻み、皮を剥いた本体は銀杏切にする。この大根は霧丸の家の畑で採れた物だ。勿論代金を払って買ってきてもらった。囲炉裏に掛けた鍋に水を張り米と切った大根を入れ味噌を溶かす。味噌はこの時代、各家で作られているが、この味噌は上之郷に住む味噌名人と称されている婆さんに頼んで売って貰った物だ。今日は味噌味の大根入り雑炊である。

 勿論、これだけでは終わらない。雑炊を時折杓子で掻き混ぜながら松吉の獲ってきた鳩の肉を串に刺して塩を振る。これを囲炉裏の端に立ててじっくり焼いて行く。自分で言うのもなんだが、俺は前世から割りと料理の出来る男子だったのだ。まぁ、料理なんてやるかやらないかであって出来る出来ないではないとも思うのだが…

「うひゃあ、良い匂いだ。」

「鳥の焼ける匂いは堪りませんな。」

「雑炊も味噌の良い匂いがしてきた。」


 椀に雑炊を装い、肉を皿に取り分ける。

「源爺、これは俺からの祝いだ。」

そう言って俺は酒の入った壺を取り出す。

「若様、これは忝い…」

流石の源爺も酒壺を見て顔を綻ばす。

「何、これからもまだまだ働いて貰わねばならんしな。それに城の酒がちょっとばかり減っただけよ。気にするな。」

「「…」」

さて、明日からは開墾だ。

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