9・秘密基地完成
今日は父が各家の当主を連れて狭邑郷の城跡を見に行っている。問題無ければ城や各館の守兵を使って再整備を行う事になる。つまり、不味い状況なのである…何が不味いって、秘密基地の建設に使う人手が居なくなってしまうのだ。これは非常に不味い…本当は小屋と蔵が完成した後は畑の開墾も手伝って貰おうと思っていたのだが、このままでは小屋の完成すら覚束なくなりそうだ。
という事で、今日は予定を前倒しして小屋の床を貼って貰う。俺が防衛戦略に掛かりっ切りになっている間に二度目の壁塗りは終わらせて貰っているが、まだ乾燥には時間が必要だ。しかし、それを待っていては源爺と俺達三人で残り全てをやらなくてはいけなくなるので苦肉の策だ。源爺は冬場で乾燥しているので床を貼っても床下の壁も問題無く乾くだろうとの事だ。
材料は既に完成しているので皆で板を運び組み立てる。大引までは既に渡してあるので、根太を直角に渡してから床板を貼る。ここで何か床下に断熱対策を出来たら良いのだが残念ながら妙案は浮かばなかった。きっと畳が敷ければ大幅に変わるのだろうけれど、山之井にそんな贅沢品は無い。城にも無ければ寺にも無い。
最後に囲炉裏枠を嵌めて、上には火棚と呼ばれる囲炉裏より一回り大きい厚い板を吊る。火の粉が茅葺き屋根に飛ぶのを防ぎ、上昇して逃げる熱を床に反射させる役目があるらしい。俺が前世で見たやつは格子状に組まれた物だった様な覚えがあるのだが、ここでは只の板だ。でも機能を考えたら板が正解だよな。格子状の奴はなんだったんだろう?
「ふむ、出来ましたな。」
「やったな源爺。小さいけど俺ん家より立派だぞ。」
「これは、中々立派な住まいが建ちましたな。」
今日は行連も手伝いに来ている。こいつもそろそろ引退だろう。
「まぁ、まだ乾燥を待たねばならんがな。」
「いや、もうこれで十分です。今日からここに移ろうと思います。」
源爺がホッとした様な寂しい様な口調でそう言う。
「まぁ、待て。そうは言っても源爺には一人で暮らすには足りぬ物が多かろう。鍋も皿も無いではないか。今日は源爺の荷物を運んで、明日は父上に許しを得て城の古道具を引っ張り出そう。実は、狭邑の城跡でも必要になるであろうから一度皆でやろうと思っていたのだ。」
「そ、そうですな。鍋くらいは要りますな。」
「そうだろう?俺達も生米を噛りたくないからな。」
「確かに…」
「良し、取り敢えず源爺の荷物を取りに城へ戻ろう。」
「行連は隠居したら狭邑に戻るのか?戻らぬならお主の小屋も建ててやるぞ?」
「それは悩みますな。どちらも捨て難いですな。」
「ハハハ、それなら両方にするか。」
「それは、良うございますな。」
「源爺、重すぎるぞ!一体どれだけ道具があるのだ!?」
俺が担いでいるのは源爺の道具箱の一つだ。
「何せ、親子二代で五十年以上働いておりましたからなぁ…」
そうなのだ、源爺の父親は曽祖父の代に小さな源爺を連れて山之井へやって来たらしい。元は流しの大工だった様なのだが、その腕を見込んだ曽祖父が城に住処を与え雇入れたらしい。
「「ぜぇぜぇ…」」
二人は息も絶え絶えで壺を運んでいる。あ、あの壺の中身は俺の溜め込んだ銭だった。
「若…これ中身を入れたまま運ぶ意味あんのか?」
「…」
「…霧丸、壺はここに置いておいて背負籠を持って来ないか?」
「そうだな、誰も盗んで行きはしないだろう。」
あ、あいつら勝手に道端に壺を放り出して城に戻って行ったぞ!?
「気を付けろ、これを零すと洒落にならんぞ…」
「分かってます…」
「うぅ…やっぱり蓋をしてても臭いなぁ…」
柿渋の様な危険物もある。引っくり返すと俺達が柿渋で防水加工されてしまう。
「若様、頑張って下さいよ。」
「引っくり返したら暫く城には入れて貰えませんぞ。」
予備の材木を担いだ兵達が俺達を追い抜きながらいらんことを言っていく。
「くそぅ…あいつらが戻って来た時に引っくり返してやるぞ…」
「やめてください…」
「お、終わった…」
結局四往復もしてしまった。最初に道具箱を運んだ以降、源爺は囲炉裏に火を熾し、城でもいつも掛かっていた鉄瓶で湯を沸かし始めていた。
「ご苦労様ですな。白湯でも飲みますかな?」
俺の贈った鹿の毛皮を被りながら呑気にニコニコそんな事を言う。
「暑くて適わん…水が良い…」
「俺も…」
「大体、源爺は湯呑み一つしか持って来ていないだろう…って水瓶が無いんだった…井戸に行くか…」
井戸に行き釣瓶で水を汲む。
「若、柄杓もないぞ…」
「手で掬おう…」
結局、源爺はその日から小屋に居着き、明日からの生活の準備を一人始めた。案外本人も楽しみにしていたのかもしれない。
「父上、お帰りなさいませ。」
城の門で狭邑から戻って来た父と行き会う。
「若鷹丸か。源三郎の小屋の様子は如何だ?」
おや、いきなり珍しい事を聞かれたな。
「はい、今日で粗方終わりました。」
「そうか、明日から兵を使って狭邑の城の整備をする。そちらには人は割けんからそのつもりでおれ。」
なるほど、それでこちらの進捗を聞いたのか。恐れていた通りの展開だ。今日の内に無理して床を貼っておいて良かったな。しかし、明日からとは偉く急だな。父にもそれなりに危機感が出て来てくれたのだとしたら有り難いが。
「はい、構いません。それにしても急ですね。」
「誰かさんのお陰で民を普請に駆り出せん。今からでも少しずつ進めんといつ出来るか分からんからな。」
苦虫を噛み潰したような顔をして言う。
「アハハ、炭の運上が無くなって良いのでしたら駆り出せますよ。」
思わず笑ってしまう。
「それよ、痛し痒しとは正しくこの状況よな。」
父も苦笑いだ。
「そうだ父上、台所の古道具を一度改めたいのです。狭邑の城でも煮炊き等で色々と必要になると思いますので。」
ついでに提案してみる。
「好きにせよ。高く売れそうな物があったら持って来てくれ。」
「そんな物がこの山之井にあるはずないではありませんか…」
「ワハハ、分からんぞ。ご先祖様が何か隠しておるかもしれん。」
無いだろうなぁ…
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