8・そんな気はしてた

「おぉ、中々良さそうではないか。」

忠泰叔父の弾んだ声が響く。目の前には枯れ草に覆われ、所々若木が育ち始めているが整地され、土塁や堀もしっかりと形を留めた城跡が広がっている。

 うん、まぁ、俺もそんな気はしてたんだ。最初っからここを見に来れば良いって。でもさ、

「若鷹丸よ、最初からここに来れば良かったではないか。」

「俺もそう思ったが。ここを見た後、他の場所を見に行く気にはならんだろうと思ってな。よしんば行ったとしても熱心に見ないだろう?」

「む…」

「ハハハ、若様の言う通りですな。忠泰殿は「もう、ここで良いのではないか?」等と言いそうですな。」

行昌叔父が笑ってそう言う。

「むぅ…」

否定しない辺り自覚もあるらしい。


「別に忠泰叔父だけの話ではないさ。俺だって叔父上二人だって内心は多かれ少なかれ気が抜けるだろう。そんな事より折角来たのだ、見て回ろうではないか。行昌叔父、水の手はどうしていたか聞いているか?」

「いえ、父も幼い頃に祖父に連れられて一度来ただけとの事で。」

「では、井戸がないかも気にしながら歩こう。」


「やはり、南に対する守りに主眼が置かれているように感じますな。」

「まぁ、そうなるでしょうなぁ。」

「しかし、西と北に手を加えるだけで済むなら隣の尾根に新しく作るより遥かに楽だろう。」

「ただ、やはり石垣を組んで一段足さねばならんな。」

「いや、守ると考えればこのままでも良いのではありませんか?北と西からは登る道も無く斜面も削り込んで厳しくなっていますぞ。」

「しかし、こちらから打って出る事も出来んぞ?追撃するのに一々南から回り込んでいては好機を逃すぞ。それに素通りされるとここに構える意味が無い。」

「確かにそうですな。山奥で立て籠もる城ではなく、入り口で侵入を防ぐ城ですからな。」


 一通り見て回った。

「やはり、ここで良いのではないか?」

忠泰叔父が言う。他の二人も頷く。

「砦にするにはここが良かろう。だが、城ごと移ってくるのは上手くないな。」

「ほう、それはまたなぜ?」

永由叔父が聞く。

「一つは井戸が無い事だ。あの人数分の水を毎日下まで汲みに行くのは無理がある。」

「確かにそうですな。」

「おそらく、狭邑の家がここから離れた理由もそれではなかろうか。」

「なるほど、周りが味方で固まって、守りを固める必要が無くなったから、不便に耐えられなくなって里に下りたのかもしれませんな。」

行昌叔父も納得した様子で言う。

「うん、そうかもしれんな。一応井戸は掘ってみようとは思うが。」

「それで、他には何か理由があるのですか?」

「うん、ここは場所的にもう狭邑の領地だろう。山之井の城があるのは問題が有ろう。」

「「あぁ…」」

「守りの為の城なら言い訳も立ちますが、生活の場が有るのは問題が出そうですな。」

皆も同意見の様だ。

「良し、ここに砦を築いたら、向かいに城も建てるか!」

「ワハハ、それは良いな!三つの城で山之井の守りは盤石だな。」

皆で笑いながら山を下る。

「しかし、人手が問題だな。我等の領民は農閑期の冬場も忙しいからな。普請に狩り出す訳にもいかない。」

「そうですな、城を建てるのに余所者を雇う訳にも行きませんから。夏まで待つしかないでしょうな。」

「夏場の普請ですか…不満が出そうですな。」

「領内を豊かにする為に始めた事だが、思わぬ所で問題になるものだ。」

「今年は炭焼をやめて普請を手伝えと言ってみるか?」

「やめてくれ、一揆が起きるぞ…」

「「ハハハ。」」


=紅葉丸==

「兄上。」

城を建てるかもしれない場所を見て回った帰り道、兄上に声を掛ける。聞きたい事があったのだ。

「どうした?」

「兄上はどうして守りに、それも領内に入れない事に拘るのですか?」

「それは、他所を攻めずにと言う事か?それとも領地の奥のもっと守り易い場所で守らないのかと言う事か?」

「うーん、どちらもです。」

あんまり、良く考えずに聞いたとは言い辛いので兄上の言葉に乗っかる事にする。

「まず、攻めると言う事は戦を起こすと言う事だ。戦を起こすには大義が必要だ。それが無くば賊と変わりない。それに大義が有ろうと無かろうと戦をすれば誰か死ぬ。親しい者の命を賭けてまでするべき戦なのか良く考えねばならん。領地を広げたい等という理由で安易に戦を起こすのは愚の骨頂だ。」

そうか…攻めるのには理由がいるのか。確かに訳もなく攻めてくるのは賊と同じだ。

「それに攻めると言って、どこを攻めるのだ。隣の板屋は味方だ。これを攻めると言う事は大義が立たぬ。他の味方を敵に回す事になる。残るは横手か?よしんば上手く攻め取れたとて周りは敵ばかり。孤立無援とはまさにこの事よ。攻めると言う事はその後守ると言う事だ。そこを考えねばならん。」

「なるほど…」

孝政は横手を攻め取ればと言っていたけれど、攻め取ったらそこを守らなくてはいけない。当然だ。

「もっと大きな領地が欲しいという気持ちはわからんでもない。だが、今居る領民を苦しませてまでやるべきかを考えるのだ。それに攻めた先では恨まれるぞ。領主にも民にもな。」

「…わかりました。」

孝政もそうだけど忠泰叔父上も守る事より攻める事を教えてくれる事が多い。でも攻めると言う事は思っていたより大事なのか。


「それと守りの事だが、山之井は狭い。三田寺の様に広ければ、領地の一部を荒らされても後詰めを待ち、山に立て籠もるのも良かろう。しかし、我等は荒らされるとなれば領内全て荒らされるだろう。そうなれば二度と立ち上がれぬかもしれん。それ故、領内に入れぬ事に注力している。これは父上にも上之郷の大叔父にも理解が得られている。ついでに孝政も守りについては賛同した。」

「へぇ…」

そうか、城と人だけ守れれば良い訳では無いのか。

「紅葉丸、知らぬ事、分からぬ事が有るのは悪い事ではない。知ろうとしない事が悪なのだ。俺も聞いてばかりだ。爺に御爺、紅葉丸は覚えて居らぬかもしれんが館野の義典殿にもしょっちゅう聞いている。」

「兄上でも知らぬ事を聞くのですか!?」

驚いた。兄上も知らぬ事を人に聞くのか。

「アハハ、良く思い出してみろ。俺が如何に源爺や行連を質問攻めにしていたか。」

そうだ、小さい頃から兄上は色んな人にあれこれ聞いて回っていた。あれはそういう事だったのか。

「あれは、そう言う意図があって聞いていたのですか…」

「アハハ、違う違う。俺は色々な事が知りたいだけだ。しかし、知っていれば何かの役に立つかもしれんだろ?それに知らん事を知る事は楽しいだろう?」

本当だろうか。でも知らない事を聞くのは確かに楽しい。

====


 城に戻ると紅葉丸を連れて父の元へ報告に向かう。父の部屋の前で父の部屋から出て来る母と行き会う。

「母上、只今帰りました。」

母の顔が少し強張る。

「若鷹丸殿、お帰りなさいませ。紅葉丸は迷惑を掛けませんでしたか?」

視線を落としてそう答える母。最近は常にこんな感じだ。紅葉丸に嫡男の座を望む気持ちと、それは望むべきではないと感じる気持ちがせめぎ合っているのだろうか…苦しんでいるのが伝わって来る。

「はい、紅葉丸もしっかりと自覚が出来て来たようです。」

「そうですか。紅葉丸、後で部屋へいらっしゃい。」

「紅葉丸、父上には俺から話しておく。母上の所へ行ってくれ。」

「はい、わかりました。」


「どうであった。」

父が開口一番聞いて来る。

「はい、南の尾根は芳後方面からの進行があった場合は物見の拠点としてはかなり有用でしょう。狭邑の城跡は木を抜いたり、曲輪を造り増したりしなければならぬでしょうが土塁も堀もしっかり残っております。あそこを整備するのが宜しいかと思います。」

「そうか、問題になる様な事はなかったか?」

「井戸は見当たりませんでした。大人数を入れるには適さぬかと。」

「そうか、では城を移すには適さぬな。」

「はい、それにあそこは狭邑郷です。我等が城を構えるには問題がありましょう。」

「あぁ、そうであるな。となると、我等はここだな。」

「そうですね。戦の際に砦に詰める事になるでしょう。」

「分かった。一度見て来る事にする。」

「宜しくお願い致します。」

こうして、山之井の防衛力向上計画は漸く一歩踏み出した。

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