7・築城ごっこ
防衛会議の翌日、父を始めとする各家の当主と嫡男以外の息子達は北の谷の視察に向かった。嫡男を外したのは以前同様、道中で敵対勢力と鉢合わせする危険がある事が一つ。もう一つは単に以前、俺と一緒に既に一度行っているからである。帰って来た父達と話した結果、やはり父達から見ても敵を迎え討つには途中の隘路が最適であるとの見解だった。これにより、北からの脅威へは隘路の出口での迎撃を第一案とし、間に合わぬ場合は谷の出口で迎撃するという方針となった。これに城か砦を新設する場合は、これが連動する事になる。
さて、今日は逆に嫡男連中が集まって城の候補地を見て回る。一応、霧丸と松吉も連れて来ているし、紅葉丸も連れて来た。何かの為になるかもしれんからな。
まずは朝一番で南の尾根に登る。いつも海を見に登る場所よりも遥かに西側の尾根の突端に近い辺りだ。
「流石にここはどうだ?」
眼下を見下ろしながら忠泰叔父が呆れた様に言う。目の前に見えるのは入谷にある板屋の館だ。人の動きまで丸見えである。
「俺も常用の城をここに作るのはどうかと思うが、臨時ならまぁ悪くはないのではないか?一応西の尾根と南の尾根の突端を結んだ先から東は山之井領というか落合ということになっているんだろう?」
「まぁ、そうですね。ただ、板屋は怒るでしょうなぁ…」
永由叔父も呆れた様に言う。
「だが、場所としては良いぞ。砦とはいかなくても有事の際はここに南への物見台を作るのは有効だろう。」
俺は南を指差しながら言う。指の先には三田寺の辺りでは西に向かって流れる実野川が、その先で南に向きを変え流れ行くのが見渡せる。南から敵が攻め寄せるのを察知するには領内で最適と言えるだろう。
「確かに見晴らしは文句の付けようがありせんが…一応、水の手も調べておきますか?」
行昌叔父も微妙な表情で言う。
「いや、ここに兵を入れるとすれば物見か落合を攻める敵の後ろを脅かす兵を隠す為になるだろう。そう長く籠もるとは思えないな。瓶があれば十分であろう。」
「そうですな。では次へ行きますか。」
「そうしよう。万が一、板屋の連中に見つかると煩いからな。」
そそくさと尾根から立ち去ることにする。
船で川を渡り稲荷の境内を突っ切る。我等を見付けた宮司がいつもの様に慌てて飛んで来る。
「やぁ、宮司殿。我等は通り抜けるだけなのでお気になされるな。」
「さ、左様ですか。」
一応、参拝だけはして行くか。
「そうだ、宮司殿。この裏で水が湧いている場所等ご存知無いだろうか?」
「水ですか?湧水という事で?」
「左様。少し高い場所だと尚良いのですが。」
「は、はぁ…我等が飲み水にしておる湧水がすぐ裏手の崖下にありますが。それより高い場所となりますと水が滲み出す位の場所はあっても湧き出る程の場所は存じません。」
質問の意図が分からない様子ながらも、そう教えてくれる。崖下の湧水は小川を作り境内の東を流れて狭邑川へ合流する。冷たくて旨い水が湧くので我等も夏場は何度もお世話になっている水だ。
「そうか、ありがとう。ついでに民の様子で気になる事はありませぬか?」
折角会ったのだ。領内の様子も聞いてしまう。
「やはり、戦が増えている事には不安も不満も感じているように思います。」
「だよなぁ…」
和尚の話と同じだな。
「参考になりました。また聞かせて下さい。」
「この程度、いつでもどうぞ。」
宮司と別れ、稲荷の裏手に出る。湧水を右手に見ながら斜面を見上げる。
「こう見るとなかなか急だな。」
「守ると考えるとかなり良いですな。」
叔父達も悪くない感触だ。
「ここなら物見小屋と尾根伝いに連携も出来るぞ。」
九十九折の道を登りながら言う。
「急だが高さはさほどでもないですな。我等の城の方が少し高いですぞ。」
永由叔父の言う通り木の間から見える落合の城はここより少し高い。
「曲輪を構えるとしたら二段が良いところか?」
「そうでしょうな。我が城も二段ですし、三段にすると高さの利が無くなりそうですな。」
「それと、正面は確かに急だが、左右の斜面はそれ程でもないぞ。そちらの守りを考えると石垣を組まねばならんかもしれん。」
忠泰叔父が指摘する。確かにこの尾根は中之郷や下之郷の子供達が気楽に登れる程度の尾根だ。突端の傾斜ばかり見ていたが脇が甘かったか。
「確かにそうだな。やるとしたら頂上の平地を広げる為に削った土で斜面に版築で土塁を作るような感じで下の曲輪を作るか?」
「ん?どういう事だ?」
イメージが伝わらなかったか。
「まず、我等の居るこの頂上は建物を建てるには狭いだろ?」
「そうだな。」
「だから、平らになるように頭を少し削る事になる。」
地面に枝で山の形を描き、その上部に横に線を引く。
「うん。あぁ、その削った土を中段に盛るのか。」
「そういう事だ。まぁ、大事には変わりないな。」
やはり、図示すると伝わりやすいな。
「北側はどうするのです?堀切を切ることになりましょうか?」
行昌叔父が言う。
「俺にはそれしか思い付かんが皆はどうだ?」
叔父達も他に案は無さそうだ。
そこで俺は山之井籠からメモ帳を取り出し大まかな図面を書き始める。
「お前、そんなもん持ち歩いてるのか。」
忠泰叔父が呆れた様に言う。
「ん?知らなかったのか?籠を作った時から入っているぞ?」
「何?そうなのか?」
「良く、何やら書き留めておりますぞ?」
永由叔父が補足してくれる。
「そうなのか…全然知らなかった。」
六年前に始めた山之井籠の生産は着実に今も続いている。他の領地でも生産が始まり、値も大分落ち着いているが、山之井産の山之井籠は本家として狙い通り一定の付加価値が付いている。その為、冬の女性陣の仕事としてすっかり定着した。葛籠より遥かに小さい山之井籠は、大きな葛籠では問題になる歪みも、ズレが大きくなる前に完成する事から作れる人数が多いのも特徴だろう。因みに、俺のメモ帳は与平も使い始めた。屋外での取引の多い行商人には使い勝手が良いだろう。
「下の曲輪は左右と正面で高さを変えるべきかな?」
「変えるべきでしょうな。」
すかさず、行昌叔父が答える。
「なぜだ?」
「例えば正面を一段下げて、道を左右の曲輪に繋げれば正面の曲輪から直接上の曲輪へ攻め込まれないでしょう。」
「あぁ、そうか。中で敵を遠回りさせるのか。」
そう言えば前世の城や城下町も変な所にクランクがあったり遠回りさせたりする様に出来ていたっけ。
「実際には各曲輪の守りやすさ等を考慮して決めることになるでしょうな。」
「なるほど、そこは一見で決められるものではないな。」
「そうですな。」
「南を固めるか東を固めるか…現状の脅威を考えると東から敵が攻めかかって来る可能性が高いか?となると東を下げて、中央と南から援護出来る形が良いだろうか。しかし、東を下げて容易に攻め寄せられる様にするのも上手くない気もする…悩ましいな…」
城造りは考える事が多いな。あ、井戸を掘るならそれも考慮しないと…崖下の泉を考えると南を下げて、崖下と同じ深さまで掘れば水は出るような気はするがどうかな…
「若様、時もありませんので悩むのは帰ってからにして次へ参りましょう。」
思考の
「そうだな。そうしよう。行昌叔父、あの辺りだろう?」
俺は東の谷向こうの尾根の突端を指差しながら聞く。
「そう聞いております。こう見ると確かに木が疎らな場所が有りますな。」
「地面も平らに慣らしてある様にも見えますな。」
行昌叔父に続いて永由叔父も言う。
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