6・山之井防衛戦略会議弐
部屋は兄上の話を聞いて静まり返っている。
「まぁ、全ては可能性の話だ。南の話は今すぐどうこうではない。我等の生きている内には起こらんかもしれん。しかし、いざと言うときに慌てても遅いであろう?」
「それは、間違いありませんな。」
兄上の少し冗談めかした言い様に場が少し和らぐ。
「しかし、北からの脅威は本物だ。それをどこで、どの様に迎え討つか等、ある程度の方針があれば、いざ事が起こった時に慌てずに済む。それ故、皆で知恵を絞ろうと言うのが今回の趣旨よ。」
「ハハハ、やっとここから本題ですか。」
忠泰叔父上が場を明るくするように笑う。皆からも釣られて笑い声が漏れた。
「そう言えば若鷹丸は城の場所にも文句を言っていたな。」
忠泰叔父上が言うと、
「上之郷の館も守りが薄いと文句を言われたわい。」
大叔父も続ける。
「某も同じ事を言われましたな。」
更に狭邑の行賢殿も言う。三人共に少し戯けた様子だ。場を盛り上げようという気遣いかもしれない。
「ほう、若鷹丸。不満が有るなら言ってみよ。」
父上が少し怒った様な、興味がある様な声で言う。
「はい、まずこの城は場所が宜しくないです。唯一の利は尾根伝いに篠山城と行来出来ること位でしょうか。」
「「篠山城?」」
何人かの声が重なる。俺も篠山城と言う城は知らない。
「ゴホン…我等の城の名でござる。」
爺が言い辛そうに言う。
「落合城じゃなかったのか…」
しまった、思わず声に出てしまった…
「俺もそう思っていた…」
「某も…」
「同じく…」
忠泰叔父上の発言に、行昌殿、行和殿の兄弟が続く。下の孝泰叔父上と繁泰叔父上も深く頷く。
「ハハハ、我等も普段は落合の城と呼んでしまうからな。知らぬ者がいるのも当然だろう。」
兄上が笑いながら言う。
「話が逸れたが、二つの城は尾根で繋がっている事は利点だ。しかしお互いを見通す事が出来ない故、連携して守りを敷く事は難しいのではないだろうか。そして、父上!この城は場所は低いわ、斜面は緩いわ、堀は無いわで、守りだけを見れば良い所が一つもないではありませんか。」
兄上が勢い良く父上に言う。
「そ、そうかな…」
「ご自分がこの城を攻めると考えてみて下さい。どうです!?」
「うーむ…確かにすぐ落とせる気がする…」
「そうでありましょう?しかも、この城が囲まれた時点で山之井に残っている集落は上之郷だけです。何も守れないではありませんか!?」
「た、確かに、そう言われると…しかし、城を移すのは大事だぞ?銭も掛かる。」
「そういう時に使う為に、俺はせっせと銭を稼ぐ方法を考えているのではありませんか。別に何の意味もなく銭稼ぎをしている訳ではありませんぞ。」
「趣味かと思っていたわ。」
父上の言葉に皆が頷く…俺も思う、半分は兄上の趣味じゃないかと…
「コホン…別にこの城の役目を全て移す必要はありますまい。砦でも良いのです。板屋の様に普段の居場所と戦時の居場所を変える訳です。」
「板屋の真似をするのか?」
物凄く不満そうな声が父上から出た。
「板屋の間抜けは谷の入口に愚かにも守りを考えずに館を建てました。あんな物は戦になって真っ先に松明になってしまえば宜しい。それに対して我等の城はれっきとした城ではないですか。比べ物になりません。」
「そ、そうか、それなら良いのだ。」
何か父上が兄上に上手いこと騙されている気がする…
「そもそも、父上。敵が侵入したとして、どこで迎え討つおつもりですか?」
「それは、どの段階で察知出来るかによるではないか。その都度状況を見て決めねばならん。」
「最終的にはその通りでしょう。しかし、予め敵を優位に待ち受けられる箇所の選定や、到達までに余裕のある時、ない時での方針等はあった方が良いと思いませんか?」
「それは良い考えだと思う。それなら殿が留守の時でも儂等も落ち着いて対応出来よう。」
大叔父上が声を弾ませて兄上に賛意を示す。確かに兄上の言う通り、やる事が先に決まっていれば皆も動きやすいかもしれない。
「確かに儂が留守の時を考えると良い考えか。皆も異論無いか?」
父上が皆を見渡す。誰からも異論は出ない。孝政も反対する理由が無い様だ。
「では、その様にしよう。一度皆で谷を見に行く必要があるな。」
「それと、実際の横手までの道もですね。ただ、今は時期的にどうかと思いますが…」
兄上がそう続けた。
「何か問題でも?」
永由殿が聞く。
「今は葉も落ち、下草も枯れている。歩きやすいが丸見えだ。なるべく隠密に事を運びたいだろう?」
「あぁ、それはそうですね。」
「では、近い内に一度皆で谷を見に行く事とする。他にはあるか?」
谷を見に行くらしい。俺も連れて行って貰えるのだろうか?
でも、全て兄上の考えに沿って皆が話を進んでいる様に感じる。やはり兄上は凄いのかもしれない。
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「城と砦の候補地も考えておきたいと思います。」
谷での防衛線の策定は理解を得られた。ついでに拠点の話もしてしまいたい。
「そうでしたな、そもそもその話でしたな。」
爺が後押ししてくれる。
「しかし、費えも考えませんと。」
すかさず孝政が口を挟んでくる。
「なに、まずは大まかな縄張りを考えるだけだ。むしろ、費えについても計画があった方が検討しやすかろう?」
「それは確かに…」
「さて、篠山城との連携を考えると候補は概ね三ヶ所考えられるでしょう。南からの侵入に対するなら南の尾根の先端近辺。」
「そ、それはマズいだろう…」
呆れた様に父が答える。
「そうですな。板屋が黙っておるまい。それに三田寺も良い顔はせんでしょう。」
大叔父も続く。
「うん、そうだろうな。ただ、南からの脅威が現実になった時に場所の目星が付いていると良いかとも思う故、見に行く位はしても良いかと。というか他の候補も取り敢えず見に行くだけですが。」
俺もこの案は現実的とは考えていない。
「次は稲荷の裏の尾根の突端。ここは篠山城からも良く見えるし連携も取りやすい。そして北の谷の出口も抑えられる。広さに問題無ければここが一番良いと思う。ただ、落合と下之郷は守り切れんが…」
「あれもこれもと欲張る事はありますまい。出来る事から考えれば良いのです。」
爺にそう諭される。やはり、全て守りたいと言うのはやはり贅沢か。
「谷の東ではいけませんかな?」
行賢がそう言う。
「狭邑側の尾根か?滝のある尾根の。」
「左様。あそこには我等の先祖が使っておった城跡がありますが。」
「…は?」
思わず心の声が口から出る。
「おぉ、そんなもんもあったのぅ。稲荷の境内から良く見えたもんだ。懐かしいのぉ。」
頼泰大叔父が暢気な声で言う。思わず父を見る。
「そんな目で見るな。儂も初めて聞いたわ。」
そんな目で見ただろうか。
「我等も初めて聞きました。」
狭邑の息子二人も知らなかったようだ。
「儂が小さな頃までの話よ、若い者が知らぬのも仕方ない。」
「左様ですな。某も子供の時分に一度行ったきりですが、その時ですらもう草に覆われておりました。」
頼泰大叔父に続いて行賢大叔父も言う。
「そもそもどうしてその城は棄てられたのだ?」
「山之井との関係が固まったから、必要を感じなくなったのでしょう。あの場所は狭邑の集落からは少し離れておりますしな。」
うーん…分からんでもないが、もうちょっと危機感を持って欲しい気がする。
「それでは、谷で守りに適した場所の選定と砦の候補地の下見。これらを改めてということで。」
俺が纏めに入ると、
「若鷹丸。三つ目を聞いていないぞ?」
忠泰叔父が余計な事を聞いてくる。勢い余って三つと言ったが三つ目は我ながらあんまりな案なので正直披露したくなかったのだ。
「…寺だ。」
「「は?」」
皆が豆鉄砲を食らった様な顔をする。
「寺から物見小屋の辺りまでを使う事を考えていた。」
「寺はどうするのだ?」
「勿論どかすのだ。」
「どこにどかすのだ?」
「ここだ…最悪の場合は寺と城を丸ごと入れ替える事を考えていた。」
「お前…それはあんまりじゃないか?和尚が卒倒するぞ。」
「だから言わずに黙っていたのではないか…」
皆の視線が痛い…
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