5・山之井防衛戦略会議壱

 源爺の隠居小屋が壁の乾燥待ちになったある日、正月明け最初の爺との講義でやはり山之井の守りは問題が多いと言う話になった。そこで俺は爺を連れて父の下を訪れた。

「ふむ、山之井の守りな。お主は以前から気にしておったな。」

「はい、確かにここ百年程山之井が直接の戦場になった事はありませぬ。それ故、油断が見られるのではないかと。」

「確かに山之井が戦場になる事は無いと思っている者は多いかもしれん。」

父が思案顔で言う。

「ですが、あの時から状況が変わりました。」

「北の谷か…」

苦々しく父が言う。

「はい、南からの侵入も無いとは言えませんが。現状一番の問題は北でしょう。」

「み、南からと言うのはどういう事です!?」

父の横に控えていた孝政が慌てた様子で聞く。

「その辺りも含めて一度皆で意見をぶつけて見るのは如何かと思いまして。」

「ふむ…」

「殿、若は何も新しい城を建てろ等と申されておる訳ではありませぬ。色々な視点から皆で意見を出し合えば皆の意識も向上しようという事です。他の者にも刺激になるでしょう。やってみても宜しいのではありませぬか?」

煮え切らない父に爺がそう後押しする。

「まぁ、そうだな。では、皆を呼んでみるか。」

と、決まったところで、

「孝政、お前にも出て貰うぞ。」

俺は間を置かず、そう告げる。

「は、某もでございますか?」

「当たり前だ。山之井の武士は皆だ。お前は我等よりマシな教育を受けているだろうし、内務方の意見も重要だ。」

「は、はぁ、それでしたら。」

目を白黒させながら答える孝政。自分は蚊帳の外から文句だけ言う気だったのかもしれんが、そうはさせんぞ。

「それから、紅葉丸も今後の為に同席させたいと思いますが、宜しいでしょうか?」


==紅葉丸==

 城の広間に山之井の者達が皆集まっている。上之郷の分家、狭邑郷の狭邑家、落合郷の大迫家から元服済の者は全員だ。兄上の、発案で集まったらしい。山之井の守りについて話をするそうだ。この様な集まりに呼ばれるのは初めての事だ。父上からは分からずとも聞いていれば良い。それだけでも勉強になると言われたが正直自信がない…

「皆にも既に伝えてあるが若鷹丸の言により山之井の守りについて一度皆で意見を出し合おうと言う話になった。ついては、皆も思うところを忌憚なく言って欲しい。では若鷹丸、始めてくれ。」


 父の言葉を受けて、兄上が話を始める。

「はい。一部の者には以前にも言った事があるが、山之井は守りに対する意識が極めて低いと言わざるを得ない。これは、山之井への侵入経路が南だけしかなく、しかも南は皆、味方の領地である事が大きな要因だ。現に、ここ百年山之井が直接の戦火に晒された事は無い。」

 一度、言葉を区切り皆の様子を伺っている。流石に、ここまでは基本的な事過ぎて俺でも理解出来る。

「しかし、状況は変わりつつある。」

「北ですか。」

兄上の言葉に答えたのは上之郷の頼泰大叔父だ。親族衆の最年長者として山之井を影から支えている。父上が戦で留守にされる時は城で留守居もする、穏やかで皆に信頼されている人物だ。

「そうだ、もう六年になる。あれ以来、北からの侵入は無いが、だからと言ってこれからも無いとは言えんし警戒を緩める訳にはいかん。」

かすかに覚えている。ある日、突然城内が騒がしくなったと思ったら兄上が兵を率いて城から飛び出して行ったのだ。今の俺より三つも年下だった兄上は、見事に兵や民を指揮して北から侵入した賊を討った。今の自分にはとても出来るとは思えない。

「それにもう一つ。」

「若鷹丸、しかし南というのはどうにも実感が…」

今度は忠泰叔父だ。大叔父の嫡男で面倒見が良く、若手の纏め役でもある。俺も兄上も小さい頃からとても良くして貰っている。そして、俺の傅役の一人でもある。しかし、南とはどう言う意味だろう。南が安全だから山之井は守りの意識が低いと言う話だったのに。

「若様、昨日も仰っておりましたが南とはどういう事なのです!?南は味方ばかりとご自分でも仰ったではないですか。まさかお味方に弓を引かれるおつもりか!?」

いつもの様に甲高い声で兄上に詰め寄る孝政。三田寺から母に付き従って来ている男だ。細かな政務が得意で様々な分野に明るいので父上も頼りにしているし、母上も同様だ。ただ、兄上を始め、山之井の者を低く見ているのは隠せていないし、当然人間関係は上手くいっていない。母には頻りに俺を嫡男にと言っているし、何なら俺にも「貴方様は三田寺の血を引くのだがら山之井を継ぐのは貴方様でなければならないのです。」等と平気で言ってくる。しかも困った事に俺のもう一人の傅役なのだ。忠泰叔父と上手く行くはずがないのは傅役が付けられた六歳の俺でも分かる事だった。しかし、今は孝政に同意だ。


 兄上がまた皆を見回してから話を始める。

「まず、俺が感じている具体的な脅威について共有しておく。当然だが北の事だ。」

具体的とはどういう事か。何人か顔を強張らせる人間が居る。忠泰叔父と大迫の嫡男である永由殿、それと狭邑の嫡男の行昌殿か。

「山の民の話では、北の谷を使えば実野の横手から山之井まで一日あれば来られると。」

「なっ…」

皆が絶句する。部屋には一気に緊張感が走る。

「若鷹丸。それは確かな話か?」

父が力の籠もった目をして聞く。

「聞いた話ではありますが、嘘を吐く必要は感じません。」

兄上はハッキリと言い返した。

「横手から一日で…」

父が呻く様に言う。

「父上、それは彼等の足でならです。まして戦支度をしてとなれば、早く見ても二日は掛かりましょう。」

「それでも二日ではないか。」

「ですから、守りに不安があると申しておるのではありませんか。」

「なぜ、今まで言わなかった。」

「昨日、この集まりのお許しが出なければお伝えしようとは思っていたのですが、お許し頂けたので皆と一緒に伝えた方が話が早いかと思いまして。」

父上の詰問もどこ吹く風と言った様子で兄上が答える。

「それは、こちらからも二日で攻め込めるというコトでもありますぞ殿。」

少し弾んだ様に孝政が言う。

「孝政、それは考えが甘い。」

兄上が、それをピシャリと止める。

「な、何故です?」

焦ったように聞き返す。

「こちらからは登りだ。その分余裕を見ねばならん。しかも、隘路だ。隊列は縦に伸びる。軍勢を率いてとなれば更に多くの時間が必要だし、危険も多い。それは兵の数が増える程増すぞ。まぁ、登り以外は相手も同じだがな。」

兄上が冷静に考えを伝える。

「しかし、攻め込める事には違いありますまい?」

「勿論だ、ただ少数で攻め込んで何をする?刈田か?焼き討ちか?精々嫌がらせが良いとこだぞ。しかも、こちらがやれば向こうも来るぞ。お得意の算術で考えてみよ、どう考えても収支が合わぬわ。」

孝政が言い淀む様子を見せると、

「お主、まさか横手を攻め取ろう等と考えてはおらんだろうな?」

兄上がまさかと言った様子で聞く。

「い、いけませぬか?」

「当たり前だ。頭ごなしに攻め取れぬとは言わぬが、どう維持するつもりだ?敵のど真ん中で、味方は片道二、三日掛かる山の向こう。しかも谷を塞げば遮断出来るときた、そんな所を切り取って何をするつもりだ。」

孝政は顔を赤くして黙り込んでしまった。兄上の勝ちだ。まぁ、孝政が勝つ所を見た事は無いのだけれど…


 そこへ、大迫の爺が声を掛ける。まぁ、兄上の御爺で傅役だから俺の爺ではないんだけど、昔から兄上が爺と呼ぶので俺も爺と呼んでいる。

「まぁ、攻める攻めないは又の話として、南はどうなのです。」

「そ、そうです!南とはなんなのです!?」

孝政、立ち直りが早いな。

「うん、こちらは北のように今すぐに何かあるという話ではない。だが、南から山之井が攻められる場合は二つだろう。」

「ほう、二つもあるのか?」

父上も意外そうに聞き返している。

「はい父上。一つは跡目争い。例えば守護様や守護代様のお家で跡目争いが起こったとき。国内が綺麗に片方に纏まるとは思えませぬ。そもそも纏まらなかった故の跡目争いな訳ですが。三原様が担ぐ跡目候補に従わぬ者もおりましょう。意外と忘れがちですが山之井川の西は三田寺の勢力範囲ではありませんぞ。」

「つまり若様は、南というより西を警戒していると?」

狭邑の行昌殿が聞く。

「そうだ、それこそ横手等より遥かに近い場所だぞ。半日で来る。残念だが三田寺と宇津、小高は仲が良いとは言えぬ。」

確かに三田寺と東の宇津は仲が良くないと聞く。小高は西の国境を守る寄り親の国人だ。こちらは余り話に聞かない。関係が余り深くないのだろうか?

「しかし、そんな気配は…」

孝政がまだ食い下がる。

「うむ、だから可能性の話よ。だが、三田寺も長男は亡くなった。典道叔父上が居たから良かったが、そうでなく争いが起こった話は古今幾らでも有ろう。」

「それは、まぁ…」

孝政は歴史や故事に詳しい、思い当たるところがあったようだ。

「それに、もう一つ。こちらの方が現実的には危険だろう。ここの所、西の国境が騷しいらしい。どうも割れていた芳後が纏まりつつあるらしい。小競り合いが増えているらしい。」

「ふむ、孝政、聞いているか?」

父上が孝政に聞く。

「いえ、某は…」

「若鷹丸、真か?」

「はい、奥津の湊からの話です。現地の者はかなり警戒しているようです。」

奥津の湊、きっと霧丸が与平の話を持って来たのだろう。

「しかし、それが山之井に影響しますか?」

大迫の永由殿が聞く。

「うん、まず芳後の連中が大挙して攻め寄せたら小高だけで防ぐのは難しいだろう。我等が後詰めをせねばならぬはずだ。」

「そうですな。」

「しかし、その時に実野は大人しくするかな?」

「むぅ…」

皆が黙り込む。

「しかし、芳中を飲み込むことは出来ますまい?」

再び永由殿だ。

「うん、それは流石に無理だろう。では、叔父上ならどこを狙う?」

「まぁ、実野川の西まででしょうか…あっ!」

「気付いたか?」

「えぇ、そのまま川沿いを北に進めば…」

「そう、山之井だ。」

皆の顔がまた強張った。

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