4・そんなにすぐには出来ません
漸く、十日が経った。一昨日は軽く雨も降ったのできっと地面はしっかりと固まっている事だろう。そうに違いない。
皆で材木を担いで苺の丘を目指す。雨の前の日に、丘に上がる為の階段(公園の林道で見る様な細い丸太で土留めをした簡素なものだが)も拵えておいたので重い物を担いでも登りやすくなっている。
全ての材木を運ぶのに昼前まで掛かった。そこからは物見小屋の時と同様だ。梁を組んだ柱を立ち上げ、それを更に梁で繋ぐ。それを二箇所で行う。そう二箇所である。一つは源爺の隠居小屋。もう一つは蔵である。源爺は蔵など要らんと言うのだが、俺が要るのだ。絶対に要るのだ!
という事で寄棟の小屋と切妻の蔵の柱が立った所で今日は終了。手伝いの礼に今日からは栗餅を兵達に振る舞う事にした。粉にした勝栗が減らないのだ。
その翌日は屋根板を貼り、茅で葺く。それが済んだら、今度は壁だ。小舞と呼ばれる縦横に竹で編んだ格子状の板を下地として、土や粘土、短く切った藁を混ぜて、水を加えて撹拌した泥状の物を塗っていく。要するに左官だ。山之井には左官職人等いないので皆でせっせと塗っていく。逆に言えば皆、この程度の事は出来るのだ。勿論出来は個人差が大きいのだが…これを半月程乾燥させて、もう少し目の細かい土を塗ってもう一度乾燥。それでようやく完成となる。
「先は長いな…」
「ハハハ、若様、家はそんなにすぐには出来ませんぜ。」
城の兵に笑われてしまった。そんなこと、分かってるけどさぁ。
そのまた翌日は、土間に竈を作る。これも土壁と似たような作り方だが中空構造なので中に板や竹で支えを組んでから周りに土を積んでいく。同時に一間しかない部屋の中央に囲炉裏を組む。基礎は石を環状に積み上げて、隙間を粘土で塞ぎ、中に灰を入れるだけなのですぐに出来る。上部は床を敷くときに一緒にやる事になる。と、言うことで壁が乾くまで家造りは一旦お休みになってしまった。一方で蔵の方には床板を先に敷いた。
兵達は城へ帰って行ったが、俺と松吉は家の前でぼんやりとしている。それを見た源爺が、
「若様、今日はもう良いのでは?」
と、聞いてくるので、
「いや、今日はこれからが本番なんだ。」
と、答えておく。源爺は良く分からないが先に帰るわけにもいかんと思ったのか、一緒にぼんやりする事にしたようだ。
「源爺、そこの南向きの窓には縁側を付けよう。温かい日には良かろう。」
「それは良さそうですな。今はまだ肌寒いですが、もう二月もすれば良い日和になりましょう。して、ちと寒いですが、いつまで待つのです?」
源爺は体が冷えてきた様だ。
「そろそろだと思うんだが…「若様ー、居ますかぁ!?」お、来たな。行こう。」
「今の声は霧丸ですか?」
「そうだ、行くぞ。」
階段を下りて河原へ行く。そこには米俵を積んだ船と霧丸が居る。
「これで全部か?」
船に積まれた三俵の米俵を見て霧丸に聞く。
「いえ、下にもう半分。これ以上積むと底を擦るって言うから。」
だろうな、炭俵と米俵では重さが倍近く違う。
「よし、一人一俵だ。上まで運ぶぞ。」
「良し来た!」
「若様、儂等が運びますから。」
船頭が気を使って言ってくれる。
「いや、その間に残りも運んでくれるか?それと、これは運び賃だ。下の大船の連中にも渡してくれるか?」
「へい、分かりました。急いで行ってきますわ。」
銭を受け取った船頭はそう言うと、船を返して川を下って行く。
「若様、これは一体?」
困惑した様子の源爺。
「源爺、お主隠居した後は何を食う気だったのだ?」
「いや、それは…まぁ…」
「それにこれは俺達の食う分も入っているしな。」
米を運びながらそう答える。霧丸には正月明けから与平の所に米を買い付けに行って貰ったのだ。それを炭運びの帰りに積んで貰った。山之井ではすっかり夏に米を売るのが根付いてしまったので、この時期に米を売ってくれとは言い辛い空気があるのだ。まぁ、そういう風にしたのは俺なんだが。
「な?蔵が必要だったろう?」
源爺は苦笑しきりだ。
「霧丸、相場はどうだった?」
これを見越して先に床を敷いた蔵に米俵を降ろしながら聞く。
「全体的にちょっと上がってます。特に鉄と革が。米もちょっと上がっているけど与平さんがいつもの相場で良いって。」
「そうか、米が上がっていないなら夏かな…」
戦が近いかもしれない。彼等に連絡を密にする様に頼もう。
「あれっ!?こんな所に家が建ってる!」
来たようだ。図ったようなタイミングで嶺がやって来た。
「嶺、こっちだ。」
「あ、若鷹丸。なんだよこれ?」
定吉の家に、山の民への呼び出しの合図を掲げて貰ったのだが、使いには嶺が来たようだ。
「源爺が御役御免で隠居するんだ。ここはその為の家さ。」
「へー、爺ちゃん隠居するのか。」
俺の説明に声を上げる嶺。あれ以来、俺が着せてやった着物が大層お気に召したのか、しょっちゅうやって来るようになった嶺は、源爺はおろか城の者なら大概は顔見知り。なんなら里の者も大凡彼女の事を知っている程、山之井に顔が知れ渡っている。尤も、今では彼女もそれなりに綺麗な着物に身を包めるようになったのだが、なんだかんだと山之井に入り浸っている。
「それにしても早かったな。合図を出したのは今朝だぞ。」
「あぁ、今日は風呂に来るつもりだったのさ。」
「あぁ、それでか。」
納得だ。炭を売り始めてから暫くして、漸く父が中之郷に建てた風呂は瞬く間に領民の心を掴み、あっという間に見様見真似の風呂が各集落に建つに至った。何せ燃料は文字通り売る程有る山之井だ、普及も早かった。更に取引で山之井を訪れる様になった山の民もこれに加わる。俺が
「おぅ、風呂かい?」
と、声が掛かる様な有様である。そこまで好きなら自分達の集落にも風呂を建てれば良さそうなものだが、なぜだか今でも山之井に風呂に入りにやって来るのだ。
「それで、用はなんだい?」
嶺が用件を聞いてくる。
「あぁ、ここに小さいが蔵を建てる。その左の方だ。今後はお前達の荷はここに保管しようと思ってな。今度からはここへ持って来て欲しいんだ。」
「あぁ、そうなのか。確かに定吉さんところは手狭だものね。」
それに、定吉の奥さんはちょっと気が弱いからな。未だに山の民が訪ねて来ると腰が退けるらしい…嶺達には内緒だが。
「あぁ、交換した米なんかもここに置いて、何度かに分けて運んでくれても構わない。」
「それは助かるね。あんたのお陰で前より米が手に入るようになったのは嬉しいんだけど運ぶのは大変だったからね。」
「それと、ここから合図を掲げても見えるか?」
「お城も見えるから大丈夫だと思うよ。」
「じゃあ、今後はここに竿を立てて合図を出すな。」
「分かった、皆に言っておくよ。用はそんだけかい?」
「いや、もう一点重要な用が出来たんだが。光繁が来ているなら直接伝えた方が良い。後で俺も一緒に行く。」
「今じゃないのかい?」
「今は荷を待っているんだ。」
「ふーん?久し振りに一緒に入る?」
おい、十二歳…そろそろ恥じらいを持てよ…武家では嫁に出てもおかしくない年頃なんだぞ…
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