3・もう、いいんじゃないかな?

 皆で震えながら米達が急いで拵えてくれた葱の味噌汁を啜る。足は湯を張った盥に突っ込んでいる。

「全く…どうして若様はいつもいつもこう急なのです…」

「井戸が無いと暮らし辛いではないか。それに米が御役御免の時も、欲しければあの丘に小屋を建ててやるぞ?」

「…私は実家に帰りますよ。」

そう言いながら照れた様な顔をして厨に引っ込んだ。


 翌日、井戸掘りの続きをやる。井戸底は据え付けた桶の上、半尺程迄水が溜まっていた。今日は井戸の崩落を防ぐ為に内側に大きめの石を積んで行く。昨日掘り出した石では全然足りないので皆で河原に拾いに行く。今日も人海戦術だ。え?十人しかいないって?山之井ではこれでも沢山なんですぅ!!はっ!?俺は一体誰に言っているんだ??やはり単調な作業はおかしな思考に陥るな。

 十分な数の石を運んだら交代で石を積む。最後に源爺が作っておいた井戸枠を設置したら完成だ。まぁ、地下水と言うよりは川の伏流水の可能性が高そうなので大雨の後とかは濁ったりするかもしれない。その辺は今後の様子次第だな。

 源爺が縄に繋いだ釣瓶を落とす。水が入った手応えが有ったら引き上げる。そう言えば屋根に滑車を付けて引き上げるタイプの釣瓶は見ないな。まだ普及していないのか、はたまた田舎だからか。あっちの方が体重で引けて楽そうなんだが。まぁ今言うと「まだ作るのか」と源爺に言われそうだから様子をみて提案してみよう。

「ふむ、良さそうですな。」

源爺も満足気だ。

「水瓶はあるのか?」

「壺がいくつか有りますからそれで良いでしょう。」

「家が出来たら、城の納戸を漁って来よう。足らないもので、他にも何か良い物が有るかもしれん。」

「若様、またそのような…」

「良いのだ。大分前に台所を漁ったところ使いもしない古い食器がゴロゴロ出て来たんだ。米ですら使った覚えの無い物だってあるのだ。使わんなら必要な所で使っても構うまい。」


 井戸は昼前には完成した。完成したのだが…

「なぁ、源爺…もう、いいんじゃないか?」

整地された方を見ながら俺が言うと、

「若様、若様が十日と仰ったのではありませんか。まだ七日ですぞ。」

そう、もう家を建てたくて仕方無いのだ。

「七日も十日も大きく変わらぬのではないか?」

「三分も違うではありませんか…」

「若、諦めて久し振りに一緒に稽古しようぜ。」

「むぅ…」

松吉に窘められては男が廃る。仕方無い、今日は諦めるか。


 河原で久し振りに木刀を振る。最近は父から打ち込みも習っているので松吉にも教えたのだが、こいつは背丈も俺と変わらず五尺近く力も強い。受けるのが大変なのだ。

「剣はすっかり追い付かれてしまったな。」

「本当か!?」

跳びつく様に聞いて来る。

「あぁ、自分でもそう変わらないと感じるだろ?」

「まぁ、全然敵わないとは思わなくなったけどさ。」

「お互い大差無いと思っているなら間違い無いだろ。お前はもう剣では俺と互角だ。」

「そうかぁ、そうかぁ…」

感慨深そうに自分の掌を見つめている。そこにはいくつものマメが有り、松吉の日々の積み重ねをしっかりと表していた。

「だから、そろそろ槍と弓も本腰を入れて稽古しろよ。いくら剣が強くても槍が有利なのは変わらないんだからな。それに弓も、定吉がお前はもっと落ち着いて狙えば当たる様な時も急いで撃ってしまうから当たらんと言っていたぞ。」

「うっ…槍かぁ…」

途端に顔を顰める。

「というか、槍の何が気に入らんのだ?」

前から気になっていたので聞いてみる。

「いや、剣の方が格好良いからなぁ…」

「松吉…それは分かる。確かに剣の方が格好良い。」

「若にも分かるのか!?」

「確かに槍はちょっと地味だ。それは認める。」

「そうなんだよなぁ、槍はなんかなぁ!」

「しかし、それでは戦に連れて行けんぞ?」

「そ、そうか、でも…」

思い入れが強いなぁ…

「じゃあ、俺は槍を持つから軽く打ち合いをしてみるか?良いか、軽くだぞ。ちゃんと止めろよ?」

「そんな、念を押して言わなくても分かったよ。」

自分から提案しておいてなんだが、防具も無しに木刀とチャンバラするのだ念も押したくなる。


 少し距離を取って相対する。松吉は正眼の構え、俺は左前半身の構えと、お互い基本の構えだ。松吉がジリジリと距離を詰めて来る。こちらは待ちの一手だ。こちらの間合いの手前から速度を上げて一歩踏み込み木刀を振りかぶる。松吉らしく正面突撃だ。しかし、そこを狙ってこちらも一歩踏み出し槍を突き出す。腹を狙った槍は当たる寸前で止まらず、わずかに松吉の腹に食い込んだ。

「ぐぇっ…」

「あ、すまん!」

思ったより松吉の飛び込みが早くて槍が止まりきらなかったのだ。骨の無い腹を狙っておいて良かった。

「思ったよりお前の動きが速かったんだ、許せ。やっぱり危ないから止めよう。」

「い、いや、もう一回だけ!もう一回だけ頼む!!」

俺の提案を慌てて遮る松吉。

「じゃあ、もう一回だけだぞ。軽くだからな!さっきのよりもっと軽くだぞ!!」

「わ、分かってる!」

 そう言うと、再び距離を取る松吉。今度は円を描いてこちらの左に回り込もうと動く。松吉も、しっかりと考えて行動する様になってきている。だが、こちらもしっかりと待ちの態勢から左足を軸に回転して正対する様に動く。そして、松吉の右足が左足と交差した瞬間に一歩踏み込み槍を突き出すフェイントを掛ける。途端に慌てて跳び下がる松吉。

「くそぉ…駄目かぁ…」

「ハハハ、右足から動いたのが失敗だったな。左足と交差すると動きが制限されるだろ。」

「あぁ、しまった。そうかぁ…足が交差したら前には出られないのか。」

「でも、それでなくとも手は無かっただろ?」

「まぁなぁ…やっぱり槍には勝てないのかなぁ…」

ガックリ来ている松吉。

「そんな事はなかろうが、槍の方が楽だろうな。ただ剣が頼みの綱なのは間違いないだろ?」

「そうかなぁ?」

「そうだろ、戦場では刀は最後に抜く物だからな。最後に自分や仲間を救ってくれるのは剣術だ。これは間違い無い。」

「そうか、そうだな。」

「だから、両方出来る様になっておけ。一番は剣術で構わんから。」

「分かった。そうする。」

「今度、爺に槍に剣で立ち向かうにはどうすれば良いか聞いてみたらどうだ?」

「おぉ、そうだな。それが良い!」

気が付けば日も大分傾いていた。

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