2・御役御免

 年が明けて大きな出来事があった。齢六十を超えた源爺が御役御免となったのだ。長年城に勤め、身寄りも無い源爺の今後の扱いについては、俺が強硬に住処の世話をすることを主張した結果、苺の丘一帯の土地に小屋を建てる事となった。周辺の土地を耕作する事も認めさせたので、秘密基地として色々と試せる事になる。フフフ、源爺、簡単に引退出来ると思うなよ?


 正月の慌ただしさが一段落して、松の内が明けた頃、小屋の建設が始まった。小屋と言っても粗末な物を建てる気はない。小さな家と言う意味での小屋だ。

 橋の改修や物見小屋建設の時と同様に予め加工した部材を運ぶが、今回はまず整地が必要だ。家が傾いていては困るからな。

 非番の城の者が手伝って整地をする。皆、なんだかんだと源爺に世話になっている。積極的に作業が進められて行く。松吉も勇んで手伝いに来ている。霧丸には別件で重要な仕事を頼んだ。タコと鋤を使い地面を突固め、水平にしていく。それでも整地には二日掛かった。三日目には礎石用の穴を掘り、底に砂利を敷き礎石を乗せて周りを埋め固める。

「若様、やはり掘っ立てで良いのではありませんか?老い先短い爺にこんな立派な家を作って貰っても…」

源爺は困惑している。まだまだ俺を理解していないな。

「お主が大往生したら、次に御役御免になった者が入るさ。ここはそういう家にするつもりだ。それに完成したら俺達三人が入り浸るんだから襤褸ぼろでは困る。」

「むぅ…後ろの方が本音ですな?」

「ワハハ、それは良いな。雨の日も集まれるぞ。」

松吉は大賛成の様だ。


 その後、十日程時間を置く。何処かで宅地造成した後は地面が締まるまで時間を置くと聞いたような気がしたのだ。まぁ、宅地は年単位だった気がするが…

 その間に周辺の細木や灌木を伐採、抜根する。勿論、苺の群落は絶対に死守だ。大きな木が無いのでそれ程手間取ることも無く作業は進む。当然、切り倒した木や抜根した根は乾燥させて薪にする。竹や笹が生えていないのは幸いだった。あれは駆除が死ぬほど面倒だからな…

 その後は井戸を掘ってみる。この場所は河原に斜面の一部がせり出している形になっている。山之井城の建つ台地を小規模にした感じだ。地形の成り立ちを考えると、周辺より地盤が硬くて川の流れが削り残した。又は河原の上に山が崩れた。このどちらかではないかと思う。まぁ、掘ってみたら分かるだろう。河原と同じ深さまで掘って礫層が出たら後者だ。

 皆で鋤を使って穴を掘る。掘った土は笊で上げて、抜根した跡の穴埋めに使う。そういえば海水浴に行ってパラソルを借りるとバイトの兄ちゃんが一緒に担いでくる穴掘り道具はなんと言う名前なのだろう。先が筒状の巨大鋏みたいなアレだ。いや、今は関係無かった。無心で穴を掘っていると良く分からない思考に陥るな。

 直径七尺程(約2.1m)程の穴を十人掛かりで交代しながら掘っていけば背丈程の深さは一刻もあれば掘れてしまう。穴は昼前には礫層に到達した。やはり山崩れの跡だったか。面倒だが、ここからは手作業だ。手で笊に小石を乗せて行く。鋤では歯が立たないし、壊れてしまう。

「若、石は手間が掛かるな。」

「そうだな、だが井戸無しでは困るからな。」

「若様、掘り出した小石はどうしますか?」

「あぁ、大きいのはどこか近くに纏めておいてくれ。小石は道に敷いてしまおう。小屋まで真っ直ぐ敷いてくれ。」

「分かりました。」

礫層を掘って行くがポロポロと細かな石が崩れてくる。

「源爺、石が崩れるのはどうすれば良いと思う?」

「そうですな…大きな石を積むか、井戸底の様に底の抜けた桶を入れるか…どの位で水が出るかにもよりますなぁ。」

「掘ってみるしかないか。」

「そうですな。」

交代して石を掘り出し続ける。

「若様、水が滲み出て参りましたぞ。」

「お、出たか。案外早かったな。」

石を三尺程掘ったところで水が出始めた。川の伏流水だろうか。

「うひゃあ、こいつは冷たいぞ!」

「よし、一人十回笊を上げたら交代にしよう。誰か、火を熾せ。」

一組目が上がって来たので次の組が降りる。

「ひゃあ、冷てぇ!若様、冬場に井戸掘りなんてするもんじゃありませんな。」

「しかし、夏は暑くて適わんぞ。」

「そりゃそうだ。どっちもどっちか。」

「ほら、喋ってる間も足は冷えるぞ。」

「分かってるよ。」

相方にどやされて作業を始める。


 順番が一回りして俺と松吉が降りた頃には水位は膝を越えていた。

「わ、若!どの位まで掘るんだ!?」

「知らん!!源爺、水の深さはどの位あれば良いのだ!?」

水の冷たさになぜか声が大きくなる。

「まぁ、二尺もあれば良いでしょう。」

「良し、尻が濡れない所までだ!」

「ぎゃあ!若、屈むと着物が濡れるぞ!」

「ぬ、脱げ!濡れるよりマシだ!」

大騒ぎで石を掻き出す。

「わ、若様!もう良いでしょう!?」

俺達の後、三組目で漸く良さそうな深さになった。

「よ、良し、桶を降ろすから真ん中に据え付けろ。」

「その前に代わって下さいよ!!」

大の男が大騒ぎしながら作業をする。底抜けの桶を据えた周りを掘り出した大きめの石で囲み隙間に小石を充填する。

「き、今日はここまでにしよう…城に帰って米に何か温かい汁物を作って貰おう…」

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