60・春を待つ

 冬枯れの平野を馬に乗って進む。新年を迎えて、前実野の山も上部は薄っすらと雪化粧している。年が明けて七歳になった俺は普段は着ない上等な狩衣を着て、父と共に新年の挨拶に三田寺の城に向かっている。今までは父が一人で行っていたのだが、今年は俺もお呼ばれした。父はまだ早いと思った様だが、正式に招待された以上は置いていく訳にはいかない様子だった。

「若鷹丸、わ「分かっております。大人しくしております。」…かっているなら良い…」

なんとも不安そうな父である。まぁ、分からぬでもない。何せ、他の寄り子衆や三田寺の家臣衆も顔を揃えるのだ。

「領内でもなければ、他家の方々もいらっしゃるのでしょう?猫を被る努力は致します。」

「…頼むぞ。」

そんな、絞り出す様な切実な声で言わなくても…それから、轡を取っている忠泰叔父、必死に笑いを堪えているのは、肩が震えているからバレているんだからな…


「明けましておめでとうございます。」

「「おめでとうございます。」」

寄り子の筆頭である真野家の当主の挨拶に続いて、皆で声を合わせて頭を下げる。三田寺城の大広間だ。上座でこちらを向く御爺の正面に寄り子の当主が並ぶ。真野家を筆頭に石野、鴇田ときた喜田よしだ、隣の板屋宗貞も居る。その後ろは各家の嫡男や重臣達だ。俺も父の後ろに座る。 更に後ろは三田寺の家臣衆だ。残念ながら俺はまだ三田寺の家臣筋とは面識がほとんど無いので知った顔は無い。最後に右の壁際に陳ぶのが三田寺の親族衆だ。典道叔父と龍千代叔父以外は知らない顔だ。元服前の人間は龍千代叔父と俺だけだ。

「うむ、おめでとう。今年も皆と正月を祝える事は大変喜ばしい。しかし、昨日守護代様よりお話があったが、実野の連中が何やら騒がしい様だ。今年も皆で力を合わせて欲しい。」

「「はっ!!」」

また皆で合わせて頭を下げる。我が家は昨日は領内の者が挨拶に来ていたが、御爺は守護代様の所に挨拶に行っていた様だ。因みに守護様は所謂、在京守護という奴で国元には居ないので挨拶は守護代様の所に行くのだ。その後、御爺は各当主に順に声を掛けて行く。


 挨拶が終わると宴会だ。昨日も宴会だったのに今日も宴会だ。全くもう…取り敢えず、目の前の御馳走を腹に入れる事に集中する。

「お主が山之井の倅か。」

先程、挨拶の音頭を取っていた真野家の当主に声を掛けられる。髭モジャで恰幅の良い男だ。年の頃は御爺より少し下か。真野家は三田寺の東隣の平野部に領地を構える国人だ。石高は三田寺に比べるとやや落ちるが、山之井の倍は下らないだろう。他の場所だったら寄り親になってもおかしくない規模の領地だ。

「はい、山之井若鷹丸でございます。以後お見知り置きをお願い致します。」

そう返し、頭を下げる。

「ほう、キチンとしているな。俺は真野敏幸、真野家の当主だ。切れ者だと聞いているぞ。」

話し振りは豪快な感じの男だ。しかし、なんだ切れ者って…

「切れ者ですか…領内では専ら変わり者と言われますが…」

困り顔で返す。

「ワハハ、只の変わり者がこんな席に呼ばれるものか。なぁ、広泰。お主の倅とは思えんしっかり者ではないか。お主の若い頃とは大違いだ。」

そう、隣の父にも話を振りながら大笑いする。

「某にも変わり者と思えますが…放っておくと何をするかわかりませぬ故…」

父もなんと返して良いものか困っている様子だ。

「父の若い頃はどんな様子だったのですか?」

気になったので聞いてみる。そもそも父はまだ二十代前半、全然若いのだが。

「お、知りたいのか?」

「敏幸殿、それ位で…」

父が珍しく弱気な顔で言う。

「良いではないか。お主の父は槍や刀を振り回してさえいれば良いという様な男でな。政や文芸には一切興味を持たんと、こいつの父は良く嘆いておったものよ。」

…今も余り変わってない様な気がするな…その思いを込めてジト目を父に送る。

「もう、その位でご勘弁を!」

父は完全に慌てて、必死に敏幸殿を止めている。その様子を見た他の寄り子衆も笑い声を上げる。


「随分盛り上がっておるな。」

そこへ、御爺がやって来る。

「うむ、噂の政道殿ご自慢の孫に父の若い頃の話をしてやっていたのよ。これは真に鳶が鷹を生むだな。」

「そうであろう?広泰は武以外はからっきしだからな。ワハハハハ。」

そう言うと二人は顔を見合わせて笑う。父はもう穴に入りそうな気配だ。

「義父上まで、勘弁して下され。」

しかし、二人は年が近いからか、領地の規模も近いからか、立場の差の様なものを感じない。寄り子になっているのはあくまで国内の統制の為の便宜的なものなのかもしれない。

「そうだ若鷹丸よ、土産の毛皮は忝ないな。大切に使わせて貰おう。」

光繁達と関わりが出来た俺は毛皮を何枚か手に入れることが出来た。それを一枚御爺に土産に持って来たのだ。断じて松吉に人として負けたような気がしたからではない。

「是非、寝床で下に敷いて下さい。夜の寒さが全然違います。武士がとか、男がとか言う奴も居りますが、体を壊しては意味がございません。御爺にはまだまだ元気で居て貰わねば皆が困ります。」

「うんうん、有り難く使わせて貰おう。しかし、なんだその言葉遣いは?」

御爺が変な物を見る目で俺を見る。

「父上に大人しくしておれと言われておるのです。」

「ワハハ、そうかそうか。それで猫を被っておるのか。」

ニコニコと御爺が言う。

「ワハハ、政道殿も孫には形無しだな。」

「そうよ、お主も孫を持てばすぐに分かるわ。」

そう言うとまた二人で笑った。

「そうだ御爺、義典殿にも持って来たのです。後で館野の家の者を紹介してくれませぬか?」

「む、義典にもか。」

「はい、色々世話になりましたので。」

「義典なら今日は来ておる。隠居した故、こちらには居らんが、小広間の方で他の隠居共と楽しくやっているはずだ。」

「そうですか、後で行ってみます。」

そこへ、

「若鷹丸、食べ終わったか?」

声を掛けて来たのは龍千代叔父だった。

「お、兄上、まだだが。どうされた?」

「こんな所に居てもつまらん。とっとと食べて遊びに行こう。」

宴会に辟易としているのは俺だけではなかった様だ。

「わかった。すぐ食べる。ところで小広間はどこにあるか知っているか兄上?」

「そりゃ知っているさ。」

「じゃあ、遊びに行く前に案内してくれ。」

「まぁ、構わないけど。何しに行くんだ?」

「龍千代…お主も若鷹丸を見習って、もう少ししっかりせぬか…」

御爺が溜息混じりにそう言う。

「む、父上、某はしっかりしております。なぁ、若鷹丸。」

「うん、俺は兄上が好きだぞ。」

微妙に論点をずらして答える。

「そうだよな。流石俺の弟だ。よし、行こうぜ。」

そう言うと機嫌良く歩き出した。何とも、愛すべき兄上だ。


 叔父が持って来た荷物から毛皮を受け取り小広間へ行く。

「義典殿、お久しぶりです。」

「これは若様。どうなさいました?」

義典殿が驚いた様にこちらを見る。

「いや、こちらにいらっしゃると伺ったので挨拶にと思いまして。」

「左様ですか。わざわざ忝ない。」

「これは土産です。寝床に敷いて使って下され。長生きして貰わねば困るからな。」

そう言うと毛皮を渡した。

「これは、宜しいので?安いものではありますまい。」

恐縮する様な様子を見せる、

「色々お世話になりました故、その礼と思って頂ければ。義典殿は立ち振舞を見るだけでも学ぶ物も多くありました。今思えば山之井に居られる間にもっと色々な事を教わっておけば良かったと思っております。」

「も、もう、そのお言葉だけでこの老いぼれには十分にございます。」

目を潤ませる義典殿に、

「館野の、折角の厚意だ貰っておけ。」

「そうよ、年寄りは心配して貰える内が華だぞ。」

等と周りから声が掛かった。

「そ、そうですな。では若様、有り難く頂戴致します。我が家にもいつでも遊びにお越し下され。」

「宜しいのか?ではその時は、色々と教えて下され。」

その後、龍千代叔父にあちこち引っ張り回される内にその日は暮れていった。


 腰が重い。毛皮の返礼に脇差を貰ってしまった。桁が二つ違うんだが…流石に遠慮したのだが、炭の件も込みだと言われて押し切られてしまった。

「暫くは飾り物ですね。」

苦笑しながら父に言うと、

「それが良かろう。領内では使う場面も無かろうしな。」

父もそう言って苦笑した。

「そう言えば風呂はいつ出来るのです?」

「おぉ、殿、某もそれは大変気になりますな。」

今回、忠泰叔父も風呂にハマった。

「ま、まぁ、船に掛かった銭が戻って来てからだな…」

「「えぇ…」」


 今年の正月は周辺の寄り子衆と会うことが出来た。彼等と共に民と領地を守っていく事になるのだろう。正直、権力者の見栄や体面の為に戦に巻き込まれるなんて事は御免被りたい。しかし、取り巻く状況はそんな事を許すはずは無い。かと言って、力を得る為に自分から戦を起こす気にもなれない。いや、そんな覚悟は無いと言うべきか…いつか、覚悟を決めねばならない日が来るのだろうか…



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お読み頂きましてありがとうございます。

一章はここまでとなります。お気に召しましたらフォロー、評価等頂ければ大変励みになります。

二章は少し成長した若鷹丸達が山之井を駆け巡って活躍することになります。引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

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