58・思わぬ収穫
炭の運搬が始まって数日、上之郷の大叔父より嶺達がやって来たと連絡が有った。城に案内されて、やって来たのは嶺と父親の光繁、それにお供が二人だった。広間で父が応対する。
「先日は騒がせて申し訳なかった。それから娘を助けてくれた事、感謝する。これは詫びの品だ。知っての通り、山に暮らす我等は貧しい。たいした物ではないかもしれんが勘弁して欲しい。」
そう言うとお供の者が何枚かの鹿の毛皮と塗物の椀と膳を差し出した。特に細工は無いが木目の美しい塗物だ。
「この間も言ったかもしれぬが、見つけたのも連れてきたのも倅よ。礼には及ばぬし、諍いの件もこれにて水に流そう。」
「そう言って貰えると助かる。」
父もそう返し、会談は極めてあっさりと終わった。
「小僧、世話になった。改めて感謝する。それに色々と気を使って貰ったようだ。」
「あぁ、気にしないでくれ。たまたま助ける余裕が有っただけのこと。」
父が下がった後の広間で礼を言われた。
「これは、お前への礼だ。受け取ってくれ。」
そう言って出されたのは見事な黒い大きな毛皮だった。
「これは熊か?」
「そうだ。中々の品のはずだ。」
少し誇らしそうに言う。
「熊の毛皮は初めて見た。しかし、これ程の品なら高いのではないか?自分達でも言っていたが、余り裕福では無いのだろう?俺は先程、父に渡してくれた品で問題無いのだが。」
俺がそう遠慮すると、
「確かに俺達は貧しい、しかし恩は返さねばならん。それに売っても買い叩かれるだけだ…」
最後は苦々しい表情と共に声が小さくなっていった。
「では、受け取らぬ訳にはいかぬな。有り難く頂戴する。丁度毛皮が、欲しかったのだ。」
「そうか、それなら良かった。」
沈んだ表情が少し明るくなる。
「しかし、買い叩かれるとは穏やかではない。里の者がか?商人か?」
そう聞くと、再び表情が、暗くなる。
「里の者はそうでもないが商人だ…」
「差し支えなければ幾ら位で売っているのか教えてくれないか?」
そう聞くと、
「毛皮は鹿なら二百文に足りぬ。その熊でも精々三百文だろう。」
「おい、それでは相場の半分ではないか!?」
思わず声を上げる。恐らく実野盆地の商人だろう。距離を考えると運搬に掛かるコストはここいらよりは大きいだろうがそれでも買い叩きすぎだろう。
「やはりそうなのか…」
「そんな相手と取り引きしていてはいかんぞ。」
「しかし、他に伝手は無いし、有ったとしても同じ様に買い叩かれるだけだろう…」
悔しそうな顔をして言う光繁。
うーん、与平に仲介しても良いが、俺が間に入ってマージンを貰うか?嫌、そもそも買い叩かれて嫌気が差しているだろうからそういう真似は止めた方が良いか?
「山之井に来る行商人と仲を取り持っても良いぞ。もし、向こうがお主等と直接取り引きをするのを嫌がった場合は俺が間に入っても良い。少なくとも今よりは高く売れるはずだ。」
「うむ…しかし…」
迷っているな。不信感が強いのだろう。
「お前には何の得も無いだろう?」
「まぁ、無いな。だが、嶺を助けたのだって何の得も無いぞ?」
「それはそうか…疑う訳じゃないが、どうもな。」
「俺に得があれば納得出来るのか?」
「まぁ、そうだな。」
では、遠慮無くマージンを取るか。
「では、売値の一分でどうだ?その代わり、都合の良い時に荷物を持って来てくれれば俺が行商人が来るまで預かっておく。それと、山や他の里で見聞きした事で変わった事が有ったら教えて欲しい。それでどうだ?」
「一分なら助かるが良いのか?それと変わった事とはなんだ?」
「何もせずに一分も貰って良いのか?と聞きたい位だけどな。変わった事とは、税が上がったとか、誰かが仲違いしたとか、水が足りないとか、値が上がったとか何でも良い。」
「その程度なら造作も無い。」
「特に知りたい事がある。東の尾根の向こうの谷間を北へ行くと横手に出られるのを知っているか?」
「知っている。普段、人が通る場所ではないが、この間、賊の様な連中が通ったと聞いた。」
そんな事も掴んでいるのか!?これは思わぬ収穫かもしれない。
「うん、そこを通ろうとしている奴が居たり、道を造ろうとする動きが有ったら急ぎ報せて欲しい。」
「分かった、仲間達に伝えておく。」
これで、少しでも脅威が減ると良いのだが。
「そうだ、椎茸も売るのか?」
なんとは無しに聞いてみる。
「あぁ、椎茸は一つ三百文で売れるから皆で探す。」
「三百文だと!?」
「あ、あぁ、やはり安いのか?」
「安いなんてもんじゃない、椎茸は一つ一貫だ!!」
「一貫だと!?」
お互い驚きの余り、怒鳴り合いの様になる。
「秋の分はまだ有るのか?有るなら俺の伝手で一貫で売れる様に手配する。今なら米も安いから米と変えることも出来るかもしれん。米だと運び賃を取られるだろうが。」
「…椎茸は先に渡すのか?」
まだ不安そうだ。
「いや、交換が良いだろう。良ければすぐに使いを出すが。」
「…頼めるか?出来れば米と交換が良い。」
「わかった、それまでお主等はどうする?繋ぎの付け方を決めておこう。」
「俺達は一度山に戻る。どこか見やすい場所に合図を出して欲しい。」
「分かった、それからさっきの塗物だが、仲間には木地師や塗師も居るのか?」
「あぁ、居る。それがどうしたんだ?」
「素人目には良い物に見えた。他にも売り物になりそうな物が有れば見本に一つ持って来て商人に見せてみたらどうかと思ってな。」
「分かった、今度持って来る。」
そう決めると嶺達は山に帰って行った。
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