57・初荷

 冬がやって来た。空は一層高く、そして深く青く澄んでいる。今日は初めて三田寺に炭を運ぶ日だ。朝から上之郷に来ている。

 色々と試した結果。朝一番で、上之郷と狭邑郷から小船で五俵ずつを二回運び。川俣で計二十俵を大きい方の船に積み替えた後、三田寺へ運ぶ事になった。当初心配された狭邑川の水深も、領内総出で川底を浚った結果、十分な水深が得られた。作業の為に冷たくなってきた水に入るのは辛かろうと、柄の長い鍬の様な物を源爺に頼んで試作して貰ったのだが。そんな物を使うのは面倒臭いと言われ。皆、じゃぶじゃぶと川に入り、笊で石を掻き出して居た…まぁ、上手く行ったならそれで良いけどさ。


 河原に集落の面々が集まって来て、ちょっとした出発式みたいな感じになっている。別に誰かがそんな事を言い出した訳ではないのだが三々五々人が集まって来る。皆、気になるのだろう。炭焼きの作造達もいる。遠くの山際では炭焼きの煙が思いっ切り上がっているのだが、誰か残って様子を見ているのだろうか?怖くて聞けない。山が丸焼けになりませんように…

 炭俵を積み込み、莚を掛けて水が掛からない様にする。俺は第二便に乗って川俣まで行き、そこから三田寺行きの大船に乗り換える予定だ。

「いよいよじゃの。」

大叔父が感慨深そうに横で言う。

「これからが大変だろう。毎年継続して出来る様にしないとな。」

「そうよな。しかし、そうなれば皆の暮らしも大分楽になろう。」

「なるかな?」

「なるとも、少なくとも今よりは確実になるじゃろう?」

「次を考えろと言う事か。」

「ハハハ、そうじゃな。次も期待しておるわい。」

「皆も考えてくれよ…」

「「ワハハハハ」」

笑い事じゃないよ!!


「いってらっしゃ〜い!」

「頑張れよー!」

音も無く、船が進み出す。水面を滑るように船が小さくなって行く。それを見送った皆は、集まった時と同様に三々五々去って行く。炭焼きの作造を掴まえる。

「作造、調子はどうだ?足りぬ物は無いか?」

「へい、皆の気が逸り過ぎて、炭を焼くのが追い付かぬ程です。」

「そうか、何か有ったらすぐに報せて欲しい。上之郷の大叔父ならすぐに対応してくれるはずだ。」

「分かりました。」

そう言うと煙が上がる方へ帰って行く。


「若様。」

おっと、今度は定吉だ。

「定吉か。お、朝も居るじゃないか。朝もお船を見に来たのか?」

今日は定吉が朝を抱いている。話掛けながら、手を持って軽く揺すってやると、きゃっきゃと歓声を上げる。

「前に言われていた冬毛の鹿が二頭獲れました。今、毛皮を干していますので、出来次第お報せしますか?」

お、これは朗報!

「そうか、それは嬉しい報せだ。頼むぞ。」


 一刻程で船が戻って来る。帰りは二人で綱で船を曳いて帰る方法になった。流れの速い上流は竿よりも曳いた方が楽だと言う事になったのだ。戻って来るとすぐに、河原の近くに建てた炭置場の小屋から炭を運んで積み込む。積んだらすぐに出発だ。

 後ろに船頭二人。前に俺が乗る。外から見ると水面を滑るように走る船だが、外から見る程穏やかではない。乗っていると常に細かく揺れるのだ。ライン下りに乗ったことのある人なら分かるだろう。

 あっという間に城の下の橋に差し掛かる。嵩上げした橋を身を屈めて通り過ぎる。嵩上げしたと言っても荷が通れれば良いので、二尺程しか嵩上げされていない。人が上体を起こしたまま通れる程ではないのだ。そのまますぐに川俣の橋に着く。

「おーい!」

松吉が大きな声で俺を呼ぶ。荷を積んだ小船には、流石に追加で三人も乗れないのでここで待っていたのだ。

 桟橋の機能を兼ねるようになった丸木橋に船を着けると、すぐに反対に着けた大船に炭を積み替える。狭邑郷からの船はもう引き上げた後のようで、遠くに狭邑川を上って行く姿が見える。

「待たせたな。腰籠持って来てくれたか?」

「もう積んであるぜ。」

大船を見ると、既に積まれた炭俵の上に腰籠が更に積み上がっている。この間、田代屋の番頭が来たときに炭を運ぶ初日についでに運ぶと伝えておいたのだ。ただ、初日の船に乗りたいだけではないのだ。本当だよ?

 領内の母ちゃん達が目を¥マークにして作りまくった籠だ。現在、男衆も炭焼きに精を出している。お陰で領内の子供達はかなり負担おてつだいが増えているらしい。

「おぉ、結構有るな。」

パッと見、十数個ありそうだ。

「いや、それはまだ半分。後は炭を積んでからだってさ。」

松吉の指し示す方を見ると、橋の袂に積んであるのと同じ位の山が有った。

「…頑張り過ぎじゃないのか?」

「…最近、晩飯が適当だぞ。」

痛し痒し!


 用意の出来た船の前に三人で乗ると、すぐに出発だ。ここからは流れも大分穏やかだし、大船は多少安定も良い。パッと見、籠が積み上がってトップヘビーだが、中身は空気なので大丈夫だろう。空気抵抗は大きそうなので強い横風なんかを喰らったらひっくり返りそうな気もするが…

 小船は流れに任せるままに下っていたが、大船は竿で勢いを付ける。板屋領を通過し、平野に出て行く。馬の上から見たとは違った感じで目の前が広がって行く。

「わぁ!」

「おぉ!」

初めて近くで見る平野に二人も歓声を上げる。

「やっぱり広いなぁ。」

霧丸が顔を輝かせて言う。霧丸は意外と新しい物が好きだ。変化に抵抗がないし、知識を吸収する事にも貪欲だ。

 暫くすると左側の河原に人が集まっている。山之井川沿いの南北の道に、三田寺領内を東西に貫通する道がぶつかる丁字路に近い河原に臨時の船着き場が作られている。

「若鷹丸が来たのか。」

「御爺、わざわざ見に来たのか?」

その中には御爺も居た。

「うむ、初日故な。お主もか?」

「まぁ、俺が言い出しっぺだからな。」

船から船着き場で待つ人足に次々炭俵が渡されて行く。炭は一度、三田寺の家が一括で買い上げ、領内に分配する事になったそうだ。そうでないと山之井川に近い地域ばかりに炭が行ってしまうからだろう。

 代金は十日に一度受け取り、川俣に戻った所で皆に分配する約束になっている。その時は叔父の内の誰かが同行する事になっている。毎日代金を運ぶと毎日分配するにせよ、保管するにせよ面倒なのだ。かと言って一冬纏めてだと皆も対価が目に見えずやる気が出ないだろうと言うことで、十日に一度とした。


「そっちの荷物はなんだ?」

御爺が籠を見て聞く。

「これだ。」

自分の腰籠を指差して言う。

「試しに売り出してみたら案外売れた様でな。追加を頼まれたから、ついでに川向うまで届けて来る。」

「ほう、儲かりそうか?」

興味深そうに聞かれる。

「まぁ、そうは言っても小さな籠よ、たかが知れているさ。」

俺は苦笑しながら答えた。

「殿、準備が整いましてございます。」

「ん、そうか。では若鷹丸、明日からも頼むぞ。」

引き渡しが終わった様だ。

「あぁ、ではまた正月に。」

「うむ、楽しみにしているぞ。」

そう言うと御爺は馬を連ねて去って行った。


「さて、我等も行くか。もう一頑張り頼むぞ。」

船頭にそう頼み、更に川を下る。

「お待ちしておりました。わざわざ、若様御自身がいらっしゃるとは、恐れ入りまする。」

番頭かと思ったら与平が来ていた。

「俺は籠以外に例の物があったのでな。そちらこそ、番頭殿かと思ったら与平が来るとは。忙しいのではないのか?」

「人気の山之井籠を持って湊へ参ろうと思いまして。」

「成程、この時間なら今日中に田代の町に戻れるのか?」

「えぇ、今ならちと遅くなりますが帰れます。」

質問の意図を計りかねたような顔で答える。

「いや何、米を運ぶ時に、朝どの程度の時間に出立すれば良いのかと思ってな。」

「成程成程、米を運ぶならもう少し早くありませんと難しゅうございますな。積み下ろしにも時間が掛かりますので。」

「うん、夏は朝も早い。もう一刻は前に着けよう。」

「左様ですか。それならなんとかなりましょう。それと例の物ですが。」

「あぁ、これだ。今年はこれで最後だ。」

北の斜面で採れた小さめの椎茸三つを渡す。

「少し小さめですが十分でしょう。どこも足りておりませんから。お支払いは如何様に?」

「うん、籠は皆に分けなければならんから銭で頼む。俺は銀で良い。」

「では、すぐにお持ちします。」


「凄い、こんな量の銭見たことが無いぞ…」

「家のかかあ達が作った籠がこんなに沢山の銭になるなんて…」

船頭が船を漕ぎながら興奮した様子で言う。

「まぁ、作った者で分けるから独り占めではないがな。お主等が作って運ぶ炭とて十日後にはその倍近い銭になるのだぞ。」

俺がそう言うと、

「若様は凄えなぁ…」

銭に目が釘付けのまま、そう呟く船頭。

「それより、しっかり船を進めてくれ!俺はこんな所で銭と心中するつもりは無いぞ。」

船の進路がふらふらしているのだ。

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