56・一触即発

「若鷹丸、早く来て!!」

「松吉、何してんの!?」

嶺は引っ込み思案な性格でも、お淑やかな性格でも決して無かった…初日は状況の変化に付いて行けなかっただけだった様だ。


 今日は、船に乗りたがった嶺と一緒に運搬船の慣熟航行に便乗した。空荷での慣らしは終わり、今は石を積んでの疑似的な荷重状態での慣らしに移行している。嶺は終始楽しそうにあちこちを見ていた。


 落合の船着き場に戻ると上之郷の孝泰叔父が待っていた。

「若鷹丸、その娘を連れてすぐに来てくれ!」

「孝泰叔父上、何があった!?」

「とにかく、来てくれ。話は馬の上でする。」

俺は孝泰叔父の馬の前に乗り、嶺は落合の永隆叔父の馬の前に乗せられた。

「二人は今日は戻って良いぞ。」

そう言い置くと、馬は上之郷を目指して駆け出した。


「なにぃ!?山の民が攻めて来た!?」

思わず大声が出てしまった。

「どうも、我等がその娘を攫ったとでも思っている様子でな。殺気立った連中が娘を出せと一向に話を聞かんのだ…」

困りきった様子の叔父が言う。横を見ると、嶺が青い顔をしている。

「嶺、お前が行って事情を説明すれば解決するさ。そんな顔をするな。」

「…うん。」

「その代わり、ちゃんと説明してくれよ?お前が変な事を言うと大変な事になるぞ。」

少し誂う様に言ってやる。

「分かってる!」

「よしよし、青い顔がちょっと赤くなったぞ。」

「もうっ!」

これなら大丈夫だろう。しかし、いきなり攻めて来るかね?山の民は好戦的なのか?

「なぁ、お前の仲間は皆、お前みたいな感じなのか?」

「…どういう事?」

う、怖い…

「こう、なんて言うか、すぐ怒るみたいな…」

「どういう意味よ!?」

うーん…大丈夫かな?


「父ちゃん!!」

馬から跳び降りた嶺が仲間の方へ走って行く。上之郷の集落の西の外れに二組の人集りが有る。手前の組には父の率いる守兵の姿も有る。奥にはちょっと風体の宜しく無い面々が…はっきり言って絵に描いた様な山賊のそれである。

「待て、若鷹丸!」

「大丈夫です!」

嶺を追って父の横を駆け抜ける。

「嶺!」

「父ちゃん、何でこんな事になってるのさ!?」

「何でって、お前がここに連れて行かれたって…」

早くも形勢不利な父親。

「お主が嶺の父か?」

「そ、そうだ、お前は誰だ?」

「愚か者め!!山の中で子供から目を離すとは何事だ!?俺達が見付けなかったら嶺はどうなって居たか分からんぞ!!」

全力で叱り付けてやる。

「いや、だって、俺は仲間の様子を見なきゃなんねぇんだ。」

こんな子供にいきなり叱り付けられて、しどろもどろになる父親。話の内容的にこの集団の頭は嶺の父親らしい。

「自分の子供の様子も見られんのに、仲間の様子が見られるものか!一番大事なのは自分の子供ではないのか!?」

「いや、そ、それはそうだけどよ…」

「大体、何でアタシが連れて行かれたなんて事になってるのさ!?」

そこに嶺も参戦する。

「いや、石にそう書いてあったって。」

「若鷹丸が書いた石だ。若鷹丸は何て書いたの?」

「嶺、山之井としか書いてないぞ。そんなに沢山書けないしな。そもそも字が読める奴がいるか分からんと嶺が言ったからなるべく簡単に書いたぞ?」

「ほら見ろ、どこにもそんな事書いてないじゃないか!?」

勝ち誇った様に嶺が言う。

「じゃ、じゃあ、お前は山で迷子になって、ここで助けて貰ったのか?」

「迷子じゃない!」

「迷子だよ…」

キッと俺を睨む嶺。

「睨んだって迷子は迷子だ…」

「違う!」

「迷子だ…」

「じゃ、じゃあ、本当に俺達の勘違いなのか!?」

「だから、誰がそんな事言ったのさ!?」

「だ、誰だったかな…おいっ、誰が言い出したんだ!?」

「さ、さぁ…」

「権太じゃなかったか?」

「お、俺は言ってないぞ!?」

なんか集団ヒステリーみたいになったっぽいな。


「取り敢えず、武器をしまってくれないか?」

俺がそう言うと、

「お、おぅ、そうだな。おい、お前ら!」

困惑と安堵の中で武器をしまっていく山賊共、もとい山の民達。

「話は纏まったか?」

父が横にやって来て言う。

「はい、誤解は解けたようです。」

「左様か。儂はこの地を治めている山之井広泰だ。倅がそちらの娘を見捨てるのは忍びないと言う故、預かって居った。」

父が少し険の有る口調で言う。まぁ、いきなり攻めて来たら怒るわな。

「俺は光繁みつしげ。この連中を率いている。娘を助けて貰った事、感謝する。それとこちらの勘違いで騒がせて悪かった。詫びをせねばならんが、この有様だ。一度出直したい。」

こちらも角が立たない様に気を使っているのが分かる。

「そうしてくれると助かる。」


「よし、お前等引き上げだ!嶺も行くぞ。小僧、世話になった。礼は近い内にする。」

「あ、着物。」

嶺が慌てた様に言う。

「良い、今度来るときまで貸しておく。」

「分かった、じゃあ又ね。」

「あぁ、又な。」

「霧丸と松吉にも言っておいてね。」

「分かった。」

そう言うと山の民達は谷へ向かって去って行った。

「やれやれ、どうなる事かと思ったな。」

父が苦笑交じりにそう言う。

「仁を尊ぶのも大変ですね。」

「全くだな。」

俺の返事に更に苦笑いする父だった。


==嶺==

「父ちゃん!!なんであんな事したのさ!?」

「元はと言えば、お前が迷子なんかになるからじゃねぇか!!」

「迷子じゃないって言ってるでしょ!!」

「迷子じゃなきゃなんだってんだ!?」

「皆がアタシを置いてったんでしょ!?」

「まぁまぁ、頭もお嬢もそこまでになさい。野営の準備をしないと日が暮れちまいますよ。」

まったくもう!


「酷い事はされなかったのか?」

父ちゃんがポツリと聞く。

「うん、綺麗な着物も着せて貰ったし、お米も食べさせて貰った。あ、後、船にも乗せて貰ったよ。」

「そうか、なら良い。」

今度から皆と移動する時はもうちょっと気を付けよう。絶対に迷子じゃないけど。

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