55・大変な事になっちゃった!

 嶺を連れ、上之郷を目指す。集落に入ると、まずは定吉、勝吉の家を目指す。二人の家は上流側から集落に入ってすぐだ。

「御免、定吉おるか?」

外から声を掛ける。

「若様ですか。暫く振りですが、如何されました?」

すぐに定吉が、出て来る。

「おや、その子は…」

定吉が嶺に目を留める。

「実はこの者の事で聞きたい事があるのだ。」

「勝吉、来てくれ。」

定吉が家の中から勝吉を呼ぶ。

「どうした、兄貴?おや。」

勝吉も嶺に気が付いた。

「山の民だな。」

勝吉があっさりとそう言う。

「だよな。」

定吉も確認の為に勝吉を呼んだ様だ。

「やはり山の民か。先程、川の上流で出会ったのだ。親とはぐれたらしくてな。」

「なんと、それは気の毒な。」

「どうも、冬を過ごす場所に移動する途中だった様なのだが、何か知っている事はないか?」

そう聞いてみる。

「我等も出会ったことは無いのですが。冬になると、奥実野の山から前実野の山に移動して来ると聞いたことはあります。」

山之井とは接点が無いのか。

「分かった。嶺と言う名だ。もしかしたら嶺を探している者と山で出会うかもしれん。その時は伝えて貰えるか?」

「分かりました。そう致しましょう。」

「宜しく頼む。」

そう頼むと、今度は大叔父の所に向かう。


「なんと、山の民か。初めて見たわ。」

大叔父も驚く。やはり、山之井と山の民は接点が無い様だ。山之井は山の恵を自給出来るから取り引き相手としては旨味が無いのかもしれない。

「迷い子の様でな。もし、山の民や知らぬ者を山で見たと聞いたら報せて貰えるか。」

「それは、構わんが城に連れて行く気か?」

大叔父が聞くので、

「マズいか?」

と聞き返す。

「城にはあの煩いのが居るだろう。」

「あぁ…まぁ、なんとかなるだろ。」

そうだった、武家が山の民等と関わるなど、とか言いそうな奴が一人居るんだった。山に囲まれた山之井では猟師や炭焼き等、山で生活の糧を得ている者も少なくないし、その者達も普通に集落の中で暮らしている。その為、差別意識の様な物は見たことがない。尤も、それは裏を返せば山之井がド田舎である事の証左でもあるし、差別なんかしている程、豊かではないという事なのかもしれない。

 さて、どうしよう。城へ向かいながら考える。父に言わずに泊めるのはどう考えても駄目だろう。う〜ん…何も思い付かない。仕方無い、正面から突撃して、駄目なら和尚か誠右衛門に頼むか。そう決めた頃には城は目の前だった。あれ?霧丸と松吉が居ない。中之郷で別れたのか?


==嶺==

 大変な事になっちゃった!冬を過ごす南の山へ移動する途中、皆がどこかへ行ってしまった。アタシが迷子になった訳じゃない。ないはず…

 一日探したけど父ちゃん達は見つからなかった。夜は怖くて寒いし、お腹は空くし、せめてお水が飲みたくて川に下りたら三人が居た。干柿と見たことの無い食べ物を貰った。きっと自分達が食べる分をアタシにくれたんだと思う。あんなに美味しい物は初めて食べた。

 若鷹…丸って言ってたかな?後は、霧丸と松吉だ。あの二人はここまで来る途中でちょっと話をしてくれたけど、若鷹丸は最初は優しかったけど、途中からなんか難しい顔をしてあんまり喋らなくなった。そうしたら、こんな大きな建物に連れて来られちゃった…これってお城だよね?山の上からたまに見える里に有る一番大きな建物。しかも、門に立っている兵が若鷹丸に頭を下げてる。一体、若鷹丸は何者なの?アタシ、どうなっちゃうの!?

====


 城に帰ると、取り敢えず厨に向かう。

「若様、今度は子供を拾って来たんですか…」

米が呆れている。

「仕方無いだろ、山の中で一人迷って居たのだ。見捨てて来いと言うのか?」

「それはまぁ…」

「俺は父上に話をして来る。寝る場所と飯を用意してやってくれ。嶺、何か困ったらこの者に言うんだぞ。」

不安そうな顔で嶺が頷く。


「何、迷い子?」

父上がポカンとした顔で聞く。

「はい、山之井川の上流の山で一人で迷って居りました。親とはぐれた様で。」

「なぜ、そんな所で?」

まぁ、そうだよね。言わなきゃ駄目だよね。

「どうも、山の民の様で、冬越えの為に移動している途中だった様です。」

「山の民ですと!?そんな下賤な者と関わるとは!!」

孝政が金切り声を上げる。父も少し苦い顔をしている。

「父上、為政者には仁が何より大切なはず。親とはぐれた子供を見捨てる等、およそ仁の有る者の行いではありますまい。違うか孝政?」

この手の奴は正論に弱いと見た。

「それは、まぁ…しかしですな…」

良し、ここが攻めどころ。

「俺が面倒を見ようと言うのではない。台所の者達に預ける。父上。断腸(この世界にも同じ故事があったのだ。)の故事も有ります。親も必死に探して居りましょう。」

「そうよな…」

大分傾いて来たな。

「何も、何時までもとは言っておりません。正月までに親が見つからねば、領内で居場所を探しましょう。」

「ふむ、儂は良いと思う。若鷹丸の話に理がある様に思うが?」

父が孝政に聞く。

「左様ですな。某も今回は若様の仰る通りかと存じます。」

まだ表情は苦いが孝政も認めた。最近少し分かってきたのだが、この男は決して無能でも無ければ、話の通じない相手でも無いのだ。ただ、根本的な理念が違うのだと思う。


取り敢えず、当座の目処は付いたので厨に向かう。

「嶺、これ持ってきな!」

「は、はい!」

「次はこれだよ!」

「はい〜!!」

…おい…

「米…なんでいきなり扱き使ってるんだ。そいつは下働きじゃなくて、一応客だぞ?」

「面倒を見ているのは私ですよ。」

頼む相手を間違えたか…

「ともかく、その格好を何とかするから連れて行くぞ。」

そう言って、嶺を厨から救出した。


 嶺を連れて納戸へ行く。度重なる宝探しの結果、俺はこの家に女児用の着物もしまわれているのを知っている。まぁ、父には娘は居ないが、それ以前は娘も居ただろうから有って当然なのだが。

「うーん、どれが良いかな。」

まずは大きさが合わねばどうしようもない。和服はかなりサイズの調整が利くが、小が大を兼ねる事は流石に出来ないのだ。

「この辺か。どっちが良い?」

薄桃色と薄緑色の着物を出して嶺に聞く。

「え?」

キョトンとした表情で首を傾げる嶺。

「その格好はあんまりだ。着替えるならどっちが良い?」

理解したのか、ぱぁっと笑顔が広がる。

「こっち!!」

即答で薄桃色を選ぶ。

「よし、じゃあ付いて来い。」

このまま着せる訳にはいかない。現在の嶺は、控え目に言って薄汚れているのだ。厨の外に大きなたらいを出してお湯を運ぶ。三田寺の御爺の所で貰って来た秘蔵の皀莢さいかちの実と灰汁を使って体と髪を洗う。

「なにこれ皀莢!?ヌルヌルする。」

皀莢の実に驚く嶺に、

「これで汚れが落ちやすくなるんだ。」

みるみる茶色く汚れていく水を呆然と見る嶺。お湯を一度捨て、泡を流す。

「ついでに着物も洗ってしまおう。」

お湯に灰汁を混ぜて、嶺に踏ませる。洗濯係に頼めば良さそうなものだが、我が家の洗濯係は台所番の職掌である。なんなら掃除も縫物もである。田舎の弱小国人に専門の洗濯番を雇う余裕は無いのだ。つまり、米に頼む事になるのだ…それは避けたい。

 換えたお湯もあっという間に黒くなる。これはもう一度お湯を換えないと駄目だな。すすいだ着物を戸板に貼り付けて干す。もう夕方だが明日一日干しておけば問題あるまい。体を綺麗にした嶺はその日中、薄桃色の着物を着て嬉しそうにして居た。


 その後、二日程嶺は俺達と行動を共にした。因みに、城に来た翌朝に外に連れ出そうとした時、綺麗な着物で山に入るのはマズいと気付いた俺が、俺の予備の外遊び用の着物に着替えさせた時は気の毒になる程ガッカリしていた(城に帰るとすぐに綺麗な方の着物に着替えていた。)。

 しかし、山に入ればそこは山の民の子、俺達等相手にならぬ程達者な歩きを見せたし、山の知識も我等の比ではなかった。特に、彼等も椎茸を大きな収入の柱にしているという話を聞けた。

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