一章其の肆 六歳、冬

54・はぐれ子

 薄紫の煙が、夜明けの空に一筋登って行く。上之郷で始まった炭焼きの煙だ。振り返ると尾根の向こうにももう一本煙が見える。こちらは狭邑郷の炭焼きの煙だ。

 昼が日に日に短くなり冬が近付く中で、俺は山之井川の上流へ向かう。上流部での、今年最後の探索をするべく、今日は夜明け前に行動を開始したのだ。要するに、北側斜面の成育の遅い椎茸を一網打尽にしようと言うことだ。


 夜野川を渡ると炭焼きの煙が真横に見える。炭焼きは今は、夜野川の上流で行っている。最近知ったのだが、炭焼きに使う木は太過ぎると良くないらしい。干柿と同じ理由で太いと水分の抜けるのに時間が掛かり、炭焼きの火が消えるまでに水分が抜け切らないそうだ。現在、領内の男衆は総出で山の木を切り、暫し乾燥させた後、炭焼きに回す分を適当な太さに割っている。勿論、木材にする木の切り出しも必要なので例年に比べて労役が重い。炭が出来れば運搬の仕事も追加される。それでも、自分達の為の仕事と思えばこそか、皆積極的に動いてくれている。

 炭焼きについては、完全に専門職なので職人の面々に丸投げしている。また、木を切る場所は一箇所に固定せず、順次場所を移動して切らせるようにした。これは山之井では、俺が想像していた炭焼き小屋での炭焼きではなく、地面に木を組み、火を付けた後に上から土を被せて炭焼きをする方法だと分かったからだ。多分、同じ所を一度に切るよりは防災上宜しかろうと考えたのだ。


 朝餉代わりの握り飯を食べながら上之郷の集落を抜ける。北向き斜面も手前の部分は既に見て回ったので今日は行けるだけ奥まで進むつもりだ。前回帰り際に置いた印を見付けて、そこから山に入る。こちらの斜面はすっかりと葉も落ち、木々の隙間から光が差し込んでいる。今日は、柿や栗も採らないつもりなので背負籠も持って来ていない。身軽な俺達は、どんどん上流へ向かう。山歩きも大分慣れてきた。

「若、あったぞ!」

「お、良くやった!」

松吉の所に三人集まる。

「小さいけどな。」

「まぁ、無いより良いさ。」

その後、もう二つ椎茸を見付けるが、やはり大きさは小振りだった。北側斜面の温度の問題だろうか?それ以外にはめぼしい物は見当たらない。無理をせずにこの辺りで切り上げる。谷間に下りると、両側の山がかなり川に迫っている。

「こんな奥まで来たのは始めてだな。」

「河原がこれしかないぞ。向こう岸の方が歩きやすそうだな。」

草鞋を脱いで川を渡る。

「うひゃあ、大分冷たいぞ。」

「転ぶなよ。濡れたら寒いぞ。」

「霧丸、押すなよ!絶対だぞ!」

「押さないよ!!」

大騒ぎで川を渡ると足を拭き、一休みする。

「今日は良い物を持ってきたんだ。」

石の上に座り込んで俺がそう言うと、二人は興味津々でこちらを見る。腰籠の中から笹の葉の包を取り出す。


’がさがさっ!!’

その時、俺達のすぐ脇の斜面から音がした。驚いて、そちらを見ると、

「父ちゃん?」

と言う声と共に、枯れ草の影から女児が一人姿を表した。年の頃は俺達と同じ位か。粗末な着物を着ている。

「違うぞ。お前誰だ?この辺じゃ見ない奴だな。」

霧丸が警戒した様子で問い掛ける。お、近習として役目を果たす気満々かな?女児は目を見開き、怯えた様子を見せる。

「霧丸、怖がらせてやるな。」

そう、霧丸に言うと、

「俺は若鷹丸。お前は?」

そう聞いた。

みね

女児はポツリとそう答えた。

「どこから来た?一人か?俺達は川を下った山之井の者だ。」

「皆が居ないの…」

泣きそうな顔でそう言う。

「居ないと言うのは、一緒に居たのにはぐれたのか?」

それとも戦か何かで…

「昨日…皆で歩いてたの。」

「うん、それでそれで?」

なるべく緊張させない様に先を促す。

「綺麗な鳥が居て…」

「それを見て居たら皆が居なくなっていたと?」

コクリと頷く。

「迷子か。」

「迷子ですね。」

霧丸と松吉が言う。

「違うもん…」

涙を目尻に溜めながら女児が言う。控え目に言って迷子だろ。言ったら泣くから言わないけど。


「昨日から一人なら、何も食べていないのではないか?」

またコクリと頷く。

「よし、良い物があるぞ。」

笹の葉の包を開く。そこには薄黄色の饅頭の様な物が並んでいる。

「見たこと無いな、なんだこれ?」

松吉が言う。

「これは栗餅だ。俺が考えた。」

三人で狂ったように運んだ栗と柿で作った勝栗と干柿だが、それの使い道に困ったのだ。いや、普通はそのまま食べるのである。ドライフルーツの一種なのだから。しかし、余りにも毎日毎日、勝栗と干柿を食べ続けた俺はついに立ち上がった。

 特に問題なのは勝栗である。ボソボソなので口の中の水分を持っていかれるし、甘みも強くない。ぶっちゃけ飽きたのだ。そこで俺は勝栗を臼で粉に挽き、つなぎに小麦粉を足し、砂糖は無いので塩を少量入れた物に水を足し、捏ねて生地を作った。少し寝かせた生地を饅頭大に千切って丸め、蒸籠で蒸したのだ。前世なんちゃって知識チートに拠る、『多分、饅頭とかパン的な奴の作り方ってこうだよね?』をやった訳だ。結果、まぁまぁ食える物が誕生した。本当は干柿をすり潰した餡を入れようかと思ったんだが面倒なのでやめた。両手に持って交互に食べれば良いと気が付いたのだ。


「ほら、食べろ。」

一つ手に取り、嶺に差し出す。恐る恐る手を出し受け取る。一口、口にすると後は貪る様に食べた。干柿も渡してやる。

「お前達も食べろ。」

栗餅は六つある。二人も一つずつ手に取って食べ始めた。

「あ、旨い。」

「うん。これは旨いな。勝栗より全然良いや。」

「そうだよな。勝栗はちょっと飽きてきた。」

勝栗に飽きてきたのは俺だけでは無かった様だ。

「嶺、もう一つ食べるか?」

そう聞くと、上目遣いにこちらを見る。

「でも…」

栗餅と俺達を交互に見ている。あぁ、数を心配しているのか。

「昨日から食べていないんだろ?遠慮するなよ。」

そう言うが手を出さない、

「若様が一つも食べていないからじゃないですか?」

霧丸が助け舟を出してくれた。

「む、そうか。じゃあ、俺も一つ食べるか。お前等も一つずつになるけど良いか?」

「良いよ、腹減ってると辛いからな。」

松吉がそう言い、霧丸もうんうんと頷く。俺は自分の分を一つ取ると、

「ほら、残りはお前のだ。」

そう言って笹の包ごと嶺に渡してやった。


 腹が満たされて落ち着いた嶺の話を纏めると、こういう事らしい。恐らく山の民である(自分で山の民と名乗っている訳ではないのだろうか。嶺は山の民と言っても分からなかった。)嶺を含む一行は、冬が近付き南(なんともざっくりした目的地である。)に移動していたらしい。その途中で前述の通り、仲間とはぐれた嶺は山の中を彷徨い、水を求めて谷に下りて来たところで俺達に行き逢ったのだ。


 しかしどうするかな、見捨てる訳にはいかないしなぁ…

「嶺、お前の仲間に字が読める者は居るか?」

「字?」

そこからかぁ…

「こういう奴だ。」

腰籠からメモ帳を出して字を見せる。

「わかんない…」

なんとも頼りない答えが帰って来た。

「まぁ、やらないよりはマシだろう。」

俺は平らな石を探すと、墨で『嶺、山之井←』と書いて、目立つ大きな岩の上に置いた。まさか、これがあんな事を引き起こすとは思いもせずに…

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