52・思いの外盛り上がる

 タコと呼ばれる丸太から木の棒が数本生えた道具を使い、兵達が地面を突き固めて行く。あの後、数日で完成した橋の改修用部材(というか全て嵩上げ用の脚だが。)を持って、今日は橋を嵩上げした。そうすると、今度は橋へ繋がる道も嵩上げしなければならず、今はその嵩上げ工事の真っ最中なのである。

 古代より綿々と受け継がれる版築(単に土を突き固めて行くだけ。)という工法で川の流れに対して直角に土手が出来て行く。俺達はざるで河原の石を運び、出来た土手の脇に積んで行く。石垣では無いが、増水の際には多少は土手を守ってくれるのではないかと期待している。大分涼しくなったとは言え、作業に当たる者達は汗だくになって働いている。早く風呂が欲しいなぁ…土手作りはその後三日程で終わり、その間に作業を進めてくれた源爺により、いよいよ搾油機が完成した。


「よし利助、頑張れ!もうひと捻りだ!!」

「春太、だらしないぞ!もうへばったのか!?」

門の内側の広場は兵達で大いに盛り上がっている。

なぜこんな事になったのか…それは、彼等が顔を真っ赤にしながら力を振り絞って捻っている綱の先、そして俺の足の下にある搾油機のせいである。

 俺が考えた方法はこうだ。長さ五尺(約150cm)程の丸太を二つに割り、上に来る方の断面には厚さ一寸(約3cm)程の板を貼る。下に来る方にはその板が丁度嵌る凹みを作る。この凹みは勿論、搾る種を入れる場所だ。そして凹みの真ん中には、絞った油の通り道として、穴を開けておく。それから、こちらも丸太から作った脚が二本付いており、脚の間の、丁度穴の下に位置する場所に油を受ける壺が置かれている。上下の部品は両端に二つずつ開けた穴に通した綱で繋がれ、綱に付けた棒を捻って行く事で上下の部品を接近させ、種を押し潰す事で油を絞ろうと言うのだ。

 ついでに、思ったより頑丈そうな作りに、

「源爺、これは一人二人乗っても大丈夫だろう?」

「まぁ、恐らく。」

という事で俺達、腕力の期待出来ない面々が重りとして上に乗っているのである。

 搾油機の隣では火が焚かれ、厨から借りてきた臼と杵、蒸籠せいろが並んでいる。まず、臼と杵で殻を砕いて取り除き、中身を更に細かく砕く。砕いた種の中身を蒸籠で蒸していく。油は温めれば流動性を増すからな。そこまでしたら、漸く絞れるのだ。


「よっ、真打ち登場!」

「待ってました!!」

歓声と伴に、力士の様な体格の男が進み出る。

「お、増蔵か。これは期待出来るな。」

俺もそう言う。背丈は五尺五寸(約165cm)とこの時代としては、縦も横もかなり大柄なこの男は、領内では知らない者はいない程の力持ちだ。更には見た目に反してその温厚な性格でも知られており、特に子供から慕われている。因みに、俺は始めて増蔵を見たときは固まった。紅葉丸は大泣きした。これは、恒例行事だそうで、最初はその見た目にビビった子供が、次からはその人柄に懐くのだそうだ。霧丸も松吉も泣いたと言っていた。

 さぁ、力自慢の増蔵が綱を捻る。

「おい、反対は二人掛かりだ。負けるな!」

俺がそう言うと反対側を兵が二人で捻る。

「おぉ、今までの倍位流れて来たぞ!!」

「流石、増蔵、いいぞ!!」

この通り、娯楽の少ない山之井では力比べのアトラクションとして大盛り上がりなのだ。


「また、その様な事を…」

お、来た来た。そろそろ来るんじゃないかと思っていたぜ。玄関から出て来た父の後ろで、孝政が顔を顰めている。

「どんな具合だ?若鷹丸。」

父がそう聴くので、

「背負籠一杯からそこの小壺に一杯と言ったところでしょう。」

そう返した。

「ふむ、多いと言うべきか少ないと言うべきか微妙な量だな。」

「そうですね。ただ、油は何かと有用ですから。」

そこへ、

「武家の嫡男がする事ですかな?」

「武家の嫡男が戦と政の準備をして何が悪い。」

いつもの様に突っかかって来る孝政を迎え撃つ。

「戦と政ですと?何を適当な事を。」

「なんと、孝政は油が戦でいかに役に立つのか知らんのか。では身を持って教えてやろう。」

そう俺が煽ってやると、

「小嶋殿、此度は若様に頭を下げて置くことをお勧めしますぞ。」

苦笑いをしながら行連が間に入る。

「なんだと、なぜ某が頭を下げねばならんのだ!?」

「儂もその方が良いと思うがな。」

父も笑いながらそう言う。

「殿?何故某「その立派なお着物は、さぞかし良く燃えるでしょうなぁ…」が…」

行連の芝居掛かった台詞に、漸く理解した様だ。

「ゴホン…若様、確かに某の思慮が足りなかったように御座いますな。」

明後日の方向を、向きながらそんな事を言う。それは謝っているつもりなのか?よし、もう一押ししてやる。

「父上、お喜び下さい。この油で灯りを点せば、寝る間も無く孝政が働けますぞ。」

「ワハハハハ!!それは名案だな!よし、孝政行くぞ。山程、仕事をくれてやる!」

そう言って父は孝政を連れて中に入って行った。

「「ワハハハハ!!」」

「若様、あの顔を見ましたか?」

「流石、若様。傑作だ!」

違った意味で又、皆が盛り上がるのだった。


 目の前に置かれた二つの壺を眺めながら考える。量はおよそ一升(約1.8L)程か。これでは、商売としては成り立つまい。あ、油の値段を知らないな。今度、与平に確認せねば。この油をどうするか。孝政に、あぁは言ったが。灯りや戦に使うのは如何にも勿体ない。調理に使うと、すぐに無くなってしまうだろうなぁ、揚げ物は無理でも炒め物位は食べたいなぁ。椿油は髪の付け油かなぁ。そう考えると風呂が欲しいよなぁ。なんか最近、色々とやった結果、悩みが増えている気がするんだけど…

 取り敢えず、小さな瓶に椿油を入れ、母に鬢付け油として使って貰ったところ大変好評だったので、風呂の後だと尚良いらしいと吹き込んでおく。分家と狭邑と大迫の家の女性陣にも贈った。なにせ、種は領内全域から集めたのだ。更には光と霧丸、松吉の母にもだ。女性からの需要が高まれば来年はもっと沢山種を持って来てくれるかもしれないという打算込みである。


 それから暫く経って、山の木々が大分色付いて来た頃に、今度は船が完成したと連絡があった。結局船を造るところを見ることは叶わなかった。船好きとしては悔しくて仕方がない。いつの日か、もっとデカい船を建造してやるんだ…そして、毎日それを眺めてやる。

 皆が落合の川俣に集まった。これから、大きい方の船の試走を行うのだ。で、何が始まったかと言うと。

「俺が言い出したのだ、俺が一番最初に乗る権利がある。」

「いやいや、ひっくり返ったらどうするのです?ここはまず某が。」

「俺は泳げる。問題無い。」

「そもそも、銭を出したのは儂だぞ。」

と、試乗する順番の取り合いが発生したのだ。紅葉丸を連れて来なくて正解だった。更に、ややこしい事になっただろう。実際には既に船大工が自身で試走をしてから引き渡している訳で、へまをしなければそうそうひっくり返ることもないはずなのだが。因みに今日はいつもの二人は居ない。なぜならそんなに沢山乗れないから。


 結局一番目は領主権限で父に取られてしまった。同乗するのは爺と忠泰叔父と行昌叔父。叔父二人は漕手だ。人数的には倍は乗れるが、あまり乗せると帰りが辛いという理由で四人になった。

「では、行って来る。」

父が楽しそうにそう言うと行昌叔父が竿を突いて船を出す。時代劇では良く船頭がを漕いでいる場面があるが、東アジア特有の艪という道具はかい(オールやパドル)と違って水を押して進む訳ではなく、飛行機の羽や船のスクリューと同じ様に揚力と抗力を発生させて、その合力で進むのだ。つまり、そこらのへっぽこ武士や農民がいきなり漕げるものではないと言うことである。対して、竿は底に竿が着く限り、後は根性で何とかなるので素人向きだ。


「くそぅ、父上め…」

悔しがる俺を尻目に、

「隙になってしまいましたな。」

永由叔父が言う。

「永由叔父上、船大工はどれ位で行き来したのだ?」

「さて、二刻程で実野川の対岸まで行って戻って来ましたか。」

「今回は、三田寺までだが。船大工と同じ速さで帰っては来れまい。やはり二刻程見ておくか。」

「そうですな。そんなものでしょうな。」

二刻か、それまでここでぼーっとして居てもな…

「小さい方の船でも試しに出してみるか?狭邑郷まではまだ問題も有るし。」

「そうですなぁ…」

この後、しこたま船を漕ぐことになる叔父には今一つの提案の様だ。そこへ頼泰大叔父がポツリと、

「あれで釣りをしたら楽しそうじゃなぁ。」

と、言った。いや、言ってしまった。全員が目を見合わせ、心を一つにする。最早、ここに上流の通行の確認をしよう等という殊勝な心掛けの者は一人もいない。

「某、城から有りったけの釣竿を持って参ります。」

「某も手伝いましょう。」

永由叔父がそう言うと、弟の永隆叔父と二人城へ走って行った。


 二艘の小船を川に浮かべる。舫綱の先に大きめの石を結んで碇の替わりにし沈めてある。川面に浮かんで釣糸を垂らす。爽やかな秋風が川面を渡る中、のんびり釣りをするのはなんとも言えない心地良さがある。

「これは良いなぁ。」

「良いですなぁ。」

俺の船は行賢の大叔父と永隆叔父だ。永隆叔父は普段接点が少ないので新鮮だ。

「大叔父上、こう言うのを風流と言うのかなぁ。」

「うーむ、そうかもしれませんなぁ。」

「先に行った、殿や父には内緒ですな。」

「そうだな。」

「先に行ったから仕方無いな。」

我々の心は、全然洗われていない様だ。

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