51・もみもみ

”もみもみもみもみ…もみもみもみもみ”

何をしているかと言うと…もみもみ…干柿を揉んでいるのである…もみもみ。俺の横では…もみもみ…低い場所の柿を…もみもみ…紅葉丸が満面の笑みで揉んでいる…もみもみ…もみもみもみじまるである。


事の始まりは、干してから一週間程経って周りが乾燥して固くなった干柿を、台所の女衆が揉んでいるのを紅葉丸が見掛けた事に始まる。なぜ揉むのかと言うと、揉む事で渋みが早く抜け、より甘い干柿になるんだそうだ。しばらくしてまた固くなったら、これをもう一度繰り返して更に干して、漸く完成するらしい。俺の聞いて回って調べた作り方には無かった手順なんだが…源爺や行連に聞いたのが良く無かったのかもしれん。

 そして、それを見た紅葉丸が柿を揉む事に使命感を燃え上がらせた結果、敢え無く俺達三人も巻き込まれ、三人並んで能面のような表情で柿を揉んでいるのである、もみもみ。恐ろしいことに紅葉丸はこの後、我等の届かない高い所の柿を揉むために(吊るす時は梯子を使った)、父と母、更には干柿作りになんだかんだ言っていた孝政すらも動員したと言う事を、俺は帰ってから知った。孝政も紅葉丸には逆らえないらしい、もみもみ。

「あにうて、ちゃんとして!!」

「はい、すみません。」

怒られた、もみもみ。


 光はあの後、数日して家へ帰った。少しでも太助の心が軽くなれば良いのだが…光が家に戻ると決まった後、当然と言えば当然なのだが、後任についての話になった。ぶっちゃけ、令和の小市民だった俺は、身の回りの事は大概一人で出来る。何よりお付きの人なんてものに必要性を感じ無いので、

「別に居ないなら居ないで構わないのですが。」

と、言ったのだが、そこは弱小とは言え、武家の嫡男がそんな事ではいかんと叱られたのだった。しかし、この狭い山之井でそうそうすぐに人が見つかる訳も無く。ましてや、変り者の神童もどきである俺の侍女ともなれば、尚更なのである。見かねた爺が娘の夕叔母を等と言い出したが、そもそも夕叔母はまだ十歳である…

 という事で妙案は無く、当面は母の侍女が掛け持ちで付いてくれる事になった。なったのだが、若鷹丸は秘密が一杯のお子様。如何に三田寺の者とは言え、知られたくない事も多いので、用がある時だけ呼ぶという事にして貰った。でも、やっぱりちょっと寂しい。母と過ごした時間より光と過ごした時間の方がずっと長いのだ…


 さて、今日は山には入らない。すっかり忘れていたのだが、俺は領内全域に木通と椿の種を集めるように頼んで居たのだった。家に積み上がった中之郷の分の種を霧丸が担いで来て、「どうするんですか?」と聞いてきたので、漸く思い出したのだ。

 搾油機の話はあれっきり進んでいない。しかも、源爺は今、見張り小屋の建築に橋の改修工事の準備で忙しい。とは言え、引き取りに行かない訳にはいかないので今日は領内を回る事にした。

 まずは、上之郷に向かう。上之郷では定吉と勝吉の家に集めて貰っているはずだ。定吉達の家は西の端なので、川沿いに近道をする。

「御免、どなたかいらっしゃるか?」

家の前で声を掛ける。

「はーい。」

出て来たのは定吉の妻だった。朝を抱いている。

「これは、若様。」

「突然すまぬ。種を引き取りに来たのだが聞いておられるか?」

「はいはい、集まっておりますよ。」

「では、引き取らせて貰おう。」

「朝も今日は起きているのか、ちょっと大きくなったなぁ。」

朝のほっぺたをぷにぷにしながら話掛ける。目を丸くして朝が俺を見つめる。

「朝をお願い出来ますか?」

「うん。朝、おいで。」

朝を受け取り、抱き上げる。みるみる朝の顔が歪んで行く。

「はいはい、母はすぐに戻って来るから泣くな泣く「びぇ〜!!」な…」

駄目だった…

「はいはい、朝、ちょっと待ってね。若様、こちらです。結構重たいですよ。」

二つのかますに入った種を受け取る。有り難い事に種類別に分けてくれている。

「よし、松吉は椿だ、俺は木通を持つ。」

そう言うとそれぞれの籠に種を移す。

「若様、俺は?」

霧丸が聞くので、

「お前は中之郷の分を城まで運んだから今回は無しだ。それでは奥方、お邪魔した。皆にも礼を言っておいてくれ。」

「いえいえ、また何かあればお申し付け下さい。」

そう挨拶し定吉の家を後にする。初めて会ったときはとても緊張した様子だった奥方とも大分普通に話せるようになったな。

「次はどうする?」

中之郷への道を歩きながら、松吉が聞いて来る。

「一度、背中の種を霧丸の家に置かせて貰おう。そうしたら次は狭邑だな。それを松吉の家に置いて、落合。それで行こう。」


 海が見えるという南の尾根はまだ下草が繁っている。登るのは紅葉の後だろうか。狭邑郷では、プールで子供達の纏め役をしていた年嵩の一人、順太の家が種の集積場所になっていた。

「お、若様、種かい?」

「うん、集まっているか?」

「すぐに持って来るよ。」

家の前で、下の兄弟や近所の子供の面倒を見ていた順太が家に引っ込み、すぐに種を持って来てくれる。こちらは、ごちゃ混ぜだ。

「順太、悪いが種類毎に分けたいんだ。手伝ってくれるか?」

「うん、良いぞ。お前等も手伝ってくれ。」

小さい子達とわいわい仕分けを始める。

「そういえば、この間の戦で兄ちゃんが活躍したって聞いたけど。」

「ん?兄ちゃん?」

「うん、春太って言うんだけど。」

「おぉ、順太は春太の弟なのか?」

「そうだよ。活躍したんじゃないの?」

余りの田舎の世間の狭さに驚いていたら、順太は別の方向に捉えたようだ。

「いや、活躍していたぞ。命じられると矢の様に駆け出してな。それは見事な速さだった。順太も走るのが速いのか?」

「まぁまぁかな。そうか、やっぱり嘘じゃなかったのか。」

満足気な様子で答える順太。しかし、行連に利助に春太、城の守兵は狭邑郷出身者ばかりだな。何か理由があるのか?落合の者は篠山城に勤めるだろうが。狭邑郷は山之井の中で少し貧しいのか?確かに土地は山之井の中でも狭いが。だが、それは上之郷も似た様なもののはずだが。いや、まずは実際の人数を把握したいな。今度、聞き取り調査をしよう。

「これでおしまいだよ。」

お、考え事をしながら仕分けていたら終わっていた。

「お、そうか、皆助かったぞ、ありがとう。」

そう礼を言うと、籠を背負って下之郷へ戻る。松吉の家に種を置くと、今度は落合郷へ向かう。


 落合ではこれもプールの監視員仲間の太郎の家が集積場所だ。太郎と言う名前はとても一般的な名前だと思うのだが、なぜか山之井ではそう多くない。こちらは仕分けてあったのだが、

「他に比べると少ないな。」

松吉が言う通り、他の集落の半分位の量だ。

「落合は山が少ないんだよ。しかも、お城の周りは近付くと怒られるし、南の斜面は川を渡らないと行けないし。皆は木通も柿も沢山食べられていいよなぁ。」

「確かにそうだなぁ、板屋の領内に入ると怒られるじゃ済まないしなぁ。」

「そうなんだよなぁ…」

今年の油の量次第では来年、南の斜面の収穫も進めた方がいいかな。船も増えるしいいかもしれない。

「じゃあ、貰って行くな。皆に礼を言っておいてくれよ。」


 城に戻ると種は、木通が背負籠一杯。椿は三分の二程度集まっていた。取り敢えず、今はこれ以上何も出来ないので更に干しておいた。

「源爺、油を搾る件なんだが。」

「そうでしたな、忙しくてすっかり忘れておりました。」

「うん、俺も忘れていたが種の方が先に来てしまった。それで、俺なりに考えたんだがこんな形はどうだろう。なるべく簡単な形になる様に考えたつもりなんだが。」

「成程、これならたいした手間も無く出来ますな。」

俺が描いた図を見て源爺が言う。

「橋の準備が終わったら、すぐに取り掛かりましょう。」

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