50・出会いと別れ

 長く続いた秋雨も去った。天高く晴れ渡る空は、夏よりも深い蒼に染まり、文字通りの秋晴れだ。

長雨を越えてより一層秋が深くなった山へ、待ちかねた俺達は繰り出す。前実野の山でも奥に見える、標高の高い辺りでは木の葉も少し色を変え始めたように感じる。


 秋の幸も、梨や木通は旬が終わり、いよいよ柿が色付いて来た。これからの主な狙いは柿だ。秋晴れの下で作る干柿は、子供達にとって冬の大切なご馳走なのだ。まずは、同じく無聊を託って居た紅葉丸を連れて山裾の柿の木へ行く。

「よし、もうちょっとで届くぞ。頑張れ!!」

二股の竹竿をよろよろと掲げる紅葉丸。低い所の柿の実へ、一生懸命竿を伸ばす。

「とれた!!」

落下する柿を見て、歓声を上げる。

「よし、すぐに拾って拭うんだ。」

手拭いで表面を一拭きして、嬉しそうに背負籠に柿を入れる。

「もっととる!!」

ご機嫌にやる気を漲らせ、次々と柿の実を収穫をして行く。

「あ、実の真下に入るとあぶ「あぅ!!」ない…ぞ…」

落ちて来た柿の実が、見事に脳天を直撃した。良かったな青柿かにキラーじゃなくて…涙目で頭を抑える紅葉丸。

「落ちて来る物の下に入ってはいけないぞ。高い所で仕事をする人の下も駄目だ。気を付けような。」

頭を撫でてやりながら、そう言い聞かせる。

「うぅ…」

鼻をグズらせながら頷く紅葉丸。


「よし、この位採れれば良いだろう。」

籠には三分の一程柿の実が入っている。

「え〜、もっとはいるのに!?」

すかさず不満を述べる。

「この籠は誰が運ぶんだったかな?」

「もみじまる」

出掛ける際に、自分で採った柿は自分で運ぶと約束したのだ。

「では、一度背負ってみると良い。」

不満気に籠を背負って立ち上がる紅葉丸に、

「それを背負って城まで登らねばならんが、どうする?」

そう聞くと、

「これだけにする…で、でも、もうちょっと、あとみっつだけ!!」

 諦め切れない紅葉丸が柿を三つ追加した所で、一度帰途に就く。何度か恨めしそうに柿の木を振り返る紅葉丸。

「また明日、採りに来れば良いだろう?」

そう言うと、

「そっか♪」

機嫌を直して歩き出した。


 柿を厨に預け(勿論、処理は帰ってから自分達ですると伝えた。米の目が怖い事怖い事…)、

「帰って来たら干柿にするから、その時に手伝ってくれよ?」

「は〜い」

紅葉丸にそう伝え、三人で再び山に入る。今日はこれ以上、柿は採らない。なぜならば干す作業が案外大変なのだ。なので、柿の木は色付きから収穫の順番の目星だけ付け、椎茸を見て回る。雨を越えて、椎茸もまた成長していた。

「おぉ、すごい!三つも育っているぞ!!」

思わず歓喜の声を上げてしまった。いそいそと収穫をすると次へ向かう。他はまだ小さかったり、枯れたのか食べられたのか姿の見えない物もあった。

 北の斜面に行く時間は無さそうなので、上之郷の対岸に下りる。すると、山裾の柿の木で一人、柿を取っている男児が居た。山狩りや川では見掛けなかった気がする。年の頃は俺と同じ位か、憂いを帯びた様な表情が気に掛かる子供だった。

「こんな所で柿を取っているのか?上之郷の者か?」

俺が聞くと、

「うん。」

小さな声でそう答えた。

「俺は若鷹丸。お主は?」

俺の名を聞いた途端に表情が険しくなった気がした。

「…太助。」

そう答えると、太助は柿の入った籠を背負い、逃げる様に上之郷へ歩き出した。

「なんだ、アイツ?」

松吉が不思議そうに呟いた。


 何はともあれ、急いで帰らねばならん。俺達は干柿生産工へとジョブチェンジしなければならないのだ。庭で柿の皮を剥く。知ってた?干柿ってまず皮を剥くんだぜ?縄に連ねて結んで干すだけだと思っていた俺は、余りに手の掛かる作業を知って、工員の増員を図った。光は勿論の事、母の侍女、厨の若い女衆も狩り出した。因みに、報酬は完成した干柿だと伝えると誰からも不満は出なかった。甘い物最強!!

 皆がどんどん剥いていく柿を、紅葉丸が竹串で横一直線に刺していく。俺のイメージでは一本の縄で、縦に繋いで行くイメージだったんだが、山之井では竹串で横に五つ程刺し、その竹串を、縄で縦に繋いでいく方式の様だ。竹串を刺すと傷付いて痛み易くならないんだろうか?因みに竹串は、干柿の作り方を聞いた俺が、秋雨の間に量産しておいた物だ。

「は〜い♪」

紅葉丸と霧丸が運んで来る竹串に刺した柿を受け取ると、俺と松吉が軒下に繋いだ縄に上からどんどん竹串を結んでいく。なるほど、やってみると分かる。この方法は竹串が必要になるが使う縄の量は少なくて済むな。

 四半刻もすれば俺の部屋の前は、まるで干柿農家の様になった。今日運んだ柿の数は、紅葉丸が二十個程に霧丸と松吉が各五十個程だ。これだけの短時間で百個超の干柿が出来るなら、明日からは少し運ぶ量を増やしても構うまい。


 今日も今日とて、干柿を作る。輸送量を増やしたせいで、既に俺の部屋の前には干す場所が無くなった。現在は紅葉丸の部屋の前に干しているが、明日にはここも埋まるだろう。次は母の部屋だが…母の部屋の前に干柿を吊るすのはマズいよなぁ?我等の部屋以外で、館の中で南向きなのは玄関、広間、父と母の部屋だけなのだが…

「武家の息子が、農民の真似事等するものではありませんぞ?」

お、この声は、

「孝政か。暇そうだな。お前にはやらんぞ。」

「要りませぬ!!」

つまらん奴だ。

「紅葉丸は干柿一杯あった方が嬉しいよな?」

「うん♪」

「干柿作り、楽しいよな?」

「たのしい♪」

ほらみろ。あれ?振り返ったら孝政がいないぞ?この後、紅葉丸は毎日部屋の前の廊下で、干柿が出来るのを今か今かと楽しそうに眺めていて、それはそれは可愛らしいのだった。

 尚、椎茸は俺の部屋前の干柿の横にこっそりと干した。余りにも地味なその存在に、俺はこれは誰も気にしないと確信したのだった。


 数日後、紅葉丸のキラキラ光線攻撃に敢え無く撃沈した母の、

「し、仕方ありませんね、私の部屋の前には干しても構いません。ですが、殿のお部屋はいけませんよ?」

の言葉で確保した軒下すらも、我等はあっという間に柿で埋め尽くしたのであった。しかし流石我が弟、見事なキラキラ光線攻撃だったな。


 干柿生産工を失業した俺達は、再び栗拾いに精を出し始めた。今日は久し振りに、山之井川上流の斜面を探索だ。北側斜面は落葉が始まり、柿の実も早くも落ちている物が見られる。やはり季節の進みが早い様だ。幸いな事に、道中で二つの椎茸を手に入れる事も出来た。椎茸も手に入ったので機嫌良く、早めに切り上げる。栗の皮剥きもあるしな。川沿いを上之郷へ下ると、先日出会った太助と言う男児が斜面から戻って来るのが見えた。

「太助ではないか。今日も柿か?」

俺がそう声を掛けると、

「あ…うん、そう…です。」

視線を落としながら太助がそう答えた。

「上之郷まで一緒に行こう。」

この間は、逃げる様に行ってしまったから気になっていたのだ。

「…はい。」

やはり、余り嬉しそうではないな。今日も一人だし人付き合いが苦手な性格なのだろうか?道中、色々と聞いてみるが、「うん。」とか、「はい。」位した言わず。はっきりした答えが帰って来る事は少ない。


「太助、戻ったのか?」

一軒の家の前で声を掛けられる。

「うん。」

そう答えると太助はさっさと家に入ってしまった。

「愛想の無い子ですまないね。ここらでは見ないが中之郷の子かい?」

太助に声を掛けた初老の男性が、こちらに話し掛けて来た。どこかで見たような、

「いや、帰り道で会ったんだが邪魔をしてしまった様だ。」

そう答える俺を見て、

「わ、若様ですか!?」

男は慌てた様子でそう聞いた。

「うん、やはりどこかで会ったな。」

「はっ、光の父で御座います。先日、館で夕餉をご一緒しました。」

あっ……そうか、そうだったのか。俺の中で全てが氷解した様に繋がって行く。

「太助は光の…」

「はい、息子で御座います。」

疑問が晴れた後に拡がるのは苦い後悔の感情。

「すまん、急ぎの用が出来た。また会おう。霧丸、松吉、すまんが俺の背負籠を運んでくれるか?」

俺はそう言うと、状況が飲み込めていない二人を置いて、城に向かって駆け出した。


 俺はなんて愚かなんだ。俺が一番分かっていたはずなのに。俺が真っ先に気が付かねばならなかったのに。にもかかわらず、俺は太助の名前すら知らなかったのだ。城に駆け戻ると、部屋に居た光を連れ、母の部屋に行く。

「母上、若鷹丸です。よろしいでしょうか?」

「どうぞ、お入りなさい。」

光を連れて部屋に入り、

「父上も含めて、急ぎご相談したい事が出来ました。父上の部屋まで一緒にお越し頂けませんか?」

突然の頼みに、視線を光に向ける母。しかし、光にはまだ何も言っていない。困った様な顔を返すばかりだ。

「…わかりました。参りましょう。」

このままでは埒が明かない、そう思ったのか、母はそう言うと立ち上がった。


「揃って何の話だ?」

父の前に揃って座るとそう聞かれる。父の脇には小嶋孝政が控えている。孝政は嫌味な男ではあるが、事務仕事をさせると中々に出来る男でもあるのだ。特にその方面に関してを大の苦手としている父としては色々と役に立つと感じているのだろう。

「孝政、すまんが外してくれ。内々の話だ。」

俺がそう言うと、不満そうな顔をするが、父が頷くと、渋々出ていった。

「それで、如何した?」

改めて、父が聞く。

「はい、突然の事ですが、光を家に返したいのです。」

「若様!?」

光から悲鳴のような声が上がる。

「どういう事だ?」

不審そうに聞かれる。

「今日、上之郷で光の息子の太助に会いました。とても暗い表情をしていました。それに、いつも一人で居る様です。俺にはわかります。あれは、母上が来る前の俺と一緒だと…」

座が静まり返る。

「俺は、太助の名前を聞いた時、光の息子だと分からなかった…光に俺と同い年の子供が居る事は知っていたのに…太助から母を奪っておきながら、その事に気付きもせず、興味も持ちはしなかったのです…」

知らぬ間に涙が零れていた。自分の不甲斐無さにどう仕様も無く腹が立つ。

「それで、今からでも母親を返してやりたいと言うのか?」

「…はい。それで太助が救われるかは分かりませんが。」

「光はどう思う?」

光は逡巡した様子で言葉が出ない。

「光、今までありがとう。光が見捨てずに側に居てくれたお陰で今の俺が在る。本当に感謝している。お主にはもう十二分に色んな物を貰った。だから、今度は自分の息子にそれを与えてやってくれないか。もし、もしだ、光の禄が無いと家の暮らしが厳しいのであれば、頼泰の大叔父上に頼んで、上之郷の館で仕事が出来る様に頼んでみる。」

俺がそう言うと光の目からも涙が零れ落ちた。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、子供のところに帰らせて頂きます。」

そう、涙声で言った。

「父上、宜しいのでしょうか?」

俺が改めて父に聞くと、

「宜しいも何も、もうそう決めてしまったではないか。今更駄目だ等と言えるわけなかろう。」

そう、苦笑しながら言う。

「光、今まで世話になった。若鷹丸が言う通り、お主が見捨てずに居ってくれたお陰で今日がある。感謝している。」

父もそう言って礼を言った。


「それともう一つ、お願いが。」

「言ってみよ。」

「もし、本人達が嫌がらなければ、いずれ太助は紅葉丸の側に。」

「ふむ、歳を考えたらお前の側の方が良いのではないか?」

父の答えに、

「殿…それでは二人共やり辛いでしょう。」

母がそう窘めた。父はちょっとこういう所は鈍いのだ。

「そ、そうか、そうだな。お前はどう思う?」

「光の家は山之井の分家。家柄的にも私は良いと思います。」

母は俺の想いを汲んでくれたのか、父の質問にそう答えてくれた。

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