48・ブランド戦略

 翌日、背負籠を背負った俺は中之郷で霧丸と合流し、下之郷へ向かった。松吉の家で松吉と合流して腰籠を持ち、稲荷神社に向かう。松吉の家は既に松吉以外誰も居なかった。因みに、籠は十個増えて三十個になっていた…皆張り切って作り過ぎじゃなかろうか。

「早く行こうぜ。皆とっくに行っちゃったよ。」

走り出さんばかりの松吉と、昨日上之郷で既に堪能した霧丸に余裕の差が現れている。稲荷の境内は沢山の人で賑わって居た。中之郷の時は上之郷と二ヶ村分の人出だが、こちらは狭邑郷と落合郷を入れて三ヶ村分であるから、その差だろうか。買い物ばかりで無く、久し振りに会う隣の集落の人間と語らうのも楽しみの様だ。


「与平、来たぞ。」

「若様、お待ちしておりました。」

「宮司殿に部屋を借りよう。」

「若様、その籠ですか?」

与平が困った様な顔をした。場所を取ると思ったのだろう。

「松吉の母御から葛籠を仕入れたのだろう?」

「えぇ、先程。」

「どこにある?」

「こちらに。」

馬の所に案内される。積んである葛籠の蓋を開けると、腰籠を並べて放り込んで行く。一つに六つ入ったので狙った様にピッタリ三十個が収まった。

「ほれ、これで文句あるまい?」

「参りました。」

与平が苦笑する。重量がある訳でもないので葛篭が傷む事もあるまい。


 宮司に部屋を借りて座り込む。

「まずは、さっきの腰籠だ。幾らで売れると思う?」

「そうですな…まぁ二百文でなら間違い無く売れましょう。それ以上だとどうでしょうか。」

「田代と奥津だとどちらが高く売れる?」

「それは奥津でしょう。」

やはりあれだけの城下町でも湊には敵わないか。

「では、そちらで出来るだけ高く売ってみてくれないか?代金は売った後で良い。売値を折半でどうだ?」

「後で良いのですか?」

意外そうな顔をする。

「うん、その代わり二百文は死守してくれ。でないと俺が赤字になる。」

「若様が?どういう事です?」

「売れるか試しに作って欲しい。ついては最低幾らで売れて欲しい?と母御に聞いたら、百文と言うのでな。俺が百文で買い取って持ち込んだのよ。」

「成程。まぁ、それは大丈夫かと思います。こちらもお代が後で良いなら腰を据えて売れますので。」

納得した様に言う。


「それから、売る時の名前は腰籠では無く山之井籠として、こう宣伝するのだ。本物の山之井籠を扱っているのは田代屋だけだとな。」

「それ程売れるとお考えで?」

流石商人、俺の考えがすぐに理解出来た様だ。

「それはわからんが、真似されてから慌てても遅かろう。」

「それはまぁ、そうですな。」

「しかし与平としても、もう少し儲けが欲しかろう。そこでこれだ。」

そう言って俺は昨日母に買って貰った織紐を出す。

「それは昨日買って頂いた織紐ですな。」

「うん、これを、こうしたらどうだ?」

今まで、腰に巻いていた藁縄に換えて織紐を通す。

「おぉ、若!なんだそれ!?凄い格好良いな!!」

松吉が顔を輝かせてそう言う。霧丸も同じ様な顔をしている。

「買う者全員には無理だろうが、金に余裕が有りそうな客にはこれも進めるのよ。中々洒落ているだろう?」

「確かに、良いかもしれませんな。」

「まぁ、駄目なら今回限りだ。やってみてくれないか?」

「そうですな、上手く行けば儲け物位の気持ちでやってみましょう。」

山之井の物産振興第一弾が漸く動き出した。


「さて、後はこれだ。」

小袋を取り出し与平の前に置く。

「期待しておりました。」

与平が嬉しそうに言う。

「期待して貰っている所、すまんが今回は数が少ない。」

「確かに、二つですか。」

少しガッカリしている。

「秋の方が需要は多いのか?」

気になっていた事を聞く。

「それは正月を控えております故。西の都でも、東の都でも引っ張りだこになりまする。」

は?今何て言った??

「今、西の都と東の都と言ったか?」

「えぇ、それが?」

「待て、日の本には都が二つあるのか!?」

「左様で御座いますが?」

何を当たり前の事を、と言った感じで返されてしまった。

「お前等、都が二つあるって知ってたか?」

そう聞くと、二人共首を横に振った。良かった俺だけ知らないんじゃなかった…

「ま、まぁ、それは良い。実はまだ取れそうなのだが、小さいのだ。もう一月もすれば幾つか用意出来そうなのだがな。」

「若様、一月したら人を遣ります故、その者に預けて頂けませんでしょうか?」

与平の目が怖いんだが…

「わ、分かった、だが自然が相手だ。枯れてしまうかもしれんし、獣に食われてしまうかもしれん。そこは承知してくれよ?」

「確かにそうですな。それは勿論、承知致します。では前回の分も合わせてお支払いを致しましょう。前回は小粒が良いとの事でしたが。如何なさいます?」

「うん、その事だが、腰籠、では無い、山之井籠の代金を立て替えた関係で手元に銭が無い。銭での支払いだと嬉しい。」

なんなら、現状一貫分の赤字なのだ…

「わかりました。我等も米の買付の分が余っておりますので銭だと助かります。」

「それは、すまなかった。その分、お主等にも今までより儲けが出るようになると信じている。」

苦笑してそう返す。

 銭を受け取って背負籠に入れて上から目隠しに栗やら柿を乗せる。

「そんな所に銭を入れる方は他には居りませんぞ。」

与平も思わず苦笑いである。

「まさか銭が入っているとは誰も思わないだろ?」

笑いながら俺はそう言った。


 境内に出て松吉の母親を探す。

「母御、今良いか?」

「若様、構いませぬ。」

「皆、随分頑張って追加分を作ってくれたみたいだな。」

苦笑い混じりでそう言うと、

「作り過ぎましたか?」

不安そうに聞かれた。

「まぁ、なんとかなるだろうとは思う。ただ、一回止めてくれ。」

「わかりました。」

「今、残りの銭を渡しても良いか?」

「結構です。では隅の方で。」


 銭を渡してから。荷を広げている所へ行く。昨日の者を探して声を掛ける。

「昨日は世話になった。実は昨日と同じ織紐を見せて欲しいんだが。」

「これは、若様。すぐに用意致しますので暫しお待ち下さい。」

すぐに織紐を持って来てくれた。

「お前等好きな色を選べ。」

「え?」

「やった、いいのか!?」

「いつも、付き合わせるだけ付き合わせているのに禄も何も出していないしな。たまには礼をせねばな。」

遠慮する霧丸を余所目に早速色を選び始める松吉。

「若が青だからなぁ…」

「別に一緒でも良いのだぞ?好きな奴を選べよ。」

「これだな。」

あっと言う間に松吉は色を決めた。昨日城で見た茜染の赤い紐だ。

「燃える火みたいで格好良いだろ?」

「それは間違い無いな。」

「そうだろそうだろ、霧丸はどれにするんだ?」

「ん〜…」

聞いていないな。本気で選んでいる。

「これは、暫く決まらんぞ。」

「だな。」

たっぷり悩んだ結果、霧丸は鮮やかな萌黄色の紐を選んだ。

「へぇ…」

松吉が感心したような声を上げる。

「…なんだよ?」

「いや、それ綺麗だな。」

「む…」

微笑ましい遣り取りを店の者もニコニコ見ている。

「それぞれ、四尺ずつくれ。値段は俺のと一緒か?」

店の者に聞く。

「赤は同じで八十文です。萌黄は少し高くて一尺二十五文なので百文になります。」

「ほう、萌黄は高いのか。材料が高いのか?」

「いえ、こういった鮮やかな緑を出すには一度藍染してから更に黄色で重ねて染めるので手間が掛かるのです。」

「そうなのか、霧丸は良い商品を見付けるのが上手いな。」

「別に高い物が欲しかったわけじゃ!」

霧丸が慌てた様子で答える。

「アハハハ、わかっているさ。」

そう言うと俺は百文差しを二本渡す。初めて自分の買い物に銭を使ったな。


「おぉ、すげぇ!!格好良い!!」

銭を払う俺の後ろで、赤い織紐を通した腰籠を掲げて大騒ぎする松吉が注目を集めている。恥ずかしそうな霧丸はそっと離れて行く。この後、山之井の子供達にとって織紐を通した腰籠は垂涎の的となり、これを手に入れる為に家の手伝いに邁進する事となる。その様子は他領の者達から、山之井の子供達は驚く程良く働くという評価を受けるのだが、それはまた別のお話。

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