47・母との買い物

 与平達がやって来たのは二日後の事だった。広間で父と俺が迎える。後ろには爺も控えている。普段は庭先での取引なのに、突然広間に通された与平は困惑気味だ。

「突然すまぬな。まぁ、そう固くならんでくれ。」

「いえ、何かお話があるとの事でしたが。」

「うん、今後の事についてな。詳細は若鷹丸が話す。二人で上手く話し合ってくれ。」

そう言うと父は立ち上がった。本当に内政には興味無いんだな…


「すまんな、俺だけでは不安だろうが、領内では了解が取れている話し故、安心して聞いて欲しい。」

「いえ、若様の話ですから心配はしておりませんが…」

「実はな、秋に売っている米だが、時期を夏に変えたいのだ。理由は言わずともわかろう。」

驚きと困惑が混ざった様な表情を見せる与平。

「売値の事で御座いますな。しかし、夏まで収入無しは厳しいのでは御座いませんか?」

「一年は保つ。各家に確認を取った。」

「さ、左様ですか…」


===田代屋与平===

厳しい相手だった。たった半年でこんなにも厳しい相手になった。半年前は面白半分で見ていた自分を殴り飛ばしたい気分だ…

「しかし、我等は夏場は田代の町と奥津の湊を行き来します故、山之井へは参れませぬ…」

まさか、持っては来るまい。

「実野川の向こうまでは我等が運ぼう。丁度、三田寺と行き来する為に船を造っている最中なのだ。流石に守護代様の御領地はお前達で運んで欲しい。日帰りが可能であろう?」

運搬の手段も考慮されている。しかし、船?三田寺との行き来に船を使うとなれば何か頻繁なやり取りが必要な事態が起こるのだろうか?

「悪い話では無いと思うが。夏場はお主達の蔵にも米は少ないのだろう?だからこそ値が上がるはずだ。値が上がるまで売り渋るなんて、阿漕な真似をしていなければな。」

頭の中の整理が追い付かぬ内に、そう続けられる。

「そ、そんな事はして居りませぬ!確かにその様な商売をする者が居ないとは申しませぬ。ですが我等はその様な商売は決して…」

「分かっている、そこは信用して居る。だからこそ、お主達にもより一層旨味の有る話ではないかと提案しているつもりだ。秋にはここで買わずとも、米が買える場所は他にも沢山あるだろう?」

確かにそうだ。今の所、この話に損をする内容は含まれていないはずだ。向こうもこちらを陥れて得るものは無いはずだ。少なくとも目の前のこの子供は利と言うものを、商いというものをしっかりと理解しているはずだ。

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「畏まりました。では、今後その様に致しましょう。」

大分迷った様子だった与平がそう答えた。

「左様か、それは良かった。今年から急に始めると大変故、今年は半分は秋に、残りは夏にと思うがどうか?」

来年からと言う話で進んだ一昨日の協議だったが。最後になって、何となく上手く行きそうな匂いを感じたのか、「取り敢えず半分なら今年からでも」と言い出した行賢の大叔父に釣られる様に、皆が半分ならと乗り気になったのだ。

「そうですな、我々としても急に大幅に予定が変わるのは避けたい所ですので、それが宜しいのではないかと。」

「売値と量は梅雨明けの頃に再度話し合うと言う事で良いか?運搬の日取りなどは極力そちらの予定に合わせるようにする。」

「畏まりました。では、こちらから人を遣ります。」

これで、一応話は纏まった。

「うん、そうしてくれると助かる。では米の受け渡しは城の者とやってくれ。明日は下之郷に行くだろう?」

「えぇ、その予定でおります。」

いきなり変わった話の方向に面食らった様に答える与平。

「では、そこで会おう。見せたいものがある。」

「わかりました。では、明日。」

「おっと、そうだ。その前に米を積む所を見なければ。去年までは見せて貰えなかったのだ。きっと俺があれこれ聞いて回って邪魔をしたり、あれこれ欲しがって駄々を捏ねると思われて居たに違いない。」

「ハッハッハッ、間違い無くそうですな。」

爺も納得の予想を披露しながら玄関先に行く。


 玄関では反物を広げた田代屋の者と母や女達が居た。その中には光も居た。

「あ、あにうえ♪」

ついでに紅葉丸も居た。

「も、紅葉丸。お前、荷を見せて貰っているのか!?」

「?そうだけど?」

それが何か?と言った様子の紅葉丸。

「は、母上、俺は今年初めて荷を見せて貰うと言うのに、なぜ紅葉丸は…酷いではありませんか!?」

衝撃を受ける俺から目を逸しつつ母は、

「と、殿が若鷹丸殿は何を言い出すかわからぬ故、荷には近付けるなと仰ったものですから…私は、良いのではないかと言ったのです。本当ですよ?」

これは本当ではないですよ、俺にはわかるんですよ…女達のショッピングの邪魔をすると思われたのだ…光を見るが決して目を合わせようとしない!!

 あ〜ぁ…やる気なくなっちゃったなぁ…上り框あがりかまちの上の板の間で虚ろな目でゴロゴロする俺。

「ハハハハハ、若様でもその様な子供の様な真似をなさるのですな。」

与平に思いっ切り笑われた。

「子供の様なも何も、俺はそもそも子供ですよ〜…」

「普通の子供はあの様な手強い交渉はなさいませんよ。」

「普通じゃないけど子供なんです〜…」

ゴロゴロしながらそう返す。


「あ〜…これは母上に何か買って頂かないと立ち直れない。与平、何か良い物はないか?」

焦る母を横目に与平が、

「では、若様も新しい反物で着物を仕立てますかな?」

抜け目無く営業を掛けて来る。

「山を駆け回っても汚れない、枝に引っ掛けても破れないのがあれば買う。」

「そんな夢の様な反物があるなら私にも教えて下さい…」

母は明らかにホッとした。と、目の端にカラフルな紐が映る。

「その紐はなんだ?」

「これですか?組紐と織紐で御座います。」

店の者が答える。

「組紐は紐を編んだ物で女性や高貴な方が使われますな。対して織紐は機織で織った紐です。伸び辛く丈夫なので鎧兜の結び紐や荷物を縛るのに使われますな。」

横から与平が説明してくれる。織紐って…真田紐じゃないのか!?九度山に流されて貧乏した真田親子が夜なべして作ったとか作ってないとか言われていたあれだろう。

「織紐はこの太さしかないのか?」

目の前にある物は三分程(約9mm)の太さだ。

「他の太さも持って来ているか?」

すかさず、与平も口を出す。

「一寸(3cm)程の物も御座います。お出ししますか?」

「是非見たい。」

葛籠から太めの織紐を出してくれる。

「太い物は荷物に使うことが多いので、余り色鮮やかな物は少ないのですが…」

そう言って何種類かの紐を出してくれた。

「これは藍染か?」

紺色まで行かない青と生成りの白で織られた紐だ。青地に白い筋が入っている。

「良くお分かりですな。仰るとおり藍染で御座います。」

店の者がそう言って持ち上げる。

「良くお分かりではないな。青い染物は藍染しか知らんのだ。」

「そう言われると、私も青は藍染しか知りませんな。」

与平も笑ってそう言った。

「これは夏の空の様で良いな。」

そう言って手に取って眺める。

「若鷹丸殿、こちらの茜も素敵な色ですよ。」

いつの間にやら母も物色を始めていた。確かに赤トンボの様な、少しオレンジ掛かった赤だ。

「う〜ん。確かに、これはこれで良いですね。」

「この紐は幾らです?」

「母上!?」

思わぬ言葉に声が出る。

「一尺(約30cm)辺り20文になります。」

「どの位欲しいのです?」

母が聞いて来るが答える辛い。四尺程欲しいのだが、四尺だと80文である。ピンと来ないかもしれないが、一貫、つまり1,000文でお米一年分なのだ。つまり紐一本でお米一人一ヶ月分近い値段がするのだ…母のお小遣いはどの位あるのだろうか…

「遠慮せずに言ってみなさい。」

母が珍しくグイグイ来る。

「よ、四尺程…」

「…それだけで良いのですか?」

キョトンとして聞き返してくる母。

「そんなに沢山あっても使い道がありませぬ…」

「どちらの色が良いのです?」

「…青が。」

「では、青を。」

「端処理は致しますか?」

「?」

理解出来ずに母の顔を見上げる。

「紐や布の端が解れて来ない様にする事ですよ。」

成程、確かに家庭科の時間にそんな様な事をやった覚えがあるし、紐は皆端が結んであるな。

「して下さい。」

そう言うと、店の者は端の糸を引き出して、糸を二つに割くと、先端を巾着状に縛って渡してくれた。

「ありがとうございます母上。大切に使います。」

そう言う俺を母は優しく撫でてくれた。

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